ep 33
新たな日常、師弟の萌芽、そして依頼の鐘
市場での盗賊団騒ぎから数週間。アルトゥンの街では「クレッセントワルツ」の名が、にわかに注目を集め始めていた。「子供のガーディアンが盗賊団を壊滅させた」「元騎士団長『赤き閃光』が加入したらしい」といった真偽不明の噂が飛び交い、ギルドの扉を叩く者の数も、以前とは比べ物にならないほど増えていた。
受付カウンターに立つイレーザ・ウィローブルックは、ひっきりなしに訪れる依頼の相談者や情報提供者、そして冷やかしの者たちを、持ち前の冷静さで捌いている。依頼掲示板にも、以前より質の高い、そして報酬の良い依頼が目立つようになってきた。
ギルドマスターのダイヤ・ヴェスペラは、執務室でほくそ笑んでいた。
「ふふん、計画通り、いや、計画以上だね! この調子でクレッセントワルツを大陸一のギルドに……!」
彼女の野心は、留まるところを知らない。
そんなギルドの日常に、新たな光景が加わっていた。地下の訓練場から響いてくる、デューク・ケストレルの厳しい叱責と、それに混じるダダの間の抜けた返事だ。
「貴様! 剣筋がまるでなっていない! それでは薪割りだ!」
「えー? でも、こうやった方が、薪、よく割れますよ?」
「これは剣の稽古だ、薪割りではない! 基本の型を体に叩きこめ!」
デュークは、ダダの野性的すぎる戦闘スタイルと、リリスから贈られた「ノクティス」を持て余している様子を見かね、半ば強引に彼の指導役を買って出ていた。騎士道精神に則った基本の剣術、体術、そして何よりもガーディアンとしての心構え。デュークの指導は厳格そのものだった。
ダダは、型にはめられることを嫌い、すぐに訓練をサボろうとしたり、ふざけたりする。しかし、デュークの圧倒的な実力と、時折見せる的確な助言(そしてたまにくれる褒め言葉)に、彼なりに何かを感じ取っているのか、渋々ながらも訓練には参加していた。そのちぐはぐな師弟関係は、ギルドの日常に新たな笑いと、そして確かな成長の予感をもたらしていた。
そんな訓練の合間や、ギルドが比較的落ち着いている時間帯には、少女たちの姿も見られた。
「ダダ、デューク様にあまり無茶をさせられていないかしら? あなたの戦い方は、もっと自由であるべきだとわたくしは思うのだけれど」
リリス・フォン・アストレアは、相変わらずダダへの関心を隠さず、頻繁にギルドを訪れては、デュークの指導方法にさりげなく(時にはあからさまに)口を挟もうとする。その度にデュークの眉間の皺は深くなるが、彼女もまた、クレッセントワルツにとって重要な「繋がり」であるため、邪険にはできない。
「ダダさん、これ、お父様がデュフランから送ってきた焼き菓子です。訓練の後で、皆さんでどうぞ」
リーフ・フォレストもまた、父ツーリがアルトゥンに来る際には必ずギルドに顔を出し、手作りの差し入れや、フォレスト商会を通じて入ってきた有益な情報を、はにかみながらダイヤやイレーザに手渡していた。彼女の優しい笑顔は、ギルドの面々にとって何よりの癒やしだった。
その日も、ダダがデュークとの訓練(という名の一方的なしごき)で泥だらけになってホールに戻ってきた時だった。
「おーい、デューク! ダダ! ちょっといいかい!」
執務室からダイヤが顔を出し、二人を手招きした。その表情は、いつになく真剣だ。イレーザも、緊張した面持ちで彼女の隣に控えている。
「新しい依頼だ。しかも、かなり厄介なね」
ダイヤは、机の上に一枚の羊皮紙を広げた。そこには、震えるような文字で依頼内容が記されている。
「クライアントは、龍哭山脈の麓にある小さな開拓村の村長だ。数週間前から、村の家畜が何者かに襲われ、ついには村人にも被害が出始めたらしい。それも、ただの魔獣じゃない。目撃者の話によると、『黒い霧を纏い、人の言葉を解する巨大な狼』だそうだ」
「黒い霧を纏う狼……魔獣か、あるいはそれ以上の何かか」デュークが厳しい顔で呟いた。
「村の若い衆だけでは手に負えず、近隣の街に助けを求めても、危険すぎると断られたらしい。それで、噂を聞きつけてウチに泣きついてきたってわけさ」ダイヤは続けた。「普通の魔獣なら、シルバーランクのあんた一人でも十分だろうけど、今回は相手が悪い。人の言葉を解するってんなら、知能も高いだろうし、黒い霧ってのも気にかかる」
彼女は、デュークとダダの顔を交互に見た。
「デューク、あんたの指揮と経験、そしてその闘気。ダダ、お前のその規格外の力と、モンスターに対する妙な勘。今回の依頼は、お前たち二人を中心としたチームで当たってもらう。アストレア家やフォレスト商会との繋がりができた今、クレッセントワルツの真価が問われる最初の大きな仕事だよ。成功すれば、ウチの評判はさらに確固たるものになる! 報酬も、それに見合うだけのものは約束しよう!」
デュークは、黙って依頼書に目を通し、やがて静かに頷いた。
「……承知した。相手が何であれ、人々が助けを求めているのなら、それが我々の仕事だ」
「はい!」ダダも、いつものように元気よく答えた。「困っている人がいるなら、僕、行きます! その黒い狼、僕がやっつけます!」
その瞳には、新たな強敵への恐れよりも、人々を助けられることへの純粋な喜びと意欲が輝いていた。
リリスとリーフは、ホールの入り口で心配そうにそのやり取りを見守っていた。
「ダダ……デューク様……どうかご無事で」
クレッセントワルツの新たな、そしてこれまでで最も困難になるかもしれない任務が、今、始まろうとしていた。二人の「エース」は、この未知なる脅威にどう立ち向かうのだろうか。




