ep 31
路地裏の激闘、赤き閃光の一瞥
「リーフの大切なものだ。……返すまで、ここから一歩も動かない」
ダダの静かな宣言は、盗賊たちの嘲笑を誘った。
「へっ、ガキが粋がるんじゃねえ! 野郎ども、とっとと捕まえちまえ!」
リーダー格の男の号令と共に、十数人の盗賊たちが、錆びた剣や棍棒を振りかざし、一斉にダダに襲いかかった!
しかし、次の瞬間、彼らは自分たちの過ちを悟ることになる。
ダダは、まるで獣が獲物にじゃれつくかのように、盗賊たちの群れの中に飛び込んだ。彼の小さな体は、予測不可能な角度から繰り出される蹴りや拳の嵐と化し、盗賊たちは次々となぎ倒されていく。狭い廃屋の中は、彼の独擅場だった。壁を蹴って三角飛びをし、背後から襲いかかる盗賊の顎を肘で打ち砕き、二人同時に突っ込んできた男たちの頭同士をぶつけ合わせる。その動きには一切の無駄がなく、それでいて子供の遊びのような軽やかささえあった。
「な、なんだこいつは!?」
「化け物かよ!」
数分も経たないうちに、半数以上の盗賊が床に伸び、呻き声を上げていた。
「くそっ、離れろ! 弓だ、弓を使え!」
奥にいた盗賊の一人が、仲間が次々とやられるのを見て恐慌をきたし、壁に立てかけてあった古い弓に矢をつがえ、ダダに向けて放った!
ヒュン、と風切り音を立てて矢が迫る。
しかし、ダダは振り向きもせず、まるで背中に目があるかのように、飛んできた矢を右手でひょいと掴み取った。そして、まるで邪魔な小枝でも払うかのように、その矢をポイと床に捨てた。
「う、うそだろ……」
弓を放った盗賊は、信じられない光景に顔面蒼白になる。他の立っていた盗賊たちも、その人間離れした芸当に完全に戦意を喪失した。
「に、逃げろぉぉぉっ!!」
誰かが叫んだのをきっかけに、残った数人の盗賊たちが、我先にと廃屋の出口目指して殺到した。
その頃、リリスとリーフは、ダダが盗賊のアジトに飛び込んでいくのを目撃した後、すぐに行動を起こしていた。
「リーフさん、あなたはここで助けを呼んで! わたくしはギルドに戻ってデューク様を!」
リリスは、市場の騒ぎを聞きつけて近づいてきた衛兵にリーフを託すと、自身はアストレア家の馬車(市場の外れに待たせていた)に飛び乗り、鞭を振るってクレッセントワルツへと急行したのだ。フォレスト商会の娘であるリーフも、機転を利かせて衛兵に的確な状況を伝え、増援を要請していた。
盗賊たちが廃屋から雪崩を打って逃げ出してきた、まさにその時だった。
「そこまでだ、悪党ども」
路地の入り口に、黒い革鎧に身を包んだ長身の影――デューク・ケストレル――が立ちはだかった。彼の背後には、息を切らせたリリスと、数人の武装した都市警備隊の兵士たちの姿も見える。
「な、なんだてめえは!」
先頭を走っていた盗賊が、デュークを押し退けようと突進する。
しかし、デュークは微動だにしない。彼は鞘に納まったままの長剣の柄頭を、まるで取るに足りない虫でも払うかのように、最小限の動きで盗賊の鳩尾に叩き込んだ。
「ぐえっ!」
盗賊は短い悲鳴と共にその場に崩れ落ち、白目を剥いて気絶した。あまりにも鮮やかな、そして無駄のない一撃だった。
他の盗賊たちは、デュークの圧倒的な存在感と、仲間のやられ様に完全に足を止め、顔面蒼白になる。
「赤き閃光……いや、デューク殿……!?」
盗賊の一人が、かつて戦場でその名を轟かせた騎士の姿を思い出したのか、震える声で呟いた。
「残りは貴様らに任せる」
デュークは警備隊の兵士たちに短く告げると、彼らが残りの盗賊たちを次々と捕縛していくのを横目に、廃屋の中へと視線を向けた。
ややあって、ダダが、リーフの小さな革袋を手に、何事もなかったかのように廃屋から出てきた。彼の服は少し埃っぽくなっているが、怪我一つない。
「リーフ、あったよ!」
「ダダさん!」リーフは泣きそうな顔でダダに駆け寄り、革袋を受け取った。「ありがとうございます……! それに、ごめんなさい、私のせいで……」
「ううん、大丈夫。リーフの大切なものが見つかってよかった」ダダはにっこりと笑った。
リリスは、ダダの無事な姿と、デュークの鮮やかな手際に、安堵と興奮が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
デュークは、そんなダダを一瞥し、ふん、と鼻を鳴らした。
「……貴様、また無茶をしおって。だが、まあ、結果は悪くなかったようだな」
その言葉には、ほんのわずかながら、ダダの行動を認めるような響きが感じられた。
こうして、市場での小さなスリ事件は、思わぬ形で盗賊団の一網打尽という結果に終わり、ダダの強さと、そしてクレッセントワルツの新たな戦力であるデュークの実力が、図らずも示されることとなったのだった。




