ep 28
小さな来訪者と市場の誘い
翡翠の丘での任務を終え、ダダがアルトゥンに戻ってから数週間が過ぎた。ギルド「クレッセントワルツ」には、デューク・ケストレルという頼れるベテランが加わり、ダイヤ・ヴェスペラは新たな依頼の獲得とギルドの箔付けに余念がなく、イレーザ・ウィローブルックは増え始めた細々とした事務作業を冷静沈着にこなしていた。
その日の午後、ギルドの扉が控えめに開き、一人の少女が顔を覗かせた。栗色の髪を揺らし、少し緊張した面持ちでホールの中を見回している。
「こんにちは!」
明るく、しかし少しだけ小さな声が響いた。
ホールの一角で、デュークから教わった剣の素振りのようなもの(彼にとってはまだ遊びの延長に近い)をしていたダダが、その声に気づいて振り返る。
「リーフ!」
ぱあっと顔を輝かせ、ダダは駆け寄った。デュフランで別れて以来の再会だった。
「久しぶり! どうしたの? アルトゥンに来てたんだね!」
リーフ・フォレストは、ダダの屈託のない笑顔に緊張が解け、嬉しそうに微笑んだ。
「はい! お父様のお仕事の都合で、少しの間だけアルトゥンに滞在することになったんです。それで……」
彼女はもじもじと指を絡ませ、少し顔を赤らめた。
「えっと……特にこれといった用事は無いんですけど……ダダさんに、会いに来ちゃいました……」
「え!? 僕に? わざわざ?」
ダダは驚いて目を丸くした。自分に会うためだけに、リーフが訪ねてきてくれたことが、純粋に嬉しかった。
その間、ギルドの隅では、デュークが愛用の長剣の手入れを黙々と続けていた。彼は二人の子供のやり取りには全く関心を示さず、布で刀身を磨く音だけが響いている。その厳格な横顔は、普段と何ら変わりない。
受付カウンターにいたイレーザが、微笑ましい二人を見て、優しく声をかけた。
「ダダ君、せっかくリーフさんが訪ねてきてくださったのですから、少し街を案内して差し上げたらどうかしら? 今日は特に急ぎのお仕事も入っていませんし、ギルドマスターも『重要な商談』とやらで午後はお留守ですよ」
彼女は悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
その言葉に、剣の手入れをしていたデュークが、顔を上げることもなく、低い声で付け加えた。
「貴様ら、どうせなら市場の小物屋でも見てくればいい。子供にはそれが似合いだ」
その声には感情が乗っていなかったが、不思議と追い払うような響きはなく、むしろ一種の許可のようにも聞こえた。
「小物屋?」ダダは首を傾げたが、すぐに「街へ行く」という部分に反応した。「うん、行こう、リーフ! アルトゥンには、僕もまだ知らない面白いものがたくさんあるかもしれないよ!」
彼は翡翠の丘への旅では、リリスの護衛が主で、街をゆっくり見て回る機会はほとんどなかったのだ。
「はい!ぜひ!」リーフの顔が喜びに輝いた。「アルトゥンの市場は、父からとても賑やかだと聞いています!」
「よかったわね、お二人とも」イレーザはにっこりと微笑んだ。「いってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」
「はい、行ってきます!」
「行ってまいります!」
ダダとリーフは元気よく返事をすると、連れ立ってギルドハウスを飛び出していった。その後ろ姿を、イレーザは優しい目で見送り、デュークは一瞬だけ磨いていた剣から目を離し、すぐにまた手元の作業へと意識を戻した。
アルトゥンの活気ある街並みへと駆け出していく小さな二つの影。彼らにとって、それは久しぶりの、そして心弾む「お出かけ」の始まりだった。




