ep 27
新たな風、交差する視線
ダイヤの期待に満ちた言葉に、デューク・ケストレルはダダを値踏みするように一瞥した。
「貴様、少し体を動かせるか」デュークは低く、有無を言わせぬ口調で言った。「地下に訓練場がある。お前の『腕』とやらを、この目で直接確かめておきたい」
ダイヤに許可を求めるでもなく、それは決定事項であるかのような響きだった。
「おっ、いいねぇ! 早速お手合わせかい? アタシも見ていくよ!」
ダイヤは目を輝かせた。彼女にとって、ギルドの二大エース(と彼女が勝手に位置づけている)の実力を測る絶好の機会だ。
「はい!いいですよ!」
ダダは、強者であるデュークに興味津々といった様子で、元気よく答えた。
地下の訓練場は、最近改装されたばかりで、まだ真新しい土の匂いがした。広々とした空間には、いくつかの訓練用の柱や的が置かれている程度で、設備は最低限だったが、実戦的な訓練を行うには十分な広さがある。
デュークは壁に立てかけてあった木製の訓練用長剣を手に取ると、ダダに向き直った。
「加減はする。だが、油断するなよ、小僧。怪我をしても知らんぞ」
その言葉には、冗談めいた響きは一切なかった。
「はい!」
ダダは、腰の「ノクティス」には手をかけず、いつものように身一つで構える。その小さな体から、しかし、油断ならぬ野生の獣のような気配が立ち昇った。
手合わせが始まると、まず動いたのはダダだった。
「やぁっ!」
短い気合と共に、彼の姿が消えたかと思うほどの速さでデュークの懐に潜り込もうとする。その動きは型にはまったものではなく、まるで予測不可能な獣のそれだ。低い姿勢からの蹴り上げ、体勢を崩したと見せかけての回し蹴り、変幻自在のステップでデュークを翻弄する。
(なんだ、この動きは……!? 型がない、だが…速い! まるで獣そのものだ…!)
デュークは、長年の騎士としての経験で培ってきた剣術の常識が通用しない相手に、内心で驚愕していた。ダダの攻撃は荒削りだが、その一撃一撃には子供とは思えぬほどの鋭さと重さが込められている。デュークは訓練用の長剣で巧みにそれらを捌き、あるいは最小限の動きで回避するが、完全にペースを握られているのは彼の方だった。時折、ダダの拳や蹴りが彼の鎧の隙間を掠め、ヒヤリとさせられる。
しかし、それも数合打ち合ってまでのことだった。
(……なるほど。動きは速いが、単調でもある。呼吸も荒くなってきたな)
デュークは冷静さを取り戻し、ダダの野性的な動きの奥にある、経験不足ゆえの隙を見抜き始めていた。彼は一度大きく距離を取ると、剣を中段に構え直し、どっしりと大地に根を張るかのように体勢を安定させた。もう、ダダの奇襲に動じる様子はない。
「さあ、どうした? 来ないのか、小僧」
デュークは、わざと隙を見せるように、しかし全身の気配は張り詰めたままダダを挑発した。それは、相手の焦りを誘い、不用意な攻撃を引き出すための、熟練の戦士の罠だった。
(……何か、変だ)
ダダもデュークの雰囲気の変化を感じ取っていた。しかし、目の前に晒された「隙」と、先ほどまでとは違うデュークの落ち着き払った態度に、彼の野生の勘が警鐘を鳴らすよりも早く、焦りが生まれてしまう。
(今なら、いけるかも……!)
ダダは一瞬の迷いの後、再びデュークに向かって突進した。それは、今までで最も速く、最も力強い一撃を狙った直線的な突撃だった。
(誘いに乗ったな、小僧!)
デュークの目が鋭く光る。ダダの直線的な動きを完全に見切り、彼のカウンター――訓練剣による正確無比な胴打ち――が、ダダの小さな体に吸い込まれるように放たれた!
(しまった!)
ダダは、自分の動きが読まれ、回避不能な一撃が迫っていることを悟った。その瞬間、彼は咄嗟に、ほとんど無意識に、腰の「ノクティス」を引き抜き、その刀身でデュークの訓練剣を受け流すように構えた!
キンッ!という甲高い金属音と、木が割れるような鈍い音が同時に響く。
デュークの訓練剣は、ノクティスの硬い刀身に阻まれて弾かれ、その勢いで先端が少し欠けていた。ダダは、ノクティスで受け流したものの、衝撃で数歩後退し、その場に尻餅をついてしまう。
「……そこまでだ」デュークは、欠けた訓練剣の先を見つめ、静かに言った。「その業物と打ち合う気はない。今は、これ位で良いだろう」
彼の表情は相変わらず厳しかったが、その瞳の奥には、ダダの予想外の反応と、その潜在能力に対する確かな驚きと興味の色が浮かんでいた。
「ひぇ~……」ダダは尻餅をついたまま、ノクティスを鞘に戻し、大きく息をついた。「デュークさん、やっぱり強いなぁ! 全然攻撃が当たらなかったし、最後の、すごく怖かったです!」
彼は、少し悔しそうに、しかし同時にどこか嬉しそうに笑った。
「ふん。貴様の動きは確かに速いが、まだ荒削りすぎる。だが、その野生の勘と、咄嗟の判断力は悪くない」デュークはそう言うと、ダダに手を差し伸べた。「立てるか、小僧」
「はい!」
ダダは、デュークの大きな手を借りて立ち上がった。
ダイヤは、二人の手合わせを満足そうに眺めていた。
(こりゃあ、面白くなってきたじゃないか!)
厳格な元騎士と、天衣無縫な野生児。この二人の出会いが、クレッセントワルツに、そしてダダ自身に、どのような変化をもたらすのか。彼女の期待は、ますます膨らむのだった。




