ep 26
新たな風、交差する視線
翡翠の丘でのリリス・フォン・アストレアの護衛任務を終え、ダダが「ガーディアン:クレッセントワルツ」のギルドハウスに帰還したのは、旅立ちからひと月ほどが過ぎた頃だった。
彼が不在の間にも、ギルドはダイヤ・ヴェスペラの辣腕によって少しずつ変化を遂げていた。フォレスト商会からの資金援助は潤沢で、以前はガランとしていたホールにも、いくつかの新しいテーブルや椅子が置かれ、依頼掲示板には(まだ数は少ないものの)実際に依頼書が貼られている。そして何より、ギルドには新しい「力」が加わっていた。
「ただいま戻りました、ダイヤさん」
旅の汚れを纏ったままのダダが、軽い足取りでホールに入ってきた。腰には、リリスから贈られた短剣「ノクティス」が、彼の身には少し不釣り合いながらも、しかし不思議としっくりと収まっている。
受付カウンターでイレーザ・ウィローブルックと何やら打ち合わせをしていたダイヤが、その声に勢いよく振り返った。
「おー、ダダ! あんた、無事に戻ったのかい! リリスお嬢様も満足してくれたみたいで、アストレア公爵家からはそれはもう立派な追加報酬が振り込まれてたよ! さっすがアタシの見込んだ子だね!」
ダイヤは満面の笑みでダダに駆け寄り、その肩をバンバンと叩いた。彼女の機嫌は最高潮のようだ。
ダダは「はい」と短く答え、ふとホールの隅に立つ一人の男の存在に気づいた。
長身で、黒を基調とした実戦的な革鎧を身に纏い、腰には長大な剣を佩いている。年の頃は四十に近いだろうか。短く整えられた髪には白いものが混じり、彫りの深い顔立ちには厳しい光が宿っている。その男は、腕を組み、まるで値踏みでもするかのように、じっとダダを見つめていた。その全身から発せられる、研ぎ澄まされた鋼のような気配に、ダダは本能的に相手が只者ではないことを感じ取る。
ダイヤは、ダダの視線に気づき、にやりと笑った。
「ああ、そうだ、ダダ。お前に紹介したいヤツがいるんだった。こっちへ来な」
彼女はダダの手を引いて、その男の前へと進み出た。
「デューク! こいつが、前に話したウチの秘蔵っ子、ダダだよ。見ての通り、まだこんなチビだけどね、腕は確かだ。この間のデュフランの一件も、最近のアストレア家のお嬢様の護衛任務も、一人でバッチリこなしてきてるんだからね!」
ダイヤは誇らしげにデュークにダダを紹介した。
そして、今度はダダに向き直る。
「ダダ、こっちがデューク・ケストレル。アタシが最近スカウトしてきた、超強力な助っ人さ! シルバーランクのガーディアンで、元はどっかの国の高名な騎士団長様だったらしいぜ。剣の腕も、あの『闘気』ってやつも、そりゃあもう超一流なんだから!」
デュークと呼ばれた男は、組んでいた腕を解き、ゆっくりとダダに向き直った。その鋼色の瞳が、真っ直ぐにダダを射抜く。
「……貴様がダダか。噂は聞いている。子供ながらにオーガを屠り、ワームの群れを殲滅し、最近では夜盗狼の群れも退けたそうだな」
低く、落ち着いた声だったが、その言葉には確かな重みがあった。「貴様」という呼び方にも、有無を言わせぬ威圧感がこもっている。
ダダは、その長身の男を見上げ、こくりと頷いた。彼にとって、相手の呼び方など些細なことだ。ただ、目の前の男が放つ、純粋な強者の気配を感じ取っていた。
「はい。僕がダダです。あなたは、デュークさん。……すごく、強いですね」
それは、子供らしい素直な感想だった。
デュークの厳格な表情が、ほんのわずかに揺らいだように見えた。ダダのあまりにもストレートな言葉と、その純粋な瞳に、何かを感じたのかもしれない。
「強さだけでは、ガーディアンは務まらん。……貴様、その腰の短剣は飾りか? 騎士でもない子供が、分不相応な業物を持っているようだが」
デュークの視線が、ダダの腰の「ノクティス」に注がれる。
ダダは、ノクティスの柄にそっと手を触れた。
「これは、リリスがくれました。まだ、あまり使ったことはないです。でも、これは僕の……大切なものです」
その言葉には、リリスへの想いと、彼女との約束が込められていた。
「ふん……」デュークは鼻を鳴らしたように見えたが、それ以上は何も言わなかった。
ダイヤは、二人の間に流れる緊張感とも好奇心ともつかない空気を楽しむように、両手をパンと打ち鳴らした。
「よしよし! これで我が『クレッセントワルツ』も、エース級が二人揃ったわけだ! デューク、ダダはまだ若いし、常識知らずなところも多々ある。あんたのその豊富な経験で、ビシバシと鍛え上げてやってくれ! もちろん、ダダの良さは潰さないようにな! 二人とも、これからのクレッセントワルツの柱として、大いに期待してるからね!」
デュークは再びダダを見た。その鋼色の瞳の奥に、厳しさだけでなく、指導者としての探るような光が宿る。ダダもまた、目の前の「強い人」を、好奇心に満ちた瞳で見つめ返していた。
元騎士団長と、野生の子供。全く異なる背景を持つ二人のガーディアンが、今、運命的な出会いを果たした。
アルトゥンの片隅で産声を上げたばかりのギルドに、新たな風が吹き込もうとしていた。




