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ガーディアン  作者: 月神世一
ガーディアン!

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22/85

ep 23

翡翠の丘の小さな守り手

翡翠の丘に佇むアストレア公爵家の別荘での日々は、オーガとの一件以来、以前とは異なる空気に包まれていた。リリスはダダに対して、以前のような挑発的な態度は鳴りを潜め、代わりに強い関心と、どこか戸惑いの入り混じった眼差しを向けるようになっていた。

彼女は、ダダに贈った家宝の短剣を、彼が身につけていることを確認しては、小さく安堵のため息をついた。

「ダダ、その短剣…少しは手に馴染みましたこと?」

庭で木の枝を削って何かを作ろうとしている(そして大抵は不格好な塊を生み出している)ダダに、リリスは時折そう話しかけた。

「うん。軽いし、持ちやすい。でも、まだよく分からない」

ダダは正直に答える。彼にとってそれは、リリスがくれた大切なものであり、いざという時のための備えではあったが、積極的に使おうと思うものではなかった。

リリスは、そんなダダの様子を黙って見守る。彼が時折見せる子供らしい無邪気さと、いざという時に発揮される人間離れした強さ。そのアンバランスさが、彼女の心を捉えて離さなかった。

(この子は、わたくしが守らなければ。いいえ、この子がいるから、わたくしは守られているのね……)

そんな相反する想いが、彼女の中で揺れ動いていた。

その夜のことだった。

月も隠れた闇夜、別荘の敷地の外れにある家畜小屋の方から、家畜の怯えた鳴き声と、複数の獣が争うような獰猛な物音が響いてきた。すぐに別荘の護衛兵たちが松明を手に駆けつけるが、暗闇と茂みに阻まれ、苦戦している様子が遠目にも分かった。

「また何かあったのかしら!?」

リリスは不安そうな表情で部屋を飛び出してきた。侍女のエララが慌てて彼女を制止する。

「お嬢様、危険です! どうかお部屋でお待ちください!」

しかし、ダダは既に音のした方向を鋭い目で見据えていた。

「……何か、いる。この間のとは違う気配だ。数も多いみたい」

彼はリリスに「リリスは、エララさんと一緒に、ここを動かないで」といつもより強い口調で言うと、音もなく闇夜に溶け込むように駆け出した。

「ダダ!」

リリスは彼の後ろ姿に呼びかけたが、ダダは振り返らなかった。彼女はエララの制止を振りほどき、後を追おうとしたが、エララに強く腕を掴まれ、その場に留まるしかなかった。

家畜小屋の近くでは、既に数人の護衛兵が地面に倒れ、残った者たちも肩で息をしながら、黒い影の群れと対峙していた。それは狼よりも一回り大きく、しかし狼以上に俊敏で、闇に溶け込むような体毛を持つ「夜盗狼ナイトシーフ」と呼ばれる魔獣の群れだった。赤い目が闇の中で不気味に光り、統率された動きで護衛兵たちを追い詰めている。

ダダは物陰から冷静に戦況を把握すると、一気に飛び出した。彼はまず、孤立していた護衛兵を助けるために、近くにいた夜盗狼の一匹に強烈な体当たりを食らわせる。不意を突かれた夜盗狼はキャンと鳴いて地面を転がった。

しかし、すぐに別の二匹がダダに襲い掛かる。ダダはそれを紙一重でかわし、一匹の顎に的確な蹴りを入れ、もう一匹の体勢を崩させる。彼の戦い方は、あくまで体術と、周囲の状況を利用したものだった。

だが、夜盗狼の数は多く、連携も巧みだった。一匹がダダの注意を引きつけている間に、別の数匹が大きく迂回し、リリスたちが隠れている物陰のすぐ近くまで迫っていた!

護衛兵の一人がそれに気づき叫ぶ。「お嬢様、危ない!!」

「!」

ダダがその声に気付いた時には、すでに一匹の夜盗狼がリリスのすぐ目の前にまで迫り、鋭い牙を剥いて飛びかかろうとしていた。距離がある。体術だけでは間に合わない!

その瞬間、ダダはためらわなかった。彼は腰に差していたリリスの短剣を抜き放つと、リリスと夜盗狼の間に滑り込むように割って入り、最短距離で刃を閃かせた!

研ぎ澄まされた刃は、夜盗狼の喉元を正確に捉え、深々と切り裂いた。

「グルルッ……」

夜盗狼は短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。

ダダは、初めてその手に確かな「命を奪った」感触を得た短剣を握りしめ、他の夜盗狼たちを睨みつけた。彼の目には、リリスを守り抜くという強い意志が宿っている。

仲間が一撃で倒されたこと、そしてダダから放たれる気迫に怯んだのか、残りの夜盗狼たちは唸り声を上げながらもじりじりと後退し、やがて闇の中へと逃げ去っていった。

「はぁ……っ、はぁ……」

ダダは肩で息をしながら、まだリリスを庇うように立ち尽くしていた。彼の手の中の短剣が、月明かりを反射して鈍く光っている。

「ダダ……! あなた……」

リリスは震える声でダダに駆け寄った。恐怖と、そして目の前で繰り広げられたダダの戦いに、言葉を失っている。彼女の視線は、ダダが握る短剣と、彼の少し汚れた横顔を行き来していた。

ダダはリリスの無事を確認すると、ふっと息を吐き、少しだけ困ったように笑った。

「うん。リリスがこれをくれたから……間に合った。ありがとう」

彼は短剣を見つめ、それからリリスの顔を真っ直ぐに見た。その瞳には、先程までの戦士の鋭さとは違う、いつもの穏やかさが戻っていた。

「本当に……よかった……」リリスの瞳から、安堵の涙が静かに流れ落ちた。「あなたが、無事で……」

彼女は、彼が自分のために、自分が贈った剣を使い、そして再び自分を守ってくれたという事実に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。それは、以前のただの好奇心や執着とは違う、もっと深く、温かい感情だった。

この翡翠の丘での小さな事件は、ダダに初めて「武器を振るう」という経験をもたらし、そしてリリスの心に、彼への揺るぎない信頼と、言葉にできないほどの感謝と親愛の情を刻み込んだのだった。

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