ep 14
貴族の依頼者
デュフランでの一件から数週間が過ぎた。アルトゥンにある「ガーディアン:クレッセントワルツ」のギルドハウスは、フォレスト商会からの潤沢な資金(その大部分はダイヤがしっかりと管理している)と、イレーザという有能な受付嬢の加入により、以前の小さな事務所とは比べ物にならないほど活気に満ち…ているとはまだ言えないものの、それなりに体裁が整ってきていた。
ダイヤはギルドマスターの執務室で、上質な椅子に深く腰掛け、新しい帳簿に目を通しながら、時折口元を満足げに緩ませていた。金銭的な余裕は心の余裕とはよく言ったもので、最近は煙管よりも上質な茶を嗜む時間が増えている。これもギルドマスターとしての威厳を保つため、と彼女は考えている。
その日の午後、ギルドハウスの前に一台の立派な馬車が静かに停まった。紋章入りの扉が従者によって開かれ、中から一人の少女が軽やかに降り立つ。年の頃は十三、四といったところか。上質な生地で作られた、動きやすそうな乗馬風のドレスを身にまとい、その佇まいには貴族特有の気品と、若者らしい好奇心が同居している。腰には細身の装飾剣を下げているが、それが飾りではないことをうかがわせる凛とした雰囲気があった。
少女は、少し不機嫌そうな年配の侍女を伴って、クレッセントワルツの扉を開けた。
「ごきげんよう。ガーディアンギルド『クレッセントワルツ』はこちらで相違ございませんこと?」
少女の澄んだ声が、まだ依頼人もまばらなホールに響いた。受付カウンターにいたイレーザは、その姿と言葉遣いからすぐに相手が貴族であると察し、丁寧な笑顔で立ち上がった。
「ようこそお越しくださいました、クレッセントワルツへ。私、受付のイレーザと申します。どのようなご用件でございましょうか、お嬢様」
「わたくしはリリス・フォン・アストレアと申します」少女――リリス――は優雅に一礼すると、真っ直ぐにイレーザの目を見て言った。「本日は、こちらのギルドに所属すると伺いました、あるガーディアンに依頼を申し込みたく参上いたしましたの。…確か、ダダ、というお名前だったかしら?」
その名前に、イレーザの表情が微かに動いたが、すぐに平静を装って応じた。
「ダダ、でございますね。少々お待ちいただけますでしょうか。ギルドマスターに確認いたします」
奥の執務室にいたダイヤは、イレーザから「アストレア公爵家のご令嬢、リリス様が、ダダをご指名で」と報告を受けるや否や、茶器を置き、風のようにホールへ飛び出してきた。その顔には、これ以上ないほどの営業スマイルが貼り付けられている。
「これはこれは、リリス・フォン・アストレアお嬢様! ようこそクレッセントワルツへ! 私がギルドマスターのダイヤと申します! いやはや、アストレア公爵家と言えば、このグルンストラでも五指に入る名門中の名門! そのようなお方が、我がギルドに、しかもダダをご指名とは、光栄の至りでございます!」
ダイヤは芝居がかった口調でリリスを歓迎した。内心では(アストレア家! これはとんでもない大魚だ!)と算盤を弾いている。
リリスは、そんなダイヤの様子を面白そうに一瞥すると、軽く微笑んだ。
「噂はかねがね。特に、デュフランでのご活躍は、わたくしの耳にも届いておりますわ。子供のガーディアンが、単身で鉱山のワームを掃討したとか。にわかには信じ難いお話ですけれど、フォレスト商会のツーリ様が太鼓判を押しておいでだとか」
「いかにも!」ダイヤは胸を張った。「ダダは我がギルドの秘蔵っ子、いえ、若きエースでございます! その実力は、わたくしが保証いたしますとも!」
「それで、本日はそのダダ殿に護衛を依頼したいのです」リリスは本題に入った。「近々、わたくしはアストレア家の避暑地である『翡翠の丘』へ参りますの。例年であれば穏やかな道のりですけれど、今年は些か不穏な噂も耳にいたします。街道筋に、普段見かけぬ凶暴な獣や、はぐれモンスターの目撃情報が増えているとか。父は、屋敷の騎士団をつければ十分と申しますけれど、わたくしは、型通りの護衛よりも、真に『強い』方に興味がございますの」
リリスの瞳が、探るようにダイヤを見つめた。「貴ギルドのダダ殿は、それほどまでに強いのでしょう?」
「もちろんでございますとも!」ダイヤは即座に答えたが、内心では(翡翠の丘への護衛ねぇ…距離も期間もそれなりになりそうだし、相手は公爵令嬢。これは高くつく、いや、高く請求できるぞ!)とほくそ笑んでいた。
「つきましては、一度そのダダ殿にお会いし、わたくしの目で確かめさせて頂きたいのですが、よろしいかしら?」
その時だった。
「ただいま戻りましたー。ダイヤさん、お腹空きましたー」
間の抜けた声と共に、獣皮の服を着た小さな少年――ダダ――が、軽い足取りでギルドハウスに入ってきた。その手には、どこで採ってきたのか、木の実が数個握られている。
リリスは、ゆっくりとダダの方へ振り返った。彼女のヘーゼル色の瞳が、興味深そうに細められる。
噂に聞く、怪物を屠る子供のガーディアン。目の前にいるのは、確かに年の頃十歳そこそこの、どこからどう見ても普通の(いや、むしろ少し頼りなさげな)少年だった。
「……あなたが、ダダ?」
リリスの問いかけに、ダダはきょとんとして木の実を一つ口に放り込みながら、こくりと頷いた。
彼の新たな出会いが、今、始まろうとしていた。




