ep 12
予期せぬ報酬
アルトゥンの片隅にある「ガーディアン:クレッセントワルツ」の小さな事務所。ダダがデュフランへ旅立ってから数日が経っていた。ダイヤは、相変わらず依頼の来ない事務所で、机に突っ伏して唸っていたり、壁の紋章を磨いてみたり、落ち着かない様子で過ごしていた。内心では、あの無鉄砲な少年が無事に帰ってくるのか、少しだけ心配していたのかもしれない。
そこへ、ひょっこりとダダが顔を出した。服装は少し汚れているが、怪我をしている様子はない。
「ただいま戻りました、ダイヤさん」
「ダダ!? あんた、無事だったのかい!?」
ダイヤは椅子から飛び上がらんばかりに驚き、すぐに眉を吊り上げた。
「まったく、何を考えてるんだい、あの子は! 勝手に飛び出して行って、無報酬で危険な依頼を引き受けて! ガーディアンってのはね、慈善事業じゃないんだよ! 少しは自分の身の安全とか、儲けとか、そういうことも考えないと……!」
堰を切ったように説教を始めるダイヤ。しかし、ダダは悪びれる様子もなく、ぽりぽりと頭を掻いた。
「ご、ごめんなさい、ダイヤさん……。でも、リーフもパパさんも無事でした。それで、これをダイヤさんに渡すように頼まれたんです」
ダダは懐から、ツーリから預かった封蝋された書状を取り出し、ダイヤに差し出した。
「ん? なんだいこれは……手紙?」
ダイヤは訝しげに書状を受け取り、無造作に封蝋を破って中身に目を通し始めた。最初は眉間に皺を寄せて読んでいたが、読み進めるうちにその目がどんどん見開かれていく。
『――此度は我が娘リーフを守り、デュフランの危機たる坑道のワームまで見事に退治して下さり、貴ギルドのガーディアン、ダダ殿には心より感謝申し上げます。つきましては、ささやかではありますが、我がフォレスト商会は、今後「ガーディアン:クレッセントワルツ」様への全面的な支援をお約束すると共に、今回のご尽力に対する謝礼として、別紙のものを同封させていただきました。街の復興が落ち着きましたら、改めてご挨拶に伺えればと存じます。 デュフラン フォレスト商会 ツーリ・フォレスト』
書状の内容だけでも驚きだが、さらにその下に添えられていた一枚の紙を見て、ダイヤの動きが完全に止まった。それは、グルンストラ王国銀行発行の小切手。そこに書かれた金額は――
10,000,000 G (千万ゴールド)
「…………なっ……!?」
ダイヤの手が、小切手を持ったままわなわなと震え始めた。息が詰まり、顔色が青くなったり赤くなったりしている。
「ど、どうしたんですか? ダイヤさん。顔色が悪いですけど……」
ダダは心配そうにダイヤの顔を覗き込んだ。
次の瞬間、ダイヤは弾かれたように顔を上げ、満面の笑みを(あるいは引きつった笑みを)浮かべて叫んだ!
「ハ、ハハ……ハハハーーッ!! やった! やったよ、ダダ! さすがだ! さすがアタシが見込んだだけのことはある! あんた、最高のガーディアンだよ!!」
ダイヤは興奮のあまり、ダダの肩をバンバン叩きながら、一転して彼を褒め称え始めた。その変わり身の早さに、ダダはきょとんとするばかりだ。
「フォレスト商会だって!? あの、この国でも3本の指に入るっていう超が付く豪商じゃないか! デュフランにそんな大物がいたなんて……! あの小娘が、いやいや! あのお嬢様が、まさかそんな家の……!」
ダイヤは小切手を太陽に透かすように眺め、うっとりとした表情で呟く。彼女の頭の中は、もう莫大な報酬と有力なコネクションのことでいっぱいだ。
「いやー、それにしても、良いことはしてみるもんだねぇ! まったく、その通りだよ!」
ダイヤは腕を組み、満足げに何度も頷いた。そして、思い出したようにダダに向き直る。
「うん! やっぱりガーディアンはこうでなくっちゃ! 困ってる人を助けて感謝される! なんて素晴らしい仕事なんだろう! そう思うだろ、ダダ?」
先ほどの説教などすっかり忘れ、輝くような笑顔でダダに同意を求めた。
「はい!」
ダダは、ダイヤが上機嫌な理由はいまいち分からなかったが、彼女が喜んでいるなら良いことなのだろうと思った。そして、ツーリとリーフの笑顔を思い出し、自分自身の気持ちを言葉にする。
「僕は、もっともっと困っている人を助けて、『ありがとう』って、たくさん言ってもらえるようになりたいです!」
その純粋な言葉と笑顔に、ダイヤは一瞬言葉を失ったが、すぐに「そうともさ!」と力強く頷いた。まあ、動機はどうあれ、結果的に大金が転がり込んできたのだから、今はそれで良しとしよう、と。
こうして、ガーディアン:クレッセントワルツは、予期せぬ形で大きな後ろ盾と活動資金を得ることになった。
――そして、数日後。
アルトゥンの活気ある酒場の一角。フードを目深にかぶった人物が、周囲の喧騒から隔絶されたように一人、エールをちびちびと飲んでいた。その人物の耳に、隣の席の冒険者たちの会話が飛び込んでくる。
「おい、聞いたか? 最近、デュフランの方でモンスター騒ぎがあったらしいぜ」
「ああ、なんかワームが大量発生したとか……。それが、どこからか来た子供のガーディアンが一人で片付けちまったって話だ」
「子供が? まさか。また大げさな噂だろう」
「いや、それがフォレスト商会の旦那が太鼓判を押してるって話でな。名前は……確か、ダダ、とか言ったか?」
フードの人物は、ピクリと反応し、口元に微かな笑みを浮かべた。
「へぇ……城下にも、そんな面白い子がいるんだ。ダダ……ねぇ」
その声は、若々しくも、どこか底知れない響きを持っていた。
「……面白そうね」
呟きと共に、フードの人物は静かに席を立った。その影が、新たな波乱を予感させながら、雑踏の中へと消えていった。




