エピローグ
ボルドーグ公爵家、美しい中庭を眺めならルミティとヴェルズは午後のゆっくりとした時間を過ごしている。
「リディック王子、隣国の王女と再度婚約ですって。呪いを超えた真実の愛。これからきっと隣国の美味しい食べ物や素敵なアンティークなんかの流通が増えるわね」
「そうだ、奥様に頼んで隣国の言葉も勉強させていただけないかな」
「大丈夫よ、だって奥様は一番優しいお人だもの」
メイドたちの話に耳を傾けていたヴェルズはルミティに向かって微笑んだ。
「少し使用人たちを甘やかしすぎじゃ?」
「あら、ヴェルズはそう思う? 私はそうは思わないわ。これからの時代、たくさんの人たちが平等に学んで平等に生きていくと思うの。我がボルドーグ家に仕える人々はどこに出しても恥ずかしくないような人たちがいいと思うのよ」
リディック王子の呪いが解かれ、彼が正気に戻ったことで傾きかけていた国政が一気に前進した。隣国の王女を迎え入れることで同盟もより強固なものになった。これから隣国を窓口にこの国も多くの国との流通や交流が盛んになるだろう。
「あんなことがあったというのに、君はもう前を向いているんだな」
「私もショックだったわ。けれど、彼女にはもう更生する道はないと思ったの。わからなかった、彼女がどうしてここまで私を憎んでいるのか。だってマロンは私にないものを何でも持っていて、私は彼女が羨ましいとずっと思っていたのよ。なのに……」
「思い出させるようなことをして悪かったね。ルミティ」
あのパーティーのあと、マロンは王族への黒魔術使用の罪で裁かれることとなった。黒魔術の使用は極刑に値するだけでなく国家反逆罪も問われることとなったマロンは「地下終身刑」に処されている。
この国でもっとも恐ろしいとされる「地下終身刑」は城の地下深くに拘束された状態で幽閉されるという至極単純なものである。無論、食事も水も魔力も与えられないため多くの人間が数週間と持たずに死亡する。声は誰にも届かずこの肉体が腐って骨になっても誰の目にも触れることのない孤独に包まれて死ぬ。
ヴェルズはマロンがその牢獄に収監されるのを見届けたが、中は悲惨なものだった。数々の囚人たちの骨が散らばり、死肉を食うネズミや虫が漂う悍ましい空間であった。
死後の尊厳すら守られないその刑を彼女は受けたのだ。
「けれど、アルバンカ家のことありがとう」
「あぁ当然だよ。もちろん君のお父様とお母様には責任をとって爵位を取り下げてもらうことになったが……」
「実質的には貴方が守ってくれたじゃない」
「君の大事な思い出の地だろう? いつか僕も一緒に巡って君の昔の思い出を聞いて回りたいと思っただけさ」
アルバンカ伯爵は爵位を返上、アルバンカ伯爵家の領地があった場所は王宮の指示で他の伯爵たちに分け与えられる予定だった。しかし、ヴェルズが申し出てその領地をボルドーグ家のものとし、ロビン・アルバンカ夫妻に子爵の爵位を与えるとともに領地運用を任せることとなったのだ。
その結果、実質アルバンカ家の領地は当主を変えることなく今まで通りの生活を送ることができるようになっている。
「けれど、そのせいで昇進を……ダメにしちゃったのよね?」
「いいんだ。占星術師だけでも大変なのに。騎士団にまで入れなんて絶対に嫌だったんだ。これからは気兼ねなくルミティと一緒にいたいと思っているのに仕事が増えるのは困る」
「そうだけど……王宮に迷惑はかけられないわ」
「いいんだ。僕たちは新婚旅行にだって行ってないし。この件のほとぼりが覚めたら結婚式だってするんだ。仕事を詰め込むわけにはいかないんだよ」
「そうかしら……」
「ルミティ、君はもっとわがままになってくれ。僕は君のわがままを聞くために存在しているんだよ。僕にもっと頼って」
「ありがとう、ヴェルズ。じゃあせっかくだしわがままを言っちゃおうかしら」
ヴェルズは可愛い妻のお願いをやっと聞くことができると腕まくりをしてルミティの言葉を嬉々として待った。
ルミティは楽しそうに微笑むとすくっと立ち上がり
「一緒にお花を植えましょう? 今の時期に植えると素敵な花を咲かせるのよ。ほらあそこ、中庭の一番目立つところに。ヴェルズ、いいでしょ?」
「君、まさかまた僕に土いじりさせようとしてる?」
「あら、わがままを言ってはダメだった?」
ヴェルズは脳裏に浮かぶミミズを記憶から消し去って、ルミティの手を取った。
「かしこまりました、僕のいとしの奥様。土いじりでも庭仕事でもお付き合いしますよ」
「ありがとう、ヴェルズと二人で植えた花がいつか綺麗に咲くのが今から楽しみよ」
ルミティがパッと笑顔になると、ヴェルズはそっと彼女を抱き寄せた。やっと手にした愛しい女性を離すものかといつもより少しだけ力が入る。
ルミティはそんなヴェルズをクスクスと笑いながら顔を上げ
「ミミズなら私が端っこに寄せてあげるから大丈夫よ」
とキスをした。ヴェルズは「ふっ」と吹き出して彼女の髪を撫でる。見つめあって、微笑みあって幸せな時間をゆっくりと二人は味わった。
「これから先、どんなに不運なことが君を襲っても絶対に僕が守ってみせる。時間はかかってしまったけれど、ずっと大好きだった君がこうして僕の腕の中にいることは……いや、僕はすごく幸運だったんだな」
ボルドーグ公爵家は平穏を取り戻した。美しい夫人が花に囲まれて微笑んでいる風景は数年ぶりで、使用人たちもこの光景を守ろうと心に誓っているだろう。
「ヴェルズ、ありがとう。行きましょう?」
ルミティはヴェルズの手をとって中庭へと向かった。暖かい日差しを浴びて二人はゆっくりとした午後を過ごす。慎ましやかでちょっぴり豪華な幸せが確かに存在する。やっと手に入れた幸せを噛み締めてルミティは微笑むのだった。
おわり
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