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27 ルミティとヴェルズ

 固まってしまったルミティの手を握り、一歩前に出たのはアンジェだった。


「お言葉ですが、婚約者様。そのような罪の数々をこの場所で断罪するということは確証がおありですの? 私の知っているルミティは決して貴女のおっしゃるようなお人ではない。それはここにいる皆様も知っているはず」

 

 会場が再びざわつき始める。しかし、先ほどとは違ってそれはマロンに対する噂がほとんどあった。

「どうして伯爵令嬢が突然王子の婚約者に?」

「王子は隣国の王女との婚約を破棄してまであの子と?」

「ルミティさんが子供みたいな嫌がらせを? アンジェさんのいうように何の証拠もないじゃない。それに王子の様子もおかしいし」


 マロンがピクリと眉を動かし不満げに言い返す。


「あら、公爵令嬢さん? それとも、貴女は公爵夫人? 王族相手に口答えをするつもり?」


 アンジェはふっと笑うと「大丈夫よ、ルミティ」と振り返った。

それを合図にジュンとカタリーナが今にも倒れそうなルミティを支える。


「私は、アンジェ・ルブリック。リディック様とは従姉弟関係にある公爵夫人です。今は爵位が与えられているとは同じ王族の出身。この断罪に意見するくらいは可能ですわ。それに……」


 誰かがルミティの後ろから現れて、ジュンとカタリーナに礼をいった。ルミティが振り返ってみるとそこにはヴェルズの姿があった。


「遅くなって悪かったね。もう大丈夫、すぐに終わるから」


 マロンは一気に逆転されたような状況に不快感をあらわにする。彼女はどうして誰も彼女の味方をしてくれていないのか理解できないのだ。今までのように誰もがマロンを愛し、彼女を優遇してくれると信じきっていた。


「ヴェルズ様、貴女には隠しているようですがお姉さまは幼い頃から……」


 マロンの言葉を遮ったのはオスカーであった。


「王子、こちらへ。離れなさい、術士め」

「オスカー……? どういうことだ、ここは、彼女は誰だ?」


 リディック王子の言葉に会場が静まった。王子は婚約者であるはずのマロンを指差していたのだ。婚約者を指差し、不思議そうに首を傾げ「誰だ?」と言い放ったのだ。それを合図に王族席にいた騎士がマロンに刃を向け、ゆっくりと王子とオスカーを守るように撤退する。


「占星術師を甘く見過ぎだよ。マロン嬢」


 ヴェルズは王族席に一人取り残されたマロンに言った。マロンは頭を抱え「なんで、どうして」と混乱している様子だった。


「君は、古い黒魔術を使って騎士の一人を意のままに操り王子の体まで乗っ取った。けれど、君のような未熟者の魔力では完全に乗っ取ることは難しかったんだろう。王子をみてすぐにわかったよ。その術式までね」

「アンタ……まさか。わかっていてここまで私に? どうしてそこまでしてお姉さまなんかを守るの?」

「あぁ、君が罪を自白するまでは王子には操られていてもらったんだ。君は逃げるのがお得意のようだからね。君以外の騎士たちには周知済み。このパーティ会場は君を誘き出して捕まえるために利用させてもらったんだ。黒魔術士を捕まえるのは至難の業だからね。さて、アルバンカ伯爵。この責任はどう取ってくださるのかな?」


 会場一階の扉が開き、そこからルミティの父であるアルバンカ伯爵が姿をあらわした。彼の両脇には険しい顔をの騎士がたちまるで犯罪者のように腕を掴まれている。


「お父様……」


 ルミティはぎゅっとヴェルズの手を握った。


「我が娘、マロンが幼い頃から黒魔術を使用してたことを知らなかったとはいえ、アルバンカ伯爵家の当主である私の責任だ。彼女を……マロンを今この場で勘当し、爵位を返上します。後のことは王宮に判断を委ねさせていただきます」

「お父様! マロンを守ってよ!」

「マロン、君はもう私の娘じゃない。黒魔術を使って姉を長年呪い、さらに姉を不幸に陥れるために王子にまで手を出すなんて……」

「証拠よ! どこに証拠があるっていうの? マロンは騙されただけ……そうよ」


 ヴェルズは大きなため息をついた。


「証拠なら君が最初に色仕掛けにかけて体を乗っ取った騎士。ジャローダ伯爵令息の体には黒魔術にかけられた痕跡があった。それが、このヘアピンだ」


 ヴェルズはハンカチに包んでいた金色のヘアピンを手に取って掲げた。


「これは君が彼に送ったものだね。ここから相手を操る黒魔術の痕跡が見つかった。君はこの呪物を彼に使って王子の体に仕込ませたんだ」

「そんなの知らないわ」

「知っているはずだよ。これはそこにいるアルバンカ伯爵が君に送ったヘアピンなのだから。黒魔術を何らかの媒体に仕込ませる時その媒体は君の力が宿りやすいものでなければならない。だから、体の一部を使ったり長年愛用してきたものを使うんだ。君はこの送られたヘアピンはどこにでも売っているものだとでも思ったのだろう? でも違う。これは特注品でこの世界に一つしかないものだからね。君が黒魔術を使って王子を操った確かな証拠だ」


 マロンが「ぐっ」と顔を歪めてヴェルズとルミティーを睨んだ。


「マロン、どうして黒魔術なんか……もしかして、不運の呪いを私にかけたのも貴女なの? 小山羊のビリーを殺したのも……」


 マロンはすくっと立ち上がると開き直ったように笑顔になった。


「お姉様は美しくもないくせにマロンに偉そうに、姉というだけでマロンよりも先に婚約のお申し込みが入ったのがいけないのよ。劣等生のお姉さまがマロンよりも先に幸せになるなんておかしいでしょう? 最初の不運で死ねばよかったに」


「貴様……」


 ヴェルズが唸ったがマロンはそれを鼻で笑うと


「あともう少しで王族になれたのに。お姉さまのせいでダメになっちゃったじゃない。でも、優しいお姉様は可愛い妹を見捨てられないわよね? だって、お姉様は誰よりもお優しくて慈悲深いんですもの。ねぇ、助けて? お姉さま、マロンを許すと言って?」


 ヴェルズはルミティの肩をぎゅっと抱き、マロンを睨んだ。ルミティは変わり果てた妹姿に戸惑いながら涙を流していた。

 そんなルミティにヴェルズ、そしてアンジェをはじめとした友人たちが励ますように彼女の体に触れた。

 

「マロン、貴女はもう私の知っているマロンじゃないわ。私の、妹じゃない」


 ルミティが言い終えると、マロンは何かを言い返そうとしたがオスカーの合図で騎士たちに拘束された。彼女を拘束しているのは黒い甲冑を着た特殊な騎士で黒魔術士を拘束することを専門にしている部隊であった。

 マロンは口を塞がれ、それから黒い麻袋を顔にかぶせらせあっという間に王族席から姿を消した。



「ルミティ、ルミティ」


 ヴェルズがルミティの涙を拭って何度も名前を呼んだ。ルミティは混乱した感情に追いつけず彼に抱きついた。ヴェルズはルミティの背中をさすりながら


「もう大丈夫、大丈夫」


 と何度も呟いた。そんな二人に会場からはパラパラと暖かい拍手が降り注ぐ。拍手がだんだんと大きくなると


「反逆者をよくぞ見つけた」

「ずっと呪いと戦ってきたなんて」

「辛い判断をよく乗り越えられましたな」

「ルミティ殿、皆貴女の味方ですぞ!」

「さすがはボルドーグ家。今季も王宮の守りは安泰ですわね」


 そんな言葉が二人にかけられた。しばらくの拍手ののち、静かなピアノの音が響くとルミティとヴェルズはやっと体を離して音を方に視線をやった。


「さぁ、皆様。王子の危機を救った素晴らしいお二人への拍手のあとはパーティーの続きを。我がルブリック家自慢の演奏隊の登場ですわ!」


 アンジェの声に合わせてダンスタイムが始まった。


「さて、奥様。僕と一曲踊ってくれますか?」


 ルミティは涙を拭って、それから目の前にいる夫の手を取った。体を寄せ合ってゆっくり足を動かすとヴェルズがぐっと腰を抱き寄せてリードする。


「君は何も悪くない。まだ混乱しているかもしれない、優しい君は自分を責めているかもしれない。けれどそれは間違っているよ。周りを見てごらん、君を責めているのは君だけだ。みんな君の味方だ。ルミティ、君は愛されていいんだ」


 下を向いていたルミティはゆっくりと彼のステップに合わせながら周囲に視線を動かした。目が合う人たちはルミティに優しく微笑んだり、「頑張ったわね」と労ってくれる人もいた。自分は幸せになって良いのだと、愛されても良いのだとルミティはゆっくり自分の心に落とし込んだ。会場にはダンスをしながら皆が話す声が響き笑い声も上がり出した。ダンスを中断してワインを楽しむものや、お目当てのご令嬢に声かけをするもの、たくさんの物語が始まった。


「ヴェルズ、ありがとう」

「その言葉を待っていたよ。ルミティ、愛してる」


 ルミティがやっと笑顔になって、ヴェルズは思わず彼女にキスをする。すぐに周りから歓声が上がって二人は完熟トマトのように赤面した。盛り上がる会場に演奏隊が曲調を変え、アップテンポな曲が響き渡る。


「さ、君が主役だよ。ついてきて」


 ルミティは「えぇ」と返事をしてヴェルズの手を握り直した。



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