26 ルミティ パーティーに行く
「よし、やはり僕の妻は天才だ」
「ヴェルズ、言い過ぎよ」
「みてごらん。何よりも美しいんだから」
姿見に映った自分を見てルミティは思わず笑みが溢れた。ラベンダー色のドレスはスカート部分に花びらを散りばめたような刺繍がされ、仕込んでいるダイヤモンドが輝いている。ルミティの首と耳には先日ヴェルズから送られたジュエリーが細やかに輝き、スカートを持ち上げれば足元のアンクレットがチラリと顔を覗かせる。
ふわりと編み込まれた薄灰色の髪にもキラキラと輝く魔法のラメ、花びらを散りばめたようなデザインのヘアアクセサリー。
「森の中からやってきた美しい妖精。いや女神様か。今夜の主役は君以外にいないな。ダンスフロアの一番目立つ場所で踊ろう。君を公爵たちに自慢しなければ」
ルミティの髪を崩さないようにそっと撫でて、それからヴェルズが彼女の頬にキスをする。ルミティがポッと赤くなってさらに美しさが増した。
「そうだ。今日のパーティは公爵様たちが集まるって話だったかしら」
「あぁ。半月に一度。公爵たちが集まっていてね。特に意味はないんだが……今回は主催者のルブリック公爵。アンジェ夫人が王族出身なこともあって今回のパーティーでは彼女の親類である第6王子リディック様がいらっしゃるとか。まぁ、今回のパーティーの主役は君にかわり無いよ。僕の愛しの奥様」
「リディック様が? リディック様といえば確か隣国の王女様のとご婚約をダメにしたって最近目にしたけれど……」
「ああ、リディック様は幼い頃から隣国の王女様と仲睦まじかったのだが……、その件で僕も占星術師として調査をしていてね。どうして公爵たちの集まりに彼がくるのかはわからないがルブリック公爵とリディック王子は親交があったはず。その関係かな。まぁ気にすることはないさ」
ヴェルズがまたキスをしようとしたが、ルミティはそっとそれを手で止めて「これ以上はダメよ」と言った。諦めないヴェルズは彼女の手を取ると手の甲にキスをする。
「旦那様、少し良いですか」
ブルーノが二人の雰囲気がよくなりすぎる前に声をかけるとヴェルズが少し不満げに彼について部屋を出た。ルミティのいる部屋には言葉の端々が少しだけ聞こえた。
「……見つかったそうです。……様の……で、……穏便……」
「あぁ、……としても……。……必要はないだろう」
「かしこま……。……にて連絡……」
しばらくするとヴェルズが戻ってきて、ルミティの隣に腰を下ろした。
「何をお話ししていたの?」
「あぁ、こちらの話だよ。問題ない」
「あら、そう」
「仕事の話さ。僕は占星術師だからね。実は忙しいんだぞ、エリアスとして君の隣にいられた時間がちょっと恋しくなるくらいにね」
***
「ようこそ、あぁルミティ。久しぶりね。とっても綺麗よ。ごきげんよう、ボルドーグ公爵様」
アンジェは美しい真紅のドレスを見に纏っている。彼女はルミティにそっとチークキスをするとにっこりと笑顔になった。アンジェの隣には顔に大きな傷跡のある図体の大きな男が立っていて、ぶっきらぼうにルミティに挨拶をする。
「ボルドーグ公爵夫人。我が妻が先日世話になったと聞きました。オスカー・ルブリックだ。今後とも妻をよろしく頼みます。あぁ、ヴェルズ。昨日ぶりだな」
「ごきげんよう、オスカーさん。昨日ぶりですね。ほんとに」
ヴェルズがそういうとオスカーは短くため息をついてルミティの手を取った。
「ルミティさんと言ったかな。ヴェルズは僕の3つ後輩でね。何か困ったことがあればアンジェを通してでもいいから自分に相談してくれて構わないよ」
「ルブリック公爵様。ありがとうございます。奥様にはすごく良くしていただいて……お二人のような素敵な夫婦になれるように努力いたしますわ」
「ヴェルズには勿体無いお人だな」
「ジュンとカタリーナはもう到着しているわ。今日はうちの主催だから気兼ねなく楽しんでいってね。挨拶回りが終わったらワインを持ってあそこの絵画の前に集合ね」
アンジェは悪戯っぽく笑うとルミティの頬をツンと人差し指で突いた。
「緊張しないの。貴女が一番綺麗よ。以前お会いした時よりも綺麗になった? もしかして、ボルドーグ公爵様から愛をたっぷり受け取っているかしら」
「あ、アンジェったら」
「よし。ちょっと緊張がほぐれたかしら? ほら笑顔笑顔」
アンジェに緊張をほぐしてもらいルミティは肩の力が抜けたような気になった。そんな中、ヴェルズとオスカーは真剣な顔で話を続けている。
「リディック様は?」
「あぁ、この会に参加したいと言い出してね。昨夜呼び出されて突然だ。隣国とのトラブルになりかけているというのに、何をお考えなのか。お前の方はどうだ」
「あぁ、今朝方結論が出たところだ。王子は?」
「今は控え室に。パーティーが始まったらあの王族席で楽しんでいただく予定だよ」
オスカーは広場の2階部分を指差した。広場を一望できるバルコニーのようなスペースがあり、豪華なテーブルセットが用意され騎士たちが立っていた。
「それじゃあ、挨拶回りに行こうか。アンジェ。お二人もまた後で」
ルブリック夫妻とわかれたあと、ルミティとヴェルズは公爵たちに挨拶回りをした。ルミティはヴェルズにエスコートされながらまるでプリンセスのような扱いを受け、恥ずかしさと嬉しさで頬の筋肉が緊張してしまうほどだ。
「まぁ、とても可愛らしい奥様だ」
「ヴェルズには勿体無いお人」
「お噂通り、素敵な奥様」
「僕の自慢の妻だ。おいおい、あまり見すぎないでくれよ」
「ヴェルズ、誰も取ったりしないよ。けれど、君のいうようにルミティさんはとても美しいね。外見だけでなく内面もだ。貴族の女性の中でもここまで純粋でお優しそうな方は珍しい」
「とんでもございません。でもそう言っていただけて光栄ですわ」
「自分も貴女のような素敵な女性と結婚できるように精進しなければ。ではヴェルズ。またあとで」
最後の公爵との挨拶を終え、二人は見つめあった。ダンスの時間まで猶予があり、ルミティはアンジェに言われたことを思い出した。
「ヴェルズ、アンジェたちと話してきても? あの絵画の下」
絵画の下ではアンジェ、ジュン、カタリーナが楽しそうに談笑していた。
「わかった。いっておいで。僕も旧友たちと話してくるよ。ダンスの時間になったら迎えにいくから。僕以外の誘いに乗らないでくれよ?」
「わかっているわ」
「あぁ、ダメだ。やっぱり、奥様方のところまで送っていくよ」
過保護なヴェルズに送ってもらい、ルミティは友人たちと合流した。みなワインを片手に遅れてやってきたルミティを歓迎し、話の輪に招き入れる。
「ルミティの旦那様ったらずっとルミティの自慢しているのよ。ほんと羨ましいわ」
ジュンがルミティの左手を取ると羨ましそうに指輪を眺める。カタリーナはルミティの指輪を見て「綺麗ねぇ」と微笑んだ。
「これって月光魔法石?」
「えぇ、アンジェもご存知?」
「ご存知も何も月光魔法石は王族の間でも大流行した宝石なのよ。なんでも幸運の象徴だと言われていてね。その希少性と美しさ、初めて月光魔法石を送られたお妃様が100歳を超える長生きをされたとか。ボルドーグ公爵様、ルミティのことをとても愛していらっしゃるのね。きっとこの月光魔法石が貴女を守ってくれるはずよ」
ルミティはあたらめて自分の指輪を眺め、美しい宝石に目を奪われた。「幸運」を象徴する宝石が贈られたこと、これは不運な霊場として長年過ごしてきたルミティにとってみれば大きな意味につながるのだ。
「いいわねぇ。新婚熱々。ねぇ今度私の屋敷でみんなで集まらない? 東の国の美味しいお料理を振る舞うわ」
ジュンの提案にルミティを含め他の二人も快諾し、4人は次の集まりの計画を楽しんだ。ルミティは新しい友人たちとこれからの生活を楽しみにしながらやっとパーティーでの緊張がほぐれ、会場の照明が少しかわりダンスタイムが近いことを知らせる。すると至る所で男性公爵が公爵令嬢をダンスに誘ったり、ことわられたりが始まり、ルミティたちも夫の到着を待った。
しかし、待てど暮らせど4人の夫は現れない。それどころか会場の照明が再び明るくなった。異変に皆がざわつき出す頃、王族席から大きな声がした。
「リディック王子からのお言葉にございます」
王族席、2階に注目が集まった。リディック王子の両脇には王家専属の騎士が二人、跪いている。王子はすくっとたちがると金色の髪を揺らし、それから口を開いた。
「今宵、我が新しい婚約者を皆に紹介する。さぁ、おいでマロン皆様にご挨拶を」
ルミティはゾッと背筋が凍るような感覚に襲われた。リディック王子に肩を抱かれ、こちらをにんまりと見つめるマロンの姿があったからだ。マロンはルミティを見つめ、それから王子を方に視線を向けると
「王子、今宵この場所にマロンをずっと虐げていた姉が参加しております。この傷も、ボルドーグ公爵家で彼女につけられた傷。けれど、王子、皆様。彼女を慈悲深い心でお許しください。ねぇ、ルミティお姉さま」
マロンが掌の大袈裟な包帯を掲げ、ルミティを指差した。会場にいる貴族たちが一斉にルミティの方を見る。否定しようにも、マロンが王族の婚約者であれば反逆罪、ルミティは何もいえず小さく首を振るしかできなかった。
(ヴェルズ、どこにいるの)
マロンは声高に叫ぶ。
「ルミティお姉さま。王族の婚約者である私を傷つけたこと、今ここで謝ってくださればリディック様もお許しくださるわ」
驚きと恐怖で動けないルミティにマロンは追い討ちをかける。
「お姉さまは私が羨ましいのね。けれど、貴女が罪を認めないのなら……悲しいけれど私はここで姉を断罪します」
「マロン、貴女何を言って……」
会場がシンと静まった。マロンは、でっちあげの嫌がらせをいくつか声高に叫んだ後、ルミティを捉えるように騎士に命令をした。
そして彼女は姉にいじめられ、姉を断罪する悲劇のヒロインを演じるように眉を下げ、涙をポロポロとこぼしながら王子に甘えるように抱きついた。一方でリディック王子は不自然なほど無表情でただ彼女の肩を抱いているだけであった。




