25 ルミティ 彼の気持ちを知る
甘い夜を過ごした後、そのまま一緒に眠ったがルミティはすぐに目を覚ましてしまった。同じベッド、すぐ隣では天使のような寝顔でヴェルズが横になっている。ルミティは彼の方が今夜のことについては緊張していたんだろうと思いを馳せ、そっと銀色の髪を撫でた。
自身の左手が少し重いのは彼から送られた新しい指輪のせいだ。見つめると美しい宝石がルミティを見つめ返し、思わずうっとりとしてしまう。
(あぁ、やっと夫婦になれたんだわ)
彼を起こさないようにベッドから抜け出してガウンを羽織ると窓際へと向かった。深夜、月の光が差し込み、中庭の花々は眠っている。本当はバルコニーに出て夜の風を浴びたかったが、ベッドの上で眠る彼が上半身裸なのでやめておこうと窓際の椅子に腰掛けた。
ボルドーグ家の屋敷からは都市部の明かりがちらちらと見える。こんな深夜でも都市部では眠っていない人がいるのだとルミティはあらためて新鮮に思う。彼らは今、灯りをつけて何をしているのだろうか、そんなことを考えているとベッドの方で軋む音がした。
「ルミティ……?」
ベッドでは眠そうに目を擦りながら隣にいたはずの妻を探す男の姿があった。
「ごめんなさい、起こしてしまったわね」
「いや、いい。どうした? 眠れないか?」
「そうかも。でも気にしないで。あなたは眠ってね」
「いや、少し話そうか」
ヴェルズは床に散らかっていた寝巻きを広いあげてさっと身にまとうと部屋の外にいた夜勤のメイドに暖かい紅茶を持ってくるように声をかけた。寝癖がぴょんと跳ねている彼はなんだかいつもより可愛い印象だとルミティは思った。
「眠れた? それともずっと起きていたのか?」
「いいえ、さっきまでぐっすり」
「そうか。それはよかった。で、僕の可愛い奥さんは夜を眺めて何を考えていたんだい?」
紅茶が運ばれてきて、ルミティとヴェルズはそれを一口飲むと一緒に窓から夜の景色を眺める。椅子に座って向かい合って、時間はゆっくりと進む。
ルミティの左手の指輪にあしらわれた月光魔法石が月の光を反射して美しく輝き、ヴェルズはその彼女の手をそっと撫でた。
「私、すごく幸せよ。乙女としてずっとずっと憧れていた幸せな結婚がやっとできたんだもの。けれどね、一つだけまだ貴方に聞いてないことがあったの」
「聞いていないこと?」
「えぇ。ヴェルズは私のために……私にかけられた呪いを解くために愛のない契約結婚を演じながらエリアスとして私を守ってくれていたでしょう?」
「あまり、良い作戦じゃなかったし君を傷つける結果になってしまったよな。ごめん」
「違うの。ルナとね、まるで御伽話の王子様みたいだって話していたのよ」
それをきいてヴェルズはぽっと赤くなった。
「ねぇ、ヴェルズ。どうしてヴェルズは私に結婚を申し込んでくださったの?」
お顔合わせなし、即時結婚可。ボルドーグ公爵家よりも爵位の低いアルバンカ伯爵家にとっては好条件とも言える結婚の申し出だ。
普通、爵位の高い方が相手を選ぶ立場にあってひどい殿方だと婚約前に手を出して相性が合わないからと婚約破棄をすることもある。
「それは……」
「ごめんなさい。話したくなかったら大丈夫。少しだけ気になったの。だって私たちは年齢も違うし学園でもお話ししたことはなかったでしょう?」
「笑わないで聞いてくれるか?」
「えぇ」
「僕が高等部で君がまだ中等部だった日。ロビンが君に忘れ物を届けに行ったのを覚えているかい? 確か、ハンカチかなにか。君は教室の中にいて、ロビンの声かけに『ちょっと待って』と言ったんだ」
「そうだったかしら」
「そう。君は教室の床に散らばったペンを拾い集めていた。学友のものなのか本棚の下に必死に手を伸ばしてね。僕はその当時ロビンと同じ代表委員をしていたから一緒にいたんだが……」
「思い出した。お友達のペンが本棚の下に入って取れなくなって、その子ご両親からもらった大事なペンで泣いてしまったの。それで私が取ろうとしていたんだっけ。それをお兄様に見られて『貴族が地べたに這いつくばるなんて』って怒られちゃったわ」
ルミティにとってその記憶は今では笑い話のようで彼女はくすくすと笑った。
「君は煤まみれの腕をロビンから渡されたハンカチで拭いてにっこり笑ってさ。それを僕は廊下で見てたんだ。なんて優しい子だろうって。貴族の女性は他人のためには動かないと思っていた僕には衝撃で、君がすごく美しいって思った。与えられることに慣れてしまった人たちよりも君は輝いてみえた。けれど、君には暗い呪いの影があったんだ」
「それって、ヴェルズ」
ルミティが口を開く前に顔を真っ赤にしたヴェルズ。
「つまりは、僕は君に一目惚れをしたってことだ。あぁ、恥ずかしいな」
「一目惚れ……? 私なんかに?」
「君は、あの家では劣等生として妹を中心に『美しくない』と思わされていたんだろう? だから今だって遠慮がちで、君は気がついていないけれど、僕にとって君はこの都市のどの女性よりも美しいし、それが変わることはない。そう思っている人間がすぐそばにいることを忘れないでほしい。もう、自分なんかが……なんて思わないでくれ。僕のために」
「ありがとう、ヴェルズ」
ルミティは彼がこれまでにしてくれたことを一つずつ思い出した。王宮での仕事をほとんど放置してまでエリアスとしてそばにいてくれたこと。大事な馬に乗せてくれたこと。ルミティが望むことはなんでも叶えてくれた。それから、不運の呪いを解いてくれたこと。そして夫としてルミティを幸せにしてくれたこと。ルミティの中から自分に対する長年の劣等感は消えきってはいない。けれど、彼の行動がそれを真っ向から否定する。ルミティは彼が時間と労力をかけてでも幸せにする価値のある女性だと行動で示してくれているのだ。
「失礼します」
ノックのあと、ブルーノが紅茶のおかわりを運んでくると
「ブルーノ。あなたにもお礼を言わないと。ありがとう」
「奥様、お礼など要りませんよ。奥様がここへやってきてから随分とこの家も変わりました。使用人たちはみな貴女に感謝をしているのです。横暴ではなく、身分など関係なく他人のことを思いやる貴女を皆愛しています」
「ブルーノは実はエリアスが僕だってことを知っていて隠していてくれたんだ。とはいえ、彼も嘘をついたことになる。許してやってくれ」
「そうだったの。ブルーノはじゃあそれを知っていて……ふふふ、そうだったの。いいえ、怒ってなんかいないわ。ありがとう」
「おわびに、旦那様のことをお教えしますよ。私は旦那様の元教育係ですから」
「ちょ、ブルーノ」
「あら、楽しみだわ。じゃあ、旦那様はどんな子供時代を?」
ブルーノはコホンと咳はらいをしてから話し始める。
「旦那様はとにかく優秀なお子様でした。ご両親の愛情をたっぷりと受けて。占星術師としての能力も受け継ぎそれはそれは辛い修行の日々だったかと存じます。そんな優秀だった旦那様は奥様に一目惚れ。それからというもの数々の御令嬢からの婚約の申込みやお顔合わせを無碍にする日々」
「んなっ、ブルーノ。もういいだろう」
(それでロビンお兄様がヴェルズ様はあまり印象がよくないと言っていたのだわ)
「奥様、私は旦那様と奥様に仕える執事でございます。旦那様に困ったことがあればなんでもご相談ください」
「うふふ、お願いしようかしら」
「なんだ、ルミティちょっと嬉しそうにして」
ヴェルズが少し不満げに口を閉じるとじっとルミティを見つめてもう一度手を重ねる。ルミティはそれに答えるようにもう片方の手で彼の手を撫でた。
「嬉しいの。こんな素敵な貴方が一目惚れだって言ってくれたこと。ずっと自信がなかったから……。もっと自分を好きになってもいいんだって。過去の自分も褒めてあげてもいいんだってそう思えたことが嬉しいのよ」
ルミティがあまりにも綺麗に微笑むのでヴェルズはまた彼女に見惚れた。月光の下、もう一度妻に惚れた男は一生をかけて彼女を守るのだと心に誓った。
「ルミティ、僕がこの命の限り君を守るから。どうか傍にいて」
「私も同じ気持ちよ。ありがとう、ヴェルズ」
いつの間にか部屋からブルーノの姿はなくなっていて、二人は会話を続けた。幼い頃の話や二人が出会うまでの話。お互いが知らないことを共有して笑い合って。夜が明けて朝日が顔を出すころ二人はやっと眠りについたのだった。




