21 ルミティ 朝食を食べる
朝食、お腹に優しい野菜のスープとふわふわのパン。ルミティの好きなメニューである。けれど、いつもとはひとつだけ違う部分があった。
「あの、旦那様?」
「ヴェルズと呼んでくれていい、僕らは夫婦なんだし」
「あのヴェルズ?」
「なんだい? 他に食べたいものが?」
ルミティの隣に座っているのはヴェルズ・ボルドーグ公爵である。銀色の上に銀色の目、まるで絵本から出てきたような美しい容姿の彼が向けるのはハチミツのように甘い視線。数十人が座ることのできる食堂の長机、普通は向かい合わせで座るのが良いとされているが、彼はルミティの隣にぴったりとくっついている。
「あまり見られていると緊張して……」
「あぁ、すまない。朝の妻が美しくてね。ところで、今日は何を? カローニャと散歩する? それとも庭の作業を?」
ここでブルーノがコホンと咳払いをする。
「旦那様、本日は溜まっていた公務を進めると王宮でお約束なさっていたのでは?」
「あぁ〜、そうだった。そうだった」
ヴェルズはパンを齧ると面倒臭そうに返事をして深いため息をついた。エリアスとしてずっとルミティを守っていた分、ヴェルズ公爵としての仕事を溜めてしまっていたのである。
「ヴェルズ、お家のことは私に任せてくださいませ。もう呪いの危険がないのですし……」
「何も君に家のことをしてほしいわけじゃなくて、せっかくの新婚なのに僕ばかり働き詰めて君をさらに一人ぼっちにはしたくなくてね。あぁ、もうすぐに仕事をかたづけて帰ってくるよ」
「まぁ」
「そうだ、ルミティ。今度、公爵たちが集まるパーティーがあってね。君を公爵たちに自慢して回ろうと思っているのだが……」
なんでも公爵たちが集まるパーティーは定期的に開催され、その多くが妻を連れて参加している。ルミティはその話を聞いた時、以前婦人会で仲良く話をしたアンジェたちの顔が思い浮かんだ。
「是非、婦人会でお話ししたみなさんにもお会いしたいし」
「よし、じゃあドレスを新調しないと」
「あの桜色のドレスを着て行こうと思っていたけどダメ?」
「ダメじゃないが、一度人前で来たドレスを妻に着せるなんて僕のプライドが許さないね。君にふさわしいものをもう一度見立てさせてくれないかい? あぁ、そうだ。アクセサリーも新調しなきゃな」
「なんだか、愉快な人だったのね。旦那様は」
「えっ? そうか? その旦那様っていう呼び方はいつやめてくれるのかな」
「ごめんなさい。なんというか、ヴェルズはすごくお堅い人なイメージを勝手にしてしまっていたの。でもよく考えてみれば、あのエリアスも貴方なのだからそれは間違いだったのね」
「妻をやっと皆に自慢できるんだ。盛り上がっても仕方がないだろう? それに、ルミティは遠慮をしすぎた。外商を呼んだって自分のためのものは全然買わないし、服だって最低限。もっと贅沢していいのに」
「でも……」
「ほら、そうやって遠慮するから僕が買うんだ。今日の夕方はここに仕立て屋と外商を呼んでくれブルーノ」
ブルーノは「はい、旦那様」と返事をする。それからヴェルズはまた食事を続けるルミティをじっと見つめた。
「ヴェルズ、そんなにみられては恥ずかしいわ」
「なぁに、初めて妻と食べる朝食なんだ。少しは許してくれよ。昨日は君の妹の対応に追われてせっかくの初夜を過ごせなかったんだし」
初夜と聞いてルミティは頬を赤くした。今までは「愛のない契約結婚」だと思っていたので自分とは無縁だと思っていたことが、今夜から自分にも関わりのあることになったのだ。普通、結婚をして嫁入りをした令嬢はその家での生活に馴染むと同時にそう言った行為にも慣れていくものだが、ルミティはすでにここでの生活に馴染んでしまっているからか、夫婦での行為にかなりの緊張を感じていた。
一方でヴェルズの方は、やっとの思いで妻の呪いを解き真の意味での夫婦になれたことで完全に舞い上がっていた。奥ゆかしいルミティにもっと贅沢をさせたいと思っていたし、自慢の妻を見せびらかしたいとも思っている。
「やっぱり、今日は王宮に行くのをやめようかな」
「ヴェルズ、それは……」
「ルミティと一緒にいたいんだよ。いいだろ? 一日くらい」
「これからずっと一緒なのです。またブルーノに怒られますよ」
「ルミティがそう言うなら、一応……行くか」
「えぇ、帰りを楽しみに待っていますね」
「旦那様、馬車がもう到着しておりますよ」
二人で過ごす時間はいつもより早く過ぎ去っていく。慌ててスープを飲み干して、ヴェルズは立ち上がり、ルミティも見送りのために彼についていく。
「さて、いとしの奥様」
「はい」
ヴェルズは服の裾をはらってタイを直すと美しい微笑みを浮かべてルミティに一歩近づいた。
「僕はこれから公務に向かいます」
「えぇ、存じておりますわ」
「ですから、公務を頑張るためにもいただかないと」
「いただく?」
ルミティの質問にヴェルズは少しだけ頬を染める。その奥ではブルーノが体を回し二人からわざと視線をそらしていた。
「ええ、お見送りのキスを」
ルミティはかぁっと赤くなりぎゅっと目を閉じた。そのまま彼女が動く気配がなかったのでヴェルズの方からキスが落とされた。
「では、いってまいります。奥様」
「い、いってらっしゃい」
馬車の蹄の音が遠くなるまでルミティはそこから動けなかった。




