19 不運令嬢 妹に会う
「奥様……お客様でございます。ダメだと言ったのですが」
ブルーノが申し訳なさそうにいった後ろにはピンク色のドレスを着た可愛らしい令嬢が立っていた。
「お姉さま。おひさしゅうございますわ」
「マロン、どうしたの? とても急じゃない」
昼食を済ませたあと、食堂から自室へと戻ろうとしたルミティは玄関ロビーで押し問答をするブルーノとマロンを見つけたのだ。
「あのね、都市部にお見合いにきたついでにこちらへ寄ったのだけれど……お姉さま。マロン、すごく寂しかったわ」
そう言って彼女はルミティにぎゅうと抱きついた。それからチークキスをしてそっと離れる。ルミティはブルーノに
「ブルーノ、妹は長旅で疲れているみたい。応接室でお茶をお願いできる? えっと、マロンが好きなのはアップルティーだったわね」
「えぇ、お姉さま。さっ、行きましょう。積もる話があるの」
ルミティはマロンを連れて応接室へと向かった。応接室はボルドーグ公爵家の権威を表すかの様にさまざまな高級アンティークが置かれている。特に一番目立つ位置に置かれている壺だ。大きさはルミティの腰の高さほどあり、繊細な金をあしらい、曲線が見事な白い逸品は、国王の式典で貸し出しを頼まれるほどの代物である。
「お姉さま、ここでの暮らしはどう?」
「とても幸せよ」
「あら、今日はロビンお兄様のおっしゃっていた騎士様の姿はないのね。とっても麗しい方だと聞いたからお会いしたかったわ」
「今日はお休みなのよ」
「そう、マロンはすごく心配していたのよ。お姉さまの不運」
「それがね、ここに来てからは全く」
「そうなの。マロンは安心だわ」
運ばれてきた紅茶。ルミティは何事もなく口に運ぶ。それをみてマロンはピクリと眉を動かした。
「お姉さま! そこにある陶器のお人形が見てみたいわ。こちらに持ってきて」
「これ? すごく高いものよ。勝手に動かしてはいけないわ」
「でもマロンの身長じゃ見えないもの。みたいわ! みたい!」
「あぁ、あぁ、わかったわ。ちょっと待っていて」
ルミティはブルーノに頼んで陶器の美しい人形を棚から下ろしてもらうと、用意された手袋をはめてそっと人形に触れた。
「マロン、流石にあげることはできないから見るだけで我慢してね」
「はぁい」
マロンの声が少し低くなった様な気がしたが、ルミティは気にせず応接室の紹介を続ける。
「そうそう、このツボは一番高いんですって。なんでも今の国王陛下の結婚式でもアンティークとして貸し出したんだとか」
「へぇ、そうなの。ねぇ、ブルーノさん。お姉さまと二人でお話ししたいのだけど。人払いをしてくれる?」
「お言葉ですがマロン様、お客様と奥様をお二人にすることは」
「お姉さま、お願い」
ルミティは仕方ないわねと言った顔でため息をついてからブルーノに「大丈夫よ」といった。ブルーノは「かしこまりました」と返事をして部屋を出ていく。しばらくしてからマロンが立ち上がった。
「お姉さま、幸せ?」
「えぇ、そうね。マロンは今日のお見合いどうだったの?」
「そうね、伯爵様だったんだけど……お父様の一押しでね。その人で決まりそうなの。でも変でしょう? 領地で一番優秀で愛されていた私が伯爵家に嫁ぐなんて」
「え?」
「だってほら、お姉さまは公爵婦人。私は伯爵夫人のままじゃあ身分に差が出てしまうじゃない? それに、あらお姉さま。その高いツボに虫が。取らないと」
「本当?」
ルミティはツボを覗き込んでみたが虫などおらず、そっとツボから離れて座り直す。それをみてマロンは舌を鳴らした。
そして彼女はすっとツボに近づき
「お姉さま、ほらここ」
「え? どこ?」
——ガシャン!
マロンはルミティの手を掴んで思い切りツボを押した。ツボはそのまま大理石の床に倒れ込んでバラバラに割れてしまった。
「お姉さま! 何をなさってるの! 誰か! お姉さまが割ってしまったわ!」
大声で叫ぶマロン、ルミティは驚きのあまり動けずにいた。すぐに事態を聞きつけたメイドたちがやってくると、彼女たちは
「奥様、お客様! お怪我はございませんか」
「どうしましょう。旦那様がもうすぐ到着されるのに」
「ここは私たちが壊したことにしましょう。奥様をお守りしなきゃ」
と次々に口にしたが、ルミティは
「旦那様が帰ってくる……?」
と血の気が引いた様子で口にした。それをみてマロンはほくそ笑むと、落ちていたツボのカケラでわざと手のひらを傷つけた。
「怪我をしてしまったみたい。痛いわ! お姉さまったらひどい!」
血を見て慌てるメイドたち、ルミティは「初めて会う主人に嫌われるかもしれない」という恐怖で腰から砕ける様に座り込んだ。ひととき、沈黙が訪れる。ドアをノックする音。ルミティは消え入りそうな声で返事をした。
「奥様、お怪我はございませんか!」
慌てたブルーノの奥に立っている男は、公爵家にしか許されない礼服を身につけていた。
(あぁ、旦那様だわ)
ルミティが足元からゆっくりと見上げる。ヴェルズはどんな表情をしているだろうか、ルミティは怖かった。自分の不運がこんな時に限って起こってしまい、彼を失望させたのではないか。
「エリ……アス……?」
そこに立っていたのはあの金髪の騎士エリアスであった。しかし、いつもとは違って真面目な顔つき、別人に見える様な礼服の着こなし。彼は心配そうにルミティを見つめると
「僕がヴェルズ。騙していてすまない」
彼が指を鳴らすと金色だった髪はみるみるうちに銀色へと戻っていったのだ。ヴェルズは跪いてルミティの手の甲にキスをして、頬に流れていた涙をそっと拭き微笑む。そのまま額にもキスをしてヴェルズは立ち上がった。




