18 不運令嬢 手紙を受け取る
「ふぅ、水やりは終了ね。バラの剪定も終わったし……よし、戻って午後のティータイムにしましょうか」
ルミティは、毎日花の世話をしている。裏庭から表の植木まですべてだ。そのため、朝の食事を終えてからすぐに作業着に着替えて水やりや虫取り、間引き作業なんかも行っている。それに付き合わされるのはエリアスやブルーノで彼らも徐々に土いじり作業に慣れてしまったのだった。
ルミティの庭づくりは大変評判で、庭師のアトリムも彼女のつくった中庭を見て驚くほどである。
ひとしきりの作業が終わるのは昼食後数時間くらいした頃で、ルミティは腰をポンポンと拳で叩きながら自分を労った。
(こんなにお仕事をしたのは実家で過ごしていた時以来だわ)
ルミティは実家で末妹のマロンに代わって色々な作業をしていたことを思い出した。使用人も少なかったこともあり、マロンのわがままで風呂を洗ったこともある。それに比べれば大好きな花を手入れするのならルミティとっては苦でもなんでもない。
「奥様、旦那様からお手紙を預かっております」
ブルーノはルミティとエリアスが食堂のテーブルについたのを確認してから声をかけた。
「えっ……旦那様が私に?」
ルミティは恐る恐る手紙を受け取った。あの日、ルミティが初めてこの屋敷にきた時に受け取ったあの手紙と同じ封筒であった。彼女はゆっくりと手紙を取り出して便箋を開く。
***
親愛なる ルミティ
使用人たちのことについて気を遣ってくれてありがとう。こちらはある特殊任務についており忙しく、姿も見せないままそちらを任せてしまってすまない。ただ、王宮で会う人たち皆、君のことを褒めている。公爵婦人会ではよくやってくれたそうじゃないか。感謝している。もしも、この先何か困ったことがあればエリアスに伝えるといい。こちらで精一杯助力させていただく。また、契約結婚についてもしっかりと説明をさせてほしい。近日中に君と使用人たちの顔を見に行く余裕ができそうだ。
それから、無理をしすぎない様に。
***
「旦那様が……私にお礼のお手紙」
ルミティは嬉しくて便箋をぎゅっと抱きしめた。結婚当初は「契約結婚」だと言われて落ち込んでいたものの、公爵婦人としてしっかりと努めを果たしていたら良いことがあるものだと彼女は思った。
そして、契約結婚についても自分に話せる理由があるのだとわかれば少しだけ安心ができた。というのは、説明をしてくれるということはヴェルズがある程度ルミティに対して誠実だということだから。
「二人ともありがとう。お返事は?」
「いや、返事はいらないと伝えてくれってさ」
「エリアス、旦那様が従事している特別な任務って危険なものなの?」
「まぁ危険と言えば危険だな。とはいえ、安心してくれていい。彼なら必ずやり遂げるはずだし、きっともうそんなに時間はかからないはず……だ」
「そう、旦那様の身に危険がなければそれでいいわ。私はいつまでもこの屋敷で待っているし、それにこうしてここで過ごせるだけで幸せなんだもの」
「なんか、妬けちゃうな」
「え?」
「奥様、すごく嬉しそうだから」
「そ、そうかしら? でもね、旦那様のことが少しずつわかって嬉しいのは事実よ」
「ふーん……もし奥様に何か嘘をついていたら?」
エリアスの銀色の瞳が揺れた。ルミティはいつになく真剣な表情の彼にドキリとしたが、彼の質問に答える。
「もしも、旦那様が何か私に嘘をついていたりしてもきっと何か深い事情があるんだわ。きっと嘘をつくってことは誰かを傷つけない様にしているのだから、きっと許すでしょうね」
「奥様は優しすぎるよ」
「あら、エリアスが嘘をついても許すわ。こんなに毎日頑張ってくれているんだもの。もしも貴方に嘘があっても話を聞いてそれでおしまい」
「奥様はどうしてそんなに優しいんだい?」
「自分では優しいと思ったことはないわ。でも、強いて言うのであれば……中等部くらいから自分が不運に見舞われることが多くなってね。人によっては私の不運を見て怒る殿方もいたのよ」
「怒る?」
「えぇ、お顔合わせに遅れたりするとね。プライドを傷つけられたってお怒りになったりね。そういう経験がいくらかあるから、人に優しくなれるのかもしれないわね。人には人の事情があって、言えないことや伝えきれなかったこと……全てを知らない他人が攻めたりしていいものじゃないの」
大事なお顔合わせに遅刻して、お相手の母親に熱い紅茶をかけられたことや学園で無視されるようになったこと。ある相手には悪い噂を流されて社交界デビューが散々だったこと。ルミティは思い出すだけで胸が痛くなるくらいだった。
「辛いことを思い出させてすまない。けれど、そんなに不運が続くなんて」
「今はほとんどないわ。初等部の時はまったくなかったのだけれど、中等部……そうねビリーが死んだ頃からかしら」
「ビリー?」
「ええ、屋敷の庭で飼っていた子やぎよ。白くて可愛かったのだけれどね、ある日野生動物に襲われてしまったみたいで死んでしまったの。それが……かなり酷い死に方をしてしまって、狼の仕業だろうって」
「酷い……死に方?」
「えぇ、見つけたのはロビンお兄様。なんでもビリーがいた場所に残っていたのは『はらわたの抉られた胴体だけ』だったとか」
「あぁ、なんとひどい」
「私はビリーを生まれた時から知っていてすごく可愛がっていたからとても悲しかったわ。その夜はたまたま番犬が体調を崩して屋敷内にいたから、狼に気がつけなかったみたい。翌日のお顔合わせに泣き腫らした顔をまま行ってお相手に『こんなブサイクだと思わなかった』なんて言われたの」
「それはお辛かったでしょう……。奥様、辛いことを思い出させてしまって」
「気にしないで、もう大丈夫」
「奥様、明日は午前中どうしても外せない用事があって屋敷に来られないから外出は控えてくれると助かるよ」
「わかったわ。明日は休日で学園も休みだし使用人たちがいるし、一日休んでも構わないわよ。私はゆっくり本でも読んで過ごそうかなと思っているし」
「わかりました、明日はお休みをいただくよ」
それからたわいもない話をし、ルミティはいつも通りの一日を過ごした。時折、ブルーノとエリアスが目配せをしている様な気がしたが、美味しいお菓子に心を奪われてすぐに忘れてしまうのだった。




