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15 不運令嬢 花を育てる(2)

「アトリム、どういうことだ?」


 コツコツとテーブルを指で叩く音が食堂に響いた。エリアスは普段ルミティには見せない様なキリリとした表情でアトリムを見据えている。


「申し訳……ございませんでした」

「謝罪を聞きたいんじゃない。なぜかと聞いているんだ」

「申し訳ありません」

「だから——」


「待って」


 口を挟んだのはルミティだった。エリアスはまだアトリムを問い詰めようとしていたが、口を閉じる。


「アトリム、何か裏切られた過去があるんでしょう? もしよかったら聞かせて頂戴。私は、ここに来てまた短いし、貴方のことを知ったのだって恥ずかしながら先ほどだもの。けれどね、私はこの家の婦人として大切な使用人たちのことを知るべきだと思うの」

「ですが、奥様。奥様に手をあげようとしたのですよ」


 エリアスが低い声で言う。しかし、ルミティは微笑みを携えたままだ。


「彼はまだ十七歳。私は怪我をしなかったし、私はこの家の婦人として話を聞くべきだと思ったのよ。アトリム、話してくれるわね」


 アトリムは少し黙ったあと、ルミティと目があってそれから頷いた。


「俺がここに来たのは十年前。七歳の時。父・ユーリの見習いとして当時の公爵夫妻とヴェルズ様に挨拶をして……働き出したのはその頃からです」

「ではもう十年近くこの家に仕えているのね」

「毎日、父のうしろをついて必死に庭師仕事を学びました。ヴェルズ様も俺に良くしてくださって……けど、五年前……ヴェルズ様が高等部高学年になって寄宿学校へと一時的に移り住むことになったんです。特に公爵婦人のテリー様にはとても優しくしていただきました。」

「寄宿学校では騎士としての全てを学ぶために寮に入って一年ほど過ごす、それがどうした?」

 

 エリアスの言葉にアトリムはぐっと喉を鳴らす。それからゆっくりと口を開いた。


「その頃、先代の公爵様……つまりヴェルズ様のお父様が亡くなられました。それから、屋敷に一人取り残された先代の公爵婦人、テリー様は……人が変わった様に厳しくなったのです」

「厳しくなった?」

「最初は、ミスをした使用人を解雇するだけだったんです。けれど、幼い頃から長い時間をこの家で尽くす使用人にとって解雇は死を意味します。学もなく、行く当ても住む場所もないまま追い出されるのです。だから、使用人たちは当時のテリー様の靴の裏を舐めてでも懇願したのです。それを機に……彼女は使用人たちを支配することが目的になっていたと思います」


 アトリムは小さく息を吐いてから続ける。


「あるメイドはテリー様が食事中に足音を立てたせいで、庭に宙吊りにされ鞭に打たれました。それでもメイドは解雇を選びませんでした、テリー様の罰が終わるまで我慢をし続けたのです。そんなふうに、解雇かひどい罰かを提示し使用人たちがひどい罰を選ぶことに快感を覚えた彼女は……使用人にわざと罪を着せるようになったんです」

「そんな……」

「父さん……ユーリは庭で作業中、テリー様に声をかけられました。俺も一緒にいました。彼女は土に手を突っ込んでそれから叫びました。『庭師に押されて手に土がついた。貴族の手に汚らわしい土など……』とまるで父が何かしたかの様に叫んだのです。それからは、解雇かひどい拷問かを迫り、父は拷問を選びました。程なくして、拷問による怪我の影響で父は死に、俺がこの庭園を引き継ぎました。ミスをしない様に完璧に、綺麗に……。その一年後にテリー様は亡くなり……」

「ひどい……」


 ルミティが小さな悲鳴をあげると、エリアスが質問する。


「その事実をヴェルズには知らせなかったのか?」

「いえ、テリー様がお亡くなりになった時使用人たちはこのことを忘れて闇に葬り去ると誓ったのです。俺が今、話してしまったんですけど……」

「大丈夫、私は旦那様にはお話しないわ。エリアスもそうして頂戴。アトリムはその経験があって貴族に……とくに公爵婦人に対していつかは『裏切るもの』と思ってしまったのね。お父様が亡くなる原因となった場面に似ていたから、思わず声が出てしまった」

「その通りです、奥様」


 アトリムはポロポロと涙をこぼしながら俯いた。昼下がりの食堂はシンと鎮まり、ルミティとエリアスはしばらく彼に声をかけることができなかった。

 実際に、貴族が使用人にそういったひどいことをするのは割とある話なのである。人によっては「使用人と家畜は同じ」といった様な考えの人間もいる。


「私から、補足してこの件について説明させていただきます。アトリム君の処分は追って奥様と旦那様にお聞きして伝えよう。仕事に戻りなさい」


 ブルーノがアトリムを立たせて食堂から出る様に促した。彼はエリアスの方をちらりと見てからルミティに説明をした。先代のボルドーグ公爵夫人は夫を亡くし、精神的におかしくなってしまっていたこと、それに付け入る様に怪しい牧師が取り入ったこと。おそらく、使用人を解雇する様に仕向けたのはその牧師がこの家を乗っ取るために古くからの人間が邪魔だったからだと。そして、使用人は貴族には逆らえず戦うことは許されなかっこと。


「じゃあ、なんでそれをヴェルズに伝えなかったんだ?」

「エリアス様、騎士である貴方にそれを伝える必要は……」

「私も知りたいわ。必要なら、エリアスには席を外してもらうけれど……」

「いえ、これはどうか、旦那様にはご内密に。我々はテリー様が亡くなった時、この惨状を寄宿学校を卒業しすぐに公爵となった旦那様に伝えることはしませんでした。自らの母が洗脳され使用人たちにあの様なことをして苦しんで死んでいったなどと知る必要はなかったのです。ここで生き、ここ以外に人生などない我々は父も母も失った旦那様に幸せになって欲しかったのです」

「でも言うべきだ」

 

 エリアスが食い下がるとブルーノはしばらく目を閉じて眉間に皺を寄せ、それから


「彼女は、地下倉庫に隔離・保管してある危険物に誤って触れてお亡くなりになりました」

「それは知っているよ。あれは、我が屋敷にある魔法陣の中で隔離をしておかないといけない危険な代物だ。寿命を吸い取る古代魔術が施された拳ほどの大きなダイヤモンド」

「テリー様が亡くなったのは……彼女が地下倉庫のダイヤモンドに触れて寿命を吸い取られたのは……その牧師から『明日、寄宿学校から帰ってくる息子は悪魔だ、殺せ』と吹き込まれたからにございます。それが、息子を殺すために取り出そうとしたのか息子を殺すことはできず自ら……なのかはわかりません。私は後者だと信じております」

「そうか……辛いことを聞いたな。すまなかった」


 エリアスは俯くと、ぐっと拳を握り唇を噛んだ。


「ルミティ?」


 エリアスがそっとルミティの肩に手を伸ばした。小さく鼻を啜り涙を流している彼女は肩を震わせている。


「お義母様のことも。アトリムたちのことも……私何も知らなかった。使用人の皆は優しくて仕事上手でミスをしない。素晴らしい人たちなんだって思っていたわ。でも、きっとその中には恐怖もあったんだわ。今も恐怖やトラウマを抱えている子も多かったのだわ」

「奥様が悲しむことじゃ……」

「そうですよ。エリアス殿の言う通り、奥様には関係のない話です。我々は過去のことは忘れ、旦那様と奥様に尽くすために仕事をしているのです。決して、可哀そうだとは思わなくて良いのです。奥様は優しく太陽の様なお方。皆安心し、精を出しているのです。今まで通り変わらず……」


 ルミティは、自分が虐げられる側だったことで実家にいた時は貴族と使用人の差を感じることはほとんどなかった。けれど、この家に来て今この瞬間、貴族と使用人にどれだけの差があってそれが命に関わるものだと実感した。ルミティにとってはお友達でも使用人にとっては「自分の命をも自由にできる相手」なのだ。


「奥様……?」

「ブルーノ。アトリムの処分について少し待ってくれるかしら。私から旦那様にお願いしたいことがあるの。それを伝えるまで、どうか彼を今まで通り庭師としてここに置いて頂戴」

「えぇ、奥様のご命令であれば……」

「エリアス、今日は旦那様にお会いする?」

「あぁ、するよ」

 

 エリアスは、ルミティの背中をさするのをやめて静かに答えた。ブルーノは静かにお辞儀をしてからその場をあとにする。


「エリアス、自室に戻って旦那様へのお手紙を書くから付き合ってくれる? それから、できれば今夜……これを渡す時は旦那様のご気分が一番よくて。私のわがままを聞いてくれそうな時に渡して」


 ルミティは頬についた涙を拭い、小さく頷いた。



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