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14 不運令嬢 花を育てる(1)

「花を育てたいので花壇が欲しい、でございますか」


 ブルーノは不思議そうにルミティを見据える。花を眺めるのこそ好きな貴族はいても自ら花壇をいじろうとする貴族はみたことがなかったからだ。

 ルミティにとって「土いじり」は日常であった。実家であるアルバンカ伯爵家の中庭には大きな畑があり、さまざまな野菜たちが育てられていたし、屋敷を取り囲む花壇のお世話は代々アルバンカ家の令嬢・令息が育てる決まりになっていた。末妹のマロンなどは嫌がってルミティに押し付けたりしていたが、ルミティは小さな野菜や花を育てるのが大好きで率先して行っていた。


「えぇ、ダメかしら? 中庭かバルコニーに小さな植木鉢でもいいの。お花を植えたり、小さなお野菜を育てたり……成長を見守るのが好きなの」

「かしこまりました。後ほど、中庭にて庭師のアトリムを向かわせますのでそちらで花壇を空けて作業ができるようにしましょう」

「ありがとう、ブルーノ」


 朝食後の時間、ブルーノとルミティの立ち話に割って入ったのはメイドのルナだ。


「あっ、奥様。園芸用の作業着と長靴をお選びいただきたいのでこちらへ。本日は奥様専用のものはまだありませんので、メイド用の新品になりますが……」

「あら、その新品のものをいただけるかしら。私専用のなど作らなくてもいいわ」

「ダメです。奥様かメイドかわからなくなったら困りますもの。ささ、こちらですよ」


 ルナに連れられて、中庭に面する園芸用倉庫に着いたルミティはずらっと並んだ園芸用道具に目を輝かせた。最新の園芸鋏から指先でつまんで持つのがやっとの大きさの小さなスコップ、ボルドーグ家の柄入りのじょうろ。まるでお店のように整理整頓された美しさに驚愕していると、ルナが急かすようにルミティの背中を押した。


「さ、更衣室はこっちですよ〜」

「あら、ごめんなさい。あまりにも綺麗なもので」

「そりゃ、後でお会いする庭師のアトリム様が綺麗好きだからですよ。私も何度怒られたことか……」

「アトリムさん?」

「えぇ、彼の父で先代ユーリ様に代わって数年前からボルドーグ公爵家本邸の庭師になったお方です。それはそれは美しい顔立ちでメイドの人気も高いのですが、ちょっと綺麗好きすぎるので一緒にお仕事するのは……あっ」


「お仕事するのは嫌、って言おうとしたか?」


 キュッキュッと長靴で床を歩く音、声の主は少し不機嫌そうに眉を顰めた。それから、ルナの隣に立っているのが、このボルドーグ公爵家の婦人だと気がついてすぐに跪いた。


「奥様、大変失礼致しました。初めてお目にかかります、庭師のアトリムと申します。先代、父であるユーリより継いだこの中庭を主に担当しております」


 黒髪の美しい顔をした青年。年齢は聞けば一七だという。


「ご挨拶に伺えなくてごめんなさい。ルミティよ、よろしくね」

「ブルーノ様からお伺いしております。奥様用に中庭に花壇をと。すぐにご用意しますのでお待ちいただけますか」

「あぁ、私も着替えたら手伝うわ。そうだ、アトリムの話を少し聞かせて」

 

 ルミティの屈託のない笑顔にアトリムは少しだけ不満そうに、それから恥ずかしそうに顔を赤くした。


「じゃ、じゃあここで待っていますので」

「わかった。ルナ、お着替えの場所を教えて」



 メイド様の園芸作業服は、足首の詰まった黒いスラックスに黒い長袖、キャメル色に家の紋章が入った長いエプロン、麦わら帽子は顎の下でしっかりとリボンで括る必要があった。エプロンのポケットは数が多く、園芸用の道具を入れたポーチを引っ掛けたりできる様になっていて大変機能的だ。

 ルミティはささっと髪を括り、アトリムの待つ場所へと戻り2人で中庭へと向かった。






「中庭には4つの噴水があります。この噴水の中央。ここからは見えないですけど水が循環している真ん中に古代魔法の遺物。魔法石が埋め込まれています。それぞれ、春夏秋冬の季節を閉じ込めた魔法石になっていて……それぞれ、季節にあった水を花に与えると……どんな気候でも美しく花を咲かせてくれます」

「では、春に咲く花を育てる時はこの噴水のお水を?」

「えぇ、その通りでございます。で、こちら奥様専用の花壇にございます」


 アトリムが案内したのは4つの噴水のちょうど中央に位置する丸い花壇。ちょうど、公爵婦人会パーティーの生花に使ってしまったため空いている状態だった。


「こんなに広い花壇、嬉しいわ」


 ルミティはしゃがみ込むと、なんの躊躇もなく土に手をつっこんだ。アトリムはそれを見て目が飛び出るほど驚いて飛び上がった。


「お、奥様?」

「なぁに? とても良質な土を使っているのね。腐葉土かしら? ふかふかでおひさまをたっぷり浴びて温かいわ。よく手入れされている証拠だわ。なんのお花を植えようかしら」

「あ……あ」

「アトリム、どうかしたの?」

「いえ、奥様は植えたい花を指示してくださればそれで十分です。あとは自分が植えて手入れをして、完成しましたらお呼びします」

「まぁ、私の花壇なのよ。私が一つずつタネや株を植えたいの。アトリムは自分の仕事に戻って十分よ。ごめんなさいね、日々の業務もあるのに邪魔をしちゃって……」


 アトリムは混乱した様子だったが、ぐっと拳を握るとボソッとつぶやいた。


「そうやって優しくして……貴女も裏切るんだろう」


 アトリムはキッとルミティを睨んだ。ルミティはなんのことかわからなかったが、アトリムを心配して一歩彼の方に近寄った。


「アトリム? どうしたの?」

「ち、近づかないでくださいっ!」


 何かに反応したようにアトリムが叫んで、驚いたルミティは花壇につまづいて後ろに倒れ込んだ。ぽふっと堅くて温かい感触と、しっかりと腕を掴む手。ほのかに香るムスク。


「アトリム、奥様に何をしてるのかな?」


 優しい言葉だが威圧的。そんな言葉がふさわしい、エリアスはルミティを優しく抱きとめて彼のブーツは花壇に片足を突っ込んだせいで土に埋もれていた。


「さて、アトリム。少し食堂でお茶でもいかがかな。言い訳を聞いてやろうじゃないか。奥様を危険に晒したんだ。場合によっては騎士の僕が君に罰を下さないとな」


 エリアスは、ルミティの無事を確認すると、まだ若いアトリムの腕を引っ掴んで食堂へと向かった。


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