13 不運令嬢 疲れを癒す
「奥様、本日はパーティーのご成功おめでとうございます」
最後の公爵婦人を送り出した後、使用人たちは拍手でルミティとエリアスを出迎えた。夕日も沈みかけ、用意した軽食やワインはほとんどなくなっている。給仕に奔走した使用人たちは肩をぐるぐる回したり、足首を伸ばしたりしてかなり疲労が溜まっている様子だったし、エリアスも騎士服に皺が寄っていた。
「ありがとう。みんなが頑張ってくれたおかげよ。今日は、お夕食の準備が終わったら早めに休んでちょうだいね。エリアスも、私はこの後屋敷から出る予定がないからもう戻っていいわ」
ルミティは気を使って言ったつもりだったが、エリアスは不服そうに首をかしげ
「頑張ったので、奥様と美味しい夕食をご一緒したいんですがね」
と一言。ルミティはクスッと笑うと「わかったわ」と返事をした。
「では奥様、食堂の片付けとお夕食の準備ができましたらお呼びいたします。エリアス殿、奥様をお部屋までお願いしてもよいですかな」
ブルーノは疲れを見せずキリッと指示を出し、使用人たちを動かした。軽食の残りをつまみ食いするメイドたちを叱りつけ、食堂の片付けへ向かう。
「じゃ、奥様。僕たちはお部屋へ」
「そうね。エリアスも本当にありがとう」
「お安い御用で」
***
自室に着くと、一旦エリアスはドアの外でルミティが着替え終わるのを待った。桜色のドレスからいつもの普段着に着替え、ヘアセットも丁寧に外す。
「エリアス、入っても大丈夫よ」
「ありがとう。いま、メイドにお茶をお願いしたから」
「まぁ、ありがとう」
しばらくしてルナが紅茶を運んでくるとルミティとエリアスはソファーに向かい合うように腰掛けて小さくため息をついた。
「あんなに多くのご婦人に囲まれたのは初めてだよ」
「エリアス、ご婦人方に大人気だったもの」
エリアスは年齢層が高めのご婦人たちに大人気で、パーティーの最中にルミティと話す暇はなかったくらいだ。公爵婦人会には最高年齢80歳〜のご婦人たちが参加していて、最年少はカタリーナの16歳である。
ルミティはパーティーでひとしきり挨拶をした後は同じ年齢層のアンジェたちと歓談していた。他のご婦人たちも同じように同じ年齢層や出身地で固まって歓談を楽しむのが恒例だが、今回はエリアスがいたことでだいぶ変わっていたようだった。
「みなさん、帰りのご挨拶でエリアスのことを褒めてらしたわよ。公爵家に対する知見もあってよくできた騎士だって。私、今回の婦人会……すごく緊張していたの。元王族の方も多いし、私のような伯爵家出身でその中でも農業地区だったから。けれど、今回はみんなとエリアスのおかげで成功に終わった。この家の婦人としてお役目は果たせたわね」
ルミティは頭を回すように凝った首を動かした。緊張と美しい姿勢を保つために力を入れていたのでポキポキと音が鳴る。スライスレモンの浮かんだ紅茶を一口。じんわりと温かい紅茶が口内から胃まで伝わって思わず深いため息が出た。
「おやおや、奥様のお疲れですね」
エリアスはソファーから立ち上がるとルミティの後ろへ周り「失礼します」と有無を言わさずに彼女の肩に触れた。
「きゃっ、エリアス?」
そのままエリアスはルミティの首筋から肩にかけて優しくマッサージを始めた。彼女は露出の少ないハイネックになった普段着を着ているため素肌には触れていないが、普段は触れないような場所なのでルミティは気恥ずかしいと感じている。
「僕も緊張したり普段しない訓練をした時はこうして筋肉を解きほぐすんだ」
優しく、それから血流に沿ってマッサージをすると先ほどまで恥ずかしがっていたルミティはその心地よさで肩の力を抜き、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「ふぅ……ありがと、エリアス」
「奥様、眠ってもいいんだよ」
「そんな端ないことはしないわ。それに、もうすぐお夕食ですもの」
「お堅くなっておりますね。今日は、公爵婦人のご友人ができた? 僕は囲まれていて奥様が遠目にしか見えなかったけど」
「えぇ、皆さんすごく素敵でいい人たちばかりよ。今度、みんなで集まってお茶をしようって話になったの」
「そうか、よかった」
エリアスが安堵したように言ったのでルミティは不思議に思ったが、マッサージの心地よさですっかり忘れてしまった。
「ありがとう、なんだか体が楽になったわ」
「そりゃよかった」
「エリアスは訓練の後いつも自分で?」
「まぁ、そうかな」
「とても上手なのね。今度、私にも教えてくれる? 自分でもできるようになりたいな、なんて」
「奥様は僕にマッサージされていればいいんです。どんなに疲れても僕が癒すから……」
エリアスは恥ずかしさを隠すように紅茶を飲み、ルミティも同じように視線を逸らした。婦人会で敬語を使っていたせいか、普段はルミティに使わない敬語を使ってくる新鮮さでルミティはこそばゆさを感じたが、改めてエリアスという男の麗しさを再認識した。
「でも、あんまり女性に気安く触れるものじゃないわよ」
「それは、ごめん」
「次から一声かけてね。びっくりするから」
「はい」
そんな話をしていたら、「お食事の用意ができました」とドアの外から声がかかった。
「さ、奥様。行こうか」
「えぇ」
エリアスにエスコートされ食堂に向かえば、つい先ほどまでパーティー会場になっていた食堂は見事にいつも通りの配置に戻され、テーブルの上には温かい食事が並んでいる。
「疲れと冷えを癒す、ジンジャーをたっぷりと使ったスープでございます。サラダは胃の負担を考えて火を通したホットサラダに。メインはローストしたチキン。トマトリゾットもございます」
ブルーノの説明を受けて、二人はにっこりと微笑んだ。パーティーの疲れを癒す食事をゆっくりと頂く。どれもこれも絶品でルミティは、この一日を心から充実していると感じたのだった




