12 不運令嬢 公爵婦人のつとめを果たす
「ごきげんよう、ボルドーグ公爵婦人」
ルミティは桜色のドレスを着て、いつもより派手にヘアメイクを施されている。薄灰色の髪には魔法のラメが散りばめられており、キラキラと輝いて人々の視線を集めていた。
ある日の昼下がり、ボルドーグ公爵家の本邸で「公爵婦人会」が開かれていた。都市部に住む公爵婦人たちが持ち回りで開くホームパーティーで今日は新しく仲間入りしたルミティが彼女たちを招くことになったのだ。
広い食堂を少し模様替えして行われる立食パーティーで、シェフ自慢の軽食がこれでもかとテーブルに並び、ヴェルズが用意したぶどう酒は白・赤・ロゼ・スパークリングとどれもこれも高級品である。
「まぁ、素敵な騎士様!」
「さすがボルドーグ家だわ。奥様が羨ましい!」
エリアスは婦人たちに囲まれ、困り顔をする。彼女たちは容姿端麗なエリアスに骨抜きにされてしまっているようで、彼に熱っぽい視線を向けているのだ。一方でルミティは参加者一人一人と挨拶を交わすので精一杯だ。
「王宮で占星術師をつとめるボルドーグ公爵様は多忙と聞きますわ。うちも騎士団を率いる夫はほとんど家には帰りませんの」
そういってルミティに優しく微笑みかけた女性は紅色のドレスがよく似合うアンジェ・ルブリック……かの有名なルブリック公爵婦人であった。ルブリック公爵家は代々騎士団長をつとめている家系でその婦人の多くは王族の出身である。アンジェも王女たちの従姉妹にあたる親類で、結婚前なら手の届かない存在だった女性だ。彼女はルミティより少し上だが同世代で、王族や公爵家以上の超上流貴族が通う女学院の出身。アンジェの美しさは伯爵家の出身であるルミティが通っていた女学園にも噂されるほどだった。だからこそ、ルミティはそんな彼女と「同じ立場」で話していることに大層緊張している。
麗しいブルネットの豊かな髪がふわりとカーブし、紅色のヘッドドレスは繊細に編み込まれたもの、優しげな栗色の瞳はじっとルミティを見つめていた。
「我が家はね、騎士の家系だからかアンティークも無骨なものばかり。今にも動き出しそうな甲冑とかゴツゴツした盾とか。それに比べて、なんて素敵なアンティークなの」
アンジェは食堂に飾られたアンティークを見ながら言った。食堂には比較的大きい絵画や、壺などの骨董品に加えて、古代の魔法によって動く不思議なアンティークが飾られている。アンジェの視線の先には、一人でにゆらゆらと動く天秤のアンティークがあった。天秤の真ん中には金でできた小鳥が停まっていて古代の魔法でチュンチュンと鳴き声をあげる。
「アンジェ様は昔から古代魔法のアンティークにご興味が?」
「えぇ、自室にはいくつか。あぁ、もう同じ身分なのだしアンジェと呼んで。私も、ルミティと呼んでもいいかしら?」
「え、えぇ。もちろんですわ」
「ルミティ、もうみなさんに挨拶は済んだわね。そうだ、仲の良い子たちとお話ししましょうか」
そういってアンジェはルミティに赤いぶどう酒を持たせると「こっちよ」と歩き出した。ルミティは彼女についていく。アンジェが向かった先には軽食を楽しみながら歓談する婦人2人。
「ごきげんよう、ポワルフ公爵婦人。ミルフェ公爵婦人」
「あら、アンジェ。それからボルドーグ公爵婦人。今日はお招きありがとうございますわ。私はジュン。ジュン・ポワルフよ」
ジュンと名乗った彼女は、東の異国からやってきたと自己紹介してくれた。ポワルフ公爵家は王宮の中でも外交を担当する貴族で、彼女は東の異国の外交官の御令嬢だったという。異国風の気重ねたような藍色のドレスはかなり美しかったし、彼女の濡鴉色の髪によく映える銀色の髪飾りも異国情緒の漂う代物だ。
「まぁ、素敵な桜色。私の出身地には春になると多く咲く花なんですの。あの、よければファーストネームで呼んでも?」
「えぇ、もちろんですわ」
ジュンと握手を交わし、ルミティはミルフェ公爵婦人と向き合う。
「ごきげんよう、私はカタリーナ・ミルフェ。カタリーナと呼んで。えっと、えっと……」
カタリーナは恥ずかしそうに俯いて、顔の前で人差し指を突き合わせた。
「カタリーナはちょっと恥ずかしがり屋さんなの。ルミティ、仲良くしてあげてね。カタリーナ、あんなに自己紹介考えていたのに。ほら、頑張って話してみなさい」
アンジェとジュンに背中を押されて、カタリーナはぐっと拳を握ると
「ミルフェ公爵家は……その、現代魔法の研究をしていて……き、きっと占星術師であるボルドーグ公爵家とは仲良く、仲良くて。だからその、カタリーナも、ルミティ様とご一緒したくて……」
「カタリーナ。ぜひ」
ルミティが彼女の手を握って挨拶をすると、カタリーナはポッと真っ赤になって固まってしまった。そんな彼女をみてアンジェとジュンはくすくすと笑った。
「カタリーナったらね。パーティーが始まった時からルミティのことを見てたのよ」
アンジェがカタリーナの赤色の髪をそっと撫でた。
「えっ? 私を?」
「だって……ルミティ様って『月の姫と美しき城』のルーナ王女にそっくりで、とてもお素敵だから」
カタリーナは「きゃぁ、言ってしまったわ!」と興奮した様子で若草色のドレスの裾を掴んできゅきゅっと握る。
「もう、自己紹介しなさいって言ったのに。カタリーナは隣国の王族の血を引く家系でね。婚約と同時にこちらに移り住んできたの。だから、まだ読み書きが少しずつでね。ミルフェ家は歴史の研究をしている家系だったわよね?」
ジュンの説明にカタリーナが「うんうん」と頷いた。ミルフェ家と言えば代々著名な研究家を排出する家系で、国の歴史研究者から童話作家までさまざまだ。その後のカタリーナの補足では今の公爵は隣国との歴史を研究するうち、彼女と出会ったのだという。
(だから、彼女を知らなかったんだわ)
伯爵以上の階級であれば、お名前くらいは知っているのが当然であったがルミティはカタリーナを知らなかった。ジュンの補足でやっと納得できたが、彼女の話し方が少し幼いのはまだ言語を勉強中なせいであった。
「ありがとうジュン。カタリーナ、その『月の姫と美しき城』って……?」
「私の母国で有名な童話? よ。とある美しい城の窓で月明かりを眺めるそれはそれは美しい女性がいました。彼女は薄灰色の長い髪に同じ色の目、透き通る月光のように白い肌を持ち、優しく儚い表情で王子をみて……やっぱり、ルミティ様とおんなじだもの。このルーナ姫はね。私の母国では女の子の憧れなの」
そういってカタリーナはオレンジ色に近い赤髪をそっと手櫛で解いた。
「私の母国はジンジャーヘアやブルネットが多いから。ルミティ様のような儚い色の髪はきっと憧れの的ね」
「様はいらないわ。その、もう私たちお友達……でしょう?」
またポッと赤くなったカタリーナにジュンとアンジェがクスクスと笑った。
その後、ルミティは年齢の近い3人と歓談しつつパーティーを楽しんだ。ボルドーグ公爵家で開かれた公爵婦人会は成功を納め、会のトップたちにもかなり好評であったとヴェルズの耳に入るのも時間の問題である。
ルミティは初めての主催を無事、成功させたのであった。




