(7)夫の親友は擬態がうまいらしい−3
「まあ、今回のお茶会では馴染みの菓子屋を使ったのですけれど。サービスが落ちてしまったのかしらね。我が家に持ってくる品物は、お酒を使わないように常々言っておりましたのに。そろそろ、新しいお店を探し始めたほうが良いのかしら?」
私は悪意のなさそうな柔らかな笑みとともに、夫の親友に問いかけてみた。まろやかに言っているが、要は上顧客向けのサービスもまともに行えないような店なら切り捨てるべきだろうかと聞いているのだ。さて、お菓子をすり替えた本人はどう返してくるのだろうか。
この男は自分の悪事を隠すタイプか、それとも……。
「菓子屋へのお咎めはどうぞご容赦を。あなたと話がしたくて、準備されていたものと洋酒入りのものとをすり替えたのはこのわたしなのです」
潤んだ瞳でこちらを見上げてくる姿に、小さく舌打ちをした。まったく、菓子の入れ替えもそうだが、ぬけぬけと悪びれることなく自白するなんて本当にこちらを馬鹿にしている。絶対に怒られない……いや、許されるという自信があるのだろう。それは今までの人生経験によるものなのだろうが、自然にこちらに甘えてくる素振りがまったくもって気に食わない。
この男の話を聞いてみるつもりだったが、簡単に話し合いの席に着くものと思われるのも業腹だ。
嫌味にならない程度に視線を逸らし、数名の使用人に夫をソファーに寝かせるように指示を出す。すると、夫の親友は当たり前のような顔をして私の名前を呼んだ。
「リサ、どうかわたしの話を聞いてください」
「私は、あなたに愛称を呼ぶ許可を出した覚えはありませんが」
そもそも私は、リサという愛称そのものが嫌いなのだ。何が悲しくて、前世と同じ名前で呼ばれなければならないのか。愛称の形態がたくさんある名前であることだけはよかったかもしれない。
「では、あなたのことは何と呼べば?」
「正妻さまとでも呼んでくだされば結構よ」
「は?」
「それで、私はあなたさまのことは何とお呼びすればよいのかしら」
「それでは、ゴドフリーと」
「わかりました。ゴkbリー卿」
「今、何か違う名前が聞こえたような?」
「まあ、大変。お耳が遠くなってしまわれたのでは? お疲れのようですし、そのお話とやらは今度にしてお帰りいただいたほうがよろしいのではないかしら?」
お帰りはあちらとばかりに、私が部屋の扉を開けるように指示を出そうとすると、彼は慌てて私の腕にすがりついてきた。
***
「なんのおつもりかしら、ゴkbリー卿」
「やはり、何か違う名前に聞こえる」
「ですから、お疲れなのですわ。それでは、まどろっこしい前置きはやめて、手短にお願いします。夫にお酒を盛ってまで、私に話したいこととは一体何なのです」
「……わたしは、ずっと運命の相手を探して生きてきました。信じられないかもしれませんが、わたしは運命の相手に出会うために、この世界に生まれてきたのです」
「それで、その相手にようやく巡り会えたと?」
「その通りです」
「詭弁ですわね」
私はため息をついた。運命の相手というものが本当にあるのかどうかなんて知らないけれど、もしもその相手を探すために遊び人として振舞っていたのであれば、本末転倒だと思う。そこまでして自分を探してくれて嬉しいと思うだろうか。いや、思わない。少なくとも、私は身体を張って自分の運命である私の夫を見つけたのだと言われたところで、妻の座を譲ってやろうという気持ちにはならない。
どちらかというと、シモい病気は大丈夫なのか。そればかりが気になっている。さっきからこの男は私の両手を握りしめているが、少なくとも梅毒特有のバラ疹は出ていないようだ。いや、一時的に消えているだけかもしれない。万が一にでも、夫の愛人に昇格する場合にはしっかり医師に検査をしてもらう必要がありそうだ。
梅毒以外の病気は、やはり服を脱がなくては確認できないだろうし。自分で確認なんてごめんこうむりたい。可愛い夫以外のものなんて、ばっちいだけである。
「初めて会ったときに気がついたのです。わたしは、このひとに出会うためにこの世界に生まれてきたのだと。けれど、出会ったときには既に他人のものになっていたなんて、誰がそんな悲劇を想像できるでしょう」
私がこの男の下半身事情について考えている間に、彼はひたすら夫への想いの丈を叫んでいたようである。まあ、侍女の反応を見るに、別に真剣に聞いていなくても大丈夫な内容だったらしい。加点対象としてはみなさないどころか、失格即時退場の札を掲げている。
それならば、いったんこの話はここで終了だ。事前に侍女から見て、誠意がないと判断できたらその時点で不合格の札を上げるように頼んでいたのだ。侍女だけでなく、離れた場所に立っている家令もまた失格の札を掲げているので、完全にアウトである。
「私の夫がほしければ、私に認めさせてみせなさい! そしてあなたの本気に私が納得したならば、あなたのことを愛人として認めましょう。けれど、それまでは夫に恋心を見せることを禁じます!」
「……は、待ってくれ、全然違う、わたしは……」
「ええい、何かあるたびに、『待ってくれ』だの『違う』だの、うるさいですこと! 漢なら覚悟を見せなさい!」
夫が欲しければ小手先のテクニックや、口先だけのアピールなんてやめて本気でかかってこい。話はそれからだ。