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(6)夫の親友は擬態がうまいらしい−2

 当日やってきた男は、腹が立つくらい美しかった。自信ありげな立ち振る舞いが非常に癇に障る。


 私はスマートでそつのない男は嫌いなのだ。旦那さまくらいべそべそしていて、すぐしょげる情けない捨て犬のような男がちょうどいい。私にしか懐かない旦那さまが、私は可愛くて仕方がないのだ。


 それを親友とやらは私からかっさらおうというではないか! 絶対に許すまじ。


 見るたびに虫酸が走ると思っていたが、何となくその理由がわかった。あの男の立ち振る舞いは、前世の夫に妙に似通っているのである。


 前世の夫を思い起こさせるというだけで嫌悪感マックスだというのに、私から旦那さまを奪う気なのだ。好ましく思うほうがどうかしている。


「来てくれてどうもありがとう。君がこの家に来るのは初めてだったよね。どうかゆっくりしていってくれ」


 旦那さま、おかしいとは思わないのですか。男性陣は独身のときこそ、時間もお金も自由に使うことができるもの。それなのに、結婚してからわざわざ自宅に乗り込んでくるなんて、どうあっても普通でないというのに。


 その辺りに何の不信感も抱かずに、嬉しそうに歓迎なんかするなんて。ないはずの尻尾が高速で振られているのが見える。まったく、旦那さまったらおバカ可愛いのだから。好き。


「お嬢さま、お顔が鬼のような形相になったり、とろけたり、大層お忙しゅうございます」

「あら、ごめんなさい。ついつい、感情がだだ漏れになってしまって。いけないわね、貴族たるもの感情が顔に出てしまっては」

「どうしましょう。例の面でも、顔につけられますか?」

「それは後でのお楽しみだもの。今は自力で頑張ることにするわ」


 こそこそと耳打ちし合う私たちのことを不審がる様子もなく、夫たちは盛り上がっていた。



 ***



「あの男、旦那さまに近づき過ぎやしない? いやらしいわ、あんなにお菓子を勧めるなんて」

「押しに弱い旦那さまでは、お断りになることもできずに言われるがままでしょうし」

「やっぱり今日の旦那さまを素敵にし過ぎてしまったのかしら」


 本日は、私が見立てた服を夫に着用させている。正直、痩せぎすなところのある夫だが、今回は線の細さを活かした形だ。


 普段は身体に合わない服を着ているせいで野暮ったく見えているが、素材としての夫はなかなかのものなのである。


 夫ときたら、経営センスはばっちりなのに、美的センスはどこへ行ってしまったのか。もしかしたら美的センスのパラメーターをゼロにし、その分別の能力を水増ししているのかもしれない。


「まあ、あの男、旦那さまを抱きしめるなんてどういうつもり! やはり、虎視眈々と押し倒してやろうと狙っているのね。正妻のいる本宅で、NTRなんて許さないのだから!」

「お嬢さま、ご安心ください。そのような不埒な真似は決して起きませんゆえ」

「ええ、頼んだわ!」


 私が鼻息荒く、怒りを押し殺していると、夫の親友に声をかけられた。


「すみません、わたしも気がつかなかったのですが、お酒の入ったお菓子を彼に勧めてしまったみたいで。彼が舟を漕いでいるのです。よろしければ、別室で休ませてあげるのがよろしいかと」

「まあ、それは大変!」


 私は夫に駆け寄りつつ、ティースタンドに並べられていたお菓子たちに目を向けた。やはり、一部のパウンドケーキが私が用意したものではない別物に入れ替えられている。


 夫はとてもお酒に弱い。ケーキやチョコレートに入っている風味付け程度でさえ、顔を真っ赤にするほどなのだ。だから私は自分で準備するお菓子には、極力お酒を使うようなものは避けるようにしている。


 もちろんときどきわざとお酒入りのお菓子を用意することもあるが、それは私が楽しく夫とあはんうふんするためのものである。こんなときに出したりはしない。何が悲しくて、可愛らしい夫の寝顔をひとさまにさらさねばならないのだ。目潰しするぞ。


 それにもかかわらず、洋酒がたっぷりの焼き菓子が出てくるなんてことはありえない。確かに今回用意した焼き菓子は、芳醇なお酒の漂う焼き菓子で有名な店である。そこにわざわざ特注で、お酒を使わないものを注文しているというのに……。


 夫と親友が盛り上がっているようだからと、少し目を離していたのが良くなかったようだ。まさか私の主催するお茶会で、こんな風に堂々とお菓子を入れ替えられてしまうなんて。ひどい失態だ。


 この男、夫が寝ている間に私とサシで勝負をするつもりなのかもしれない。なるほど、なめられたものだ。言いたいことがあるのなら、聞いてやろうではないか。


 すやすやと健やかな寝息を立てる夫の横で、私は夫の親友もどきを睨みつけていた。

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