(22)夫と私はいい夫婦で有名らしい-2
「ところでベス、火竜さまから新しく荷物が届いたそうだけれど」
「ええそうなんですの。前々から作りたいものがありまして、火竜さまに協力をお願いしていたのですわ」
火竜さまは私の世界にも詳しく、聖獣としてこちらの世界にも詳しい。温泉という一大リゾート地を運営していくにあたって、私はどうしても開発したいものがあったのだ。試作品の製作には、がっつり火竜さまが協力してくれている。
聖女さまを保護していないときの火竜さまは、わりかし時間を持て余しているらしい。私の要望に合わせて術式を組み合わせつつ、あちらこちらをいじってくれたようだ。宮廷魔術師数人分の働きを、「面白そうだから」という理由だけでこなしてくれる火竜さまには今度、盛大なお礼をせねばなるまい。
「火竜さまをこんな私的に使っていいの?」
「ですから、今度お礼に伺うのですわ。美味しいお料理のレシピをいくつも持っていって、盛大に女子会をいたしますのよ。ザカリヤさま。次は、いろいろ覗き見したり、聞き耳を立てたりしてはいけませんわよ」
「わわわわ、ご、ごめんなさい!」
「冗談ですわ。ザカリヤさまも一緒に、女子会しましょうね」
「ええっと、女子会なのに?」
「ザカリヤさまは可愛いから大丈夫です」
「うーん、それってどうなのかなあ?」
納得しかねるといった様子の夫の前に、私は受け取ったばかりの試作品第一号を広げてみせた。門外漢の分野とはいえ、研究肌の夫も興味を惹かれたらしい。ひとしきり、術式を読み解きながらうなり声をあげる。
「これは、僕にはちょっとわからないな。氷と光の術式を同時に展開させる? この術式の強さならかなり広範囲に光があふれることになるみたいだけれど……」
「ふふふ、これに関しては実際に見ていただいた方が早いですわね。ザカリヤさま、今お時間よろしいかしら?」
「ちょうど僕もベスに渡したいものがあるんだ。先に、ベスのとっておきを見せてもらおうかな」
私は夫と腕をとり、そのまま屋敷の庭に出た。
***
「今、結界を張った?」
「ええ、皆さんへのお披露目はまだ先ですもの。私とザカリヤさまだけの秘密にしておかなくては」
そう言ってウインクをひとつ飛ばすと、術式を展開する。この術式は、ある程度の魔力がなければそもそも展開することができない。その後は魔力の込め方によって、色や光の強さが変わってくる優れものなのだ。
星のきらめく澄んだ夜空に、光の花が咲く。高く上がった光の粒は、時折色や大きさを変えながら、様々な姿を見せてくれた。そのうえ、花が姿かたちをかえるたびにザカリヤさまの好きな曲が流れていく仕掛けになっている。ひらひらと舞い落ちてくる光の粒をてのひらに受け、夫は驚いたように目を見開いた。
「熱……くない?」
「ええ、安全性を考慮して熱が出るような術式にしてはいないのです。今までの花火は、本物の火を使っていましたけれど、煙や音がとても大きかったでしょう。灰や燃えカスのことも考えると、身分の高い皆さまがたくさんいらっしゃるあの温泉地で使うのは、なかなか難しくて。それで、新しい花火を作ることにしたのです」
この花火のモチーフは、レーザービームと空中エフェクトだ。花火のような耳をつんざく音はなく、代わりに好みの音楽と組み合わせて夜空に咲く花を楽しむことができる。温泉に入りながら空に広がる美しい景色を楽しむもよし、食事やお酒を楽しみながら景色を楽しむもよし。楽しみ方は無限大だ。
「ベスは、本当にすごいね」
「ふふふ、もっと褒めてくださってもよくってよ」
「ああ、本当にすごい。こんな素敵なひとが、僕の奥さんになってくれたなんてまるで夢みたいだ」
そこで夫は、急に私の前にひざまずいた。がちがちに緊張しているらしい夫の様子を微笑ましく思いながら、私はじっと彼の言葉を待った。
「僕たち、結婚式当日に初めて出会っただろう。僕はね、まさか君と結婚できるなんて思ってもいなかったんだ」
「あらそんなことをおっしゃるなんて、まるでザカリヤさまが私のことが好きで結婚を申し込まれたみたいですわ」
「そうだよ。僕は、君のことが好きで君の結婚相手に立候補したんだ。とはいっても、僕以外の好条件の男たちが我こそはと手を上げていたんだよ。もしかしたら、ゴドフリーも手を上げていたのかもしれないね」
「それなら、もっと早くそう言ってくださればよかったのに。それに、結婚前にいろいろとお話をする時間をとってくださってもよかったのではありませんこと?」
「まさか本当に結婚できるとは思っていなかったんだよ。想いを伝えないまま知らない男と結婚する君を見るのは辛かったから、記念立候補みたいなものだったんだ」
「あら、ひどい」
「それで、婚姻の許可が届いたからびっくりして腰を抜かしてしまってね。そのまま椅子から落ちて、打撲。翌日から驚きすぎて発熱しちゃって……。恥ずかしくて、弁明もできなかった」
「それで当日、あの涙目だったのですか」
やっぱり私の夫は小動物みたいだ。可愛くて、臆病で、日々を一生懸命生きている。
「ずっと、ちゃんとプロポーズをしたいと思っていたんだ。ベス、こんな僕だけれど、ずっと僕のそばにいてくれますか」
「ええ、もちろん」
左手の薬指に指輪が重ね付けされる。センスの良い結婚指輪の上にあるのは、やっぱりどこかトンチキなデザインの指輪だ。きっと結婚指輪は、夫のセンスに不安を抱いた義実家のうちの誰かが選んでくれたものなのだろう。
そっと手の甲へ唇を落とされて、そのくすぐったさに笑みが浮かんだ。
「センスもこれから頑張って磨くから」
「これはこれで可愛いですわ。だんだんザカリヤさまの独特のセンスが癖になってきました」
「うううう、ごめんよお」
うるうるとセンスのなさを恥じるザカリヤさまの耳元に、私はそっとささやきかける。
「本当に愛らしい旦那さまですこと。他の女性がザカリヤさまの虜にならないか心配ですわ」
「僕に夢中になるもの好きなんて、ベスくらいだよ。そもそも、僕の方こそ他の男がベスを見過ぎで心配なんだ」
まったく可愛らしいことを言ってくれる。
「ザックさま?」
「ふわあ、え、うん、なに?」
普段はベッドの中でしかザックさまと呼ばないから、パブロフの犬のように反応して頬を赤らめることになったらしい。そんな顔を見せられて、ちょっかいをかけずにいられる人間がいたら見てみたい。私は欲望のまま、夫にすり寄る。
「これだけでおしまいですか」
「うーん、えーと、でもまだ寝るには早い時間だし?」
「ザックさま、だめ、ですか?」
触れるだけのはずの誓いのキスが重なるごとに深くなる。
はい、今回も私の勝ち!
困ったような顔をして、いつも私に押し倒されてくれる……もとい私の尻に敷かれていてくれる夫のことを、私は何よりも愛している。いつか可愛いだけではなく、カッコいい夫に下剋上されてしまう日もそう遠くはないのかもしれない。けれど、それはそれで悪くない未来だ。
夫が欲しければかかっていらっしゃい。愛人だろうが、妾だろうが全力でお相手してあげますわ。私の愛しいザカリヤさまは、未来永劫私のものだ。そんじょそこらの女や男に、負ける気などしない。
まあ、ここ最近はいい夫婦……もとい妻が怖いいだとか強いい夫婦として有名な私たちに勝負を挑んでくるとは思えないけれど。まったく、私のことを絡新婦や蟷螂とでも勘違いしているのだろうか。
もしも私が誰かに負けることがあるとしたら、それは……。
まだ見ぬ子どもたちとザカリヤさまを取りあう未来を想像して、私は思わず笑い声をあげた。





