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(15)夫は新婚生活がやや不満らしい−3

 ひとまず私は、小さく震える夫を小奇麗なベンチに座らせた。高いところから落ちたショックで、わけがわからなくなっているのかもしれない。落ち着かせる意味も込めて、夫が購入した謎の木彫りの人形を抱えさせる。わざわざ高いお金を出して買ったのだ。その金額分、しっかり働いてもらおうではないか。


「おけまる~」


 私の無言の圧力に押されたのか、木彫りの人形の振りをしたミニサイズの火竜さまは、大慌てで夫の機嫌をとろうと小刻みに動き出した。しかし、赤子相手ならともかく夫に対して謎の踊りが役に立っているとは言い難い。そもそも、木彫りの人形になるために変な色の液体を被っている上、わけのわからない不規則な動きをしているせいで、呪物として完成してしまっているのだ。多少声を出したところで、怖さが倍増するだけだった。


 そもそも火竜さまは聖獣なのだ。サイズだけ小さくして、そのままの姿で格好良く立つだけでよかったのに、どうして下手に変装なんてしてしまったのか。そこまでして、デートに出歯ガメしてきたことに気づかれたくなかったのだろうか。まあ夫が欲しがる人形を追求したら、この姿になっただけかもしれないが。


「旦那さま、私は旦那さまと結婚できて本当に良かったと思っております」

「……」

「旦那さまこそ、私との新婚生活に何か不満があるのではありませんか?」


 人間というのは、自分の不満こそを相手に見出してしまうことがある。自分がそう思っているからこそ、相手もそう思っているに違いないと考えてしまうのだ。そうであれば、夫の先ほどの言葉は重い。


「黙っていては、何もわかりません。旦那さまのお気持ちを聞かせてくださいませ」


 けれど夫は何も言わないまま。うまく気持ちを言葉にできないせいだろうか、火竜さまがじたばたしていることにも気がつかずに、ぎゅっと人形もどきを握りしめている。落ち込む夫を慰めるためにその人形を持たせてやったのは私だが、冷静になって考えてみると何だか苛々してきた。


 そんな人形を強く握りしめるのであれば、いっそ私を抱きしめるべきなのではないだろうか? 夢のつまったふんわりマシュマロにきゅっとくびれた腰。ぷりんぷりんのおしり。どこから眺めてもパーフェクトボディな私が隣にいるというのに、トンチキ人形に化けた火竜さまに負けるだなんて納得がいかない。


 いっそのこと火竜さまを柵の向こう側に見える間欠泉に向かって放り投げてやろうか。私の嫉妬に気づいたのか、カタカタと火竜さまが震えていたが、火竜さまはマグマに入っても死なないので間欠泉くらい問題ない。


「大丈夫です。時間はいくらでもありますもの。私、待つのは得意ですのよ」

「……」

「旦那さまも、召し上がります?」


 夫の言葉を聞きたいのであれば、焦りは禁物。先ほど買ったばかりの商品の袋を開け、これ見よがしに食べ始めてみた。今、私の手元にあるのは宝石のようにきらきらした飴玉たちだ。何種類もある色とりどりの飴を自分だけでなく、夫の口にも遠慮なく放り込んでいれば、ぽつりぽつりと夫が話し始める。飴ちゃん効果、すごい。



 ***



「君は僕よりもゴドフリーと会話しているほうが、楽しそうに見える」

「まさか。そんなことありませんわ」


 私はあの男が大嫌いだ。本人に向かってゴk()b()リー卿呼ばわりする程度には敵意をあらわにしている。私が夫の親友と話が盛り上がっているように見えるなんて心外だ。たいてい私は、いかに夫が可愛らしいか、そしていかに私が夫のことを頭のてっぺんから足の先まで熟知しているかを自慢げに語っているだけなのだ。結局のところ、毎回あの男に対してマウントをとっているだけに過ぎない。


 愛するひとが、自分ではない誰かに愛されているとなれば、気が狂うくらい嫉妬してしまうはず。だから私は、あくまで楽しそうに華やかな笑顔でしゃべり続けるのだ。そうでなければ、どうしてあの男に微笑みかける必要があるのか。嫌いな男に笑いかけるなんて、時間と精神力の無駄である。夫のことがなければ、完全に無視したい。


「ゆっくり話そうとしても、いつも押し倒されてしまうし。それはやっぱり早く後継ぎを作って、僕の元から出ていきたいということなんだと感じていたよ」

「だって、旦那さまったら美味しそうなんですもの」


 私だって、夫とおしゃべりを楽しみたい気持ちはあるのだ。ただお眠モードな夫はとっても可愛らしいので、つい襲ってしまうのである。これに関しては、可愛すぎる夫が悪い。引きこもりで日にまったく当たっていないせいで、すぐに色づく夫の肌。いまだに閨事に慣れず、涙目で控えめにあえぐ夫がすぐ隣にいて手を出さずにいられようか。いや、いられない。


 そもそも、後継者問題は夫に愛人を迎えるなり、養子をとるなり解決方法はいくらでもある。夫の子どもなら、例え私の血を引いていなくてもとても可愛いだろう。私の実家は私が黙らせてみせる。


 恥ずかしそうに微笑む女の子も可愛いだろうし、今の夫からは想像もできないような生意気な男の子でも可愛い。ああ、大変だ。今すぐ子ども服を用意しなくては。空想上の夫の子どもが可愛すぎる。


「賢くて可愛くて、社交も商売もなんだってできるベスに、僕なんて必要ないんじゃないかな」

「いいえ、あなたなしでは私は生きてはいけません」

「ベスは、僕と離婚してもっとふさわしいひとのもとに嫁ぎ直すべきだよ。たとえば、ゴドフリーとか」

「……ですからなぜ、そこにゴk()b()リー卿が出てくるのです?」


 夫は目にいっぱい涙をたたえながら、それでもまっすぐ私を見つめてそう言い放った。私は、夫のこんな風に素直なところが素敵だと思う。前世の私は、自分の気持ちをすべて心の奥底に閉じ込めてしまっていて、何も伝えることができなかったから。


「ゴドフリ―のことは名前で呼ぶのに、僕の名前は一度だって呼んでくれない。ずっと『旦那さま』と呼ぶってことは、そういうことだろう?」

「そんなことありませんわ」

「じゃあ、どうして一度も僕の名前を呼んでくれなかったの?」


 夫の問いに私は答えることができなかった。


 名前を呼ぶということは、相手を縛る行為だ。私は夫の名前を呼べば、きっと夫に執着してしまう。私は、前世の夫に浮気され正常な行動がとれなくなった。本当はあんな風にぼろぼろになるまえに離れるべきだったのに。


 今の私は夫のことが大好きだけれど、それでも一線を引いているつもりだ。私が生きる世界は、前世よりもよほどドライな貴族社会。当たり前のように妾や愛人がいて、恋愛よりも政略が優先される。


 だから私は名前を呼びたくない。夫に愛を乞いたくない。成金とはいえ、令嬢ならば笑って嘘くらいつかなくてはならないのに、その嘘さえつきたくない。これは私の弱さで、きっとただの甘えだ。


「大切だからこそ、ですわ」

「……いいんだ、無理はしないでくれ」


 言葉にしなければ、夫に私の気持ちが伝わるはずなどない。それはずっと昔からわかっていたはずなのに、やっぱり私は大事なときに大切なことを伝えられなかった。夫は私に気持ちを伝えてくれたのに。そうして、夫は信じられない速度で走り出すと私の前から姿を消してしまったのである。

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