(14)夫は新婚生活がやや不満らしい−2
えてして女性の買い物というものは、長いと言われている。選ぶのに時間がかかるという意味ではない。もちろんそれもあるが、買い物はいったん始まると、なかなか終わらないのだ。買い物はさらなる買い物を呼ぶのである。
私は怪しげな木彫りの人形を横目で睨みつつ、青空市を満喫していた。時々木彫りの人形と目が合うが、今のところは気のせいということにしておく。妙に肌艶がぴかぴかしていたり、ときどき「わかる〜」「それな〜」などと言っているように聞こえたりするのもおそらくは空耳である。
「旦那さま、こちらの染め物の美しいこと。領地の名産品をこのような形で広く示すことができるのは良いことでごさいますわね」
「ああ、そうだね」
「今年のりんご酒の出来は、なかなかのものでしたのよ。口当たりが良くて、飲みすぎるのだけが玉に瑕ですわ」
「ベスはお酒強いけれど、飲みすぎないようにね」
「あら、心配してくださるの? 嬉しいですわ」
守護者さまのお膝元であるこの温泉地では、安全性が高いこともあって高位貴族であっても最低限の人数で街歩きをしていることが多い。今回、私もまた夫とふたりきりでのデートを楽しんでいた。
それはそれでいつもと違うときめきを味わうことができるのだが、ちょっとした問題も発生してしまう。
何せ、普段の買い物の感覚で買ってしまっても荷物を預ける相手がそばにいないのだ。ごっこ遊びの高級品とはいえ、青空市で購入した以上、商品は配達ではなく自分たちで持ち運びすることになる。
「旦那さま、両手に荷物を抱えてさらに人形まで運ぶのは、無茶ですわ」
「女性に荷物を運ばせるもんじゃないってゴドフリーに教えてもらったんだ。今まで気が利かなくてごめん」
「あら、ゴkbリー卿がですか。それでも、無理は禁物ですよ」
大変申し訳ないが、夫は基本的に引きこもりの研究肌である。正直、重いものを持たせてしまうと足元がおぼつかずすっころんでしまいそうなのだ。
わざわざ旅行先で怪我をしてどうする。買ったものをとりあげようとしてみたが、女性に重い荷物は持たせられないと拗ねられてしまった。可愛い。
まったく、善良でありながらエスコートのエの字も知らなかった夫が、ごく自然で常識的な案内役になるなんて。夫の成長に喝采を送りたくなる。
がしかし、それはそれは、これはこれである。ひとまず考えてもみてほしい。極上メロンを垂らしてしまわないため、日々の筋トレを欠かさない私と、本より重いものをもったことがない夫。どちらが不安定な場所での荷物運びに適しているかなんて、明らかなのではないだろうか。
だが、悪い予感というものに限って当たってしまうもので。
「わわわああああああ」
「旦那さま!」
ちょっとした段差に思いっきりつまづいた夫は、天才的な動きで階段を転げ落ちそうになってしまったのである。
***
「旦那さま、危ない!」
すかさず私が繰り出したのは、こちらの世界に転生してから身に着けた重力の制御魔法だった。
何せ、前世の私の死因が階段から足を踏み外したことによる転落死である。その反省をいかし、うっかり死なないように魔術の練習に励むのは何もおかしいことではないだろう。
ようやく、練習の成果を出すときがきたのだ。私が術式を描くと同時に、夫の手から飛び出した怪しげな木彫りの人形も、アニメのようにすっころんだ体勢の夫も、ゆっくりとスローモーションのように落ちていく。
このまま緩やかに地面にぶつかっても怪我をすることはないが、地面に激突させる必要はない。服や身体を汚してしまうことになりかねないのだから。何より痛い思いはさせたくないのだ。
強化魔術をかけて高速で移動し、夫と木彫りの人形をひょいっと受け止めてみた。いわゆるお姫さま抱っこ状態で微笑みかける。
ちなみにこれはひとによるのだけれど、相手の重さを軽くする魔術と、自分の筋力を瞬間的に強化する魔術とでは、私の場合は自分を強化する方がやりやすかったりする。しっかり相手の重さをグラム単位で認識していないと、重さを軽くする魔術は使えないのだ。
「旦那さま、ご無事ですか?」
「……ありがとう」
なにやら旦那さまの元気がない。やはり昨夜は鼻血、翌日は階段から転落となってしまうと、温泉の楽しさを見いだせなくなってしまうのだろうか。
「……どうなさいました? 先程まではそれなりに旦那さまも楽しんでくださっていたようなのに、どうして泣きべそをかいていらっしゃるの?」
けれど夫は、悲しそうな顔で私を見つめてくるばかり。今にも泣きだしそな涙目の夫は、大変可愛らしい。言われた言葉はちっとも可愛らしいものではなかったが。
「ベス、やっぱり君はこんな僕との新婚生活なんて不満でたまらないよね?」
うん? どうしてそうなった?