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(21)見捨てられませんでした……orz

 シリカ族の住む大洞窟をそっと窺う調査隊の斥候は、予想だにしなかった光景を目撃した。

 シリカ族は諸族と折り合いが悪いが、曲がりなりにもヒト族(マンカインド)ではある。その意味ではこの場所はノーマンズランドに食い込んだヒト族の最前線と言え、その分、常に“魔”の浸食を受ける多難の地であった。

 しかしいま、その大洞窟の入口は視界が曇るほどの濃密な魔の瘴気に覆われていた。それはヒト(シリカ)族が“魔”に屈したことを示唆していた。

 その報告を受けた調査隊の隊長は、その旨を報告書に(したた)め、訓練した鳥に持たせて放った。

 それが、調査隊の最後の報告だった。


 …………………………………………


 翌日、ブルーブロッサム砦に居住、滞在する民間人と非戦闘員に向けて、魔物が近づいていることが告げられ避難が指示された。

 護衛の兵士……年若いものが多いあたり指揮官らの配慮だろう……と共に昼前に出発する旨が伝えられた。

 また、民間人には多くの冒険者も含まれているが、兵士を待たず、そそくさと出発する者から魔物素材目当てに残る者などその対応は分かれた。

 無論、兵士たちにはそのような自由はない。

 ノーマンズランドとの境界を守る砦はヒト族の橋頭保であり、ここが落ちればヒト族の生存圏が大きく減少する……とエファが兵士たちに訓辞を垂れていた。

 兵士たちの表情は様々で、喜び勇んで……という者は限られていた。だが彼らには雇用主であり主君でもある城主エファの命令に従う義務があり、それに背けば罪に問われるらしい。

 戦場で兵士として死ぬか、逃げて罪人として処刑されるかの二択ならば、やはり大半の者が前者を選ぶ。特に家族など残すものがいる者ほどその傾向が強い。

 ところが、そんな二択にもかかわらず、夜が明けたときギョローメの姿は砦から消えていた。脱走だ。

 異形の獣改め魔物の襲来を警戒していたオレですら気づかなかったのだから大したものだと、むしろオレは感心した。

--モーリを悲しませやがって!

--あんのギョロ目野郎、見つけたらギッタンギッタン(死語)にしてやる

 そう、ギョローメが姿を消したと知ったモーリは悲しみ、また急な出発と別れにも動揺しているようだった。

「モーリ。オレたちも早く仕度して砦を出よう。大丈夫、オレが付いているしモリィさんも一緒だ」

 しかし、モーリは心ここにあらずといった感じであった。

 こうして、オレ達は旅立った。

 城壁の上には鎧をまとい剣を佩いた少女の姿があった。

「文明地と非文明地(ノーマンズランド)の境界にある前線の砦を守る少女城主、か」

--ロマンあふれる設定だな

--ラノベなら燃える、いや萌える設定だが、現実ではお目にかかりたくなかったな

--……このまま……逃げるの?

 そう、オレは内心で葛藤していた。しかし、モーリファーストのオレにとって彼を置いて戦場に出ることは考えていない。第一、一体でさえ手こずったのに、50体とか無理ゲー過ぎる。

--で、その無理ゲーを、あの女の子城主が挑むわけだ

--あの子、槍とか剣とか鎧とか準備してるぞ。どう見ても実戦用の

--マジか。お飾りじゃないのか?

--逃げるって選択肢もあるのに、な

 お前ら。オレにどうしろと?

--いや、なに、モーリが元気ないな、ってな

--なんてったってエファ“お姉さん”だからな

 よく知らない人が死んでもモーリが悲しむ謂われはない。世の中はそういうものだと割り切るしかない。しかし、モーリが城主エファに懐いて()()()()ことが問題だ。

 さて、困ったな。

 オレはモーリの影の中で、やはり思考を影に潜ませ隠しながら頭を捻る。

--悩むってことは答えが出てるようなものだろう

 中年研究職さん? の言葉にオレはハッとなる。

--どうでもいい奴のことなら悩みはしない。自分の為であれ、モーリの為であれ、やりたいことは決まっているんだ。目的は決まった。後は手段の問題だけだ

「そっか。うん、そうだな」

 オレは砦周辺にばら撒いたオレの胞子を急速成長させて目茸(めだけ)を生やし、そこのオレから魔眼を行使した。


      *     *     *


 偵察や防衛の準備などを兵士長と魔法使いのギルガーに任せ、自室で休んでいた少女城主エファは、何者かに見られているかのような視線を感じ、周囲を見回すが、気のせいと断じてそっと息を吐いた。

「気が高ぶっているのか?」

「『いいや。いいカンをしている』」

 まるで使い慣れない身体を無理やり使っているようなぎこちない言葉に、エファは身を固くした。

 この喋り方には覚えがある。

「モーリ? いや、メメン・ト・モーリのメメン、か」

「『ご名答』」

「あ、あはははははは」

 エファは自分の口が勝手に動いて言葉を発するというありえない体験に、恐怖のあまり思わず笑ってしまった。

「『笑う余裕があるのはいいことだ』」

 全く見当違いの返答をするエファ(メメン)。エファは手鏡を取り、自らの顔を覗き込む。

「私の身体を勝手に使うな、無礼者」

「『緊急時故ご容赦願いたい』」

「で、何の用だ。私は忙しい」

「『なに、大したことじゃあない。単刀直入に聞く。助けは要るか?』」

「要る。手を貸してくれ。お前の異能の力を借りたい」

 即答だった。それに鏡の中のエファが愉快そうに嗤う。

「『普通、こんな如何わしい話、もう少し躊躇するものじゃないか?』」

「代償が欲しいなら私から持っていけ。どうせ死を覚悟した身だ。それで少しでも私と部下たちの命が永らえるなら安いものだ」

 少女ではないモノの意思によって少女は身を震わした。少女の男らしい回答に対する感嘆の現われだ。

「『いいだろう。魔物の到着は明日の朝と言ったところか』」

「判るのか?」

「『ああ。今も“見て”いる』」

「どんな様子だ?」

「『見た方が早い』」

 メメンがそう言うと、エファの視界が変化した。二つの像が重なった不思議な光景に、思わず倒れそうになる。

「『左目だけオレと繋いだ。右目だけで見れば普通に戻る。落ち着いたか? ならば右目を閉じ左目の視界に集中しろ』」

 言われたとおりにすると、そこはどこかの森の中であった。低い視界から見上げる様は、まるで自分が小人になったかのようであった。

 そしてその森の中を進むのはヒトのような特徴を持った種々の獣たち。そしてその先頭を歩く見慣れた装備のヒト型。

「魔族……か」

 動く死体(ゾンビ)のような元兵士たち。見知った者の成れの果てにエファは苦い表情を浮かべる。

「元兵士に獣。ヒトの特徴が強いものが多いな」

「『どう違うんだ?』」

「魔法を使う。単純に強い肉体を持っているだけのモノが魔物、ヒトのような姿を持ち魔法を使えるモノが魔族……らしい。詳しくはギルダーに聞け」

「『……勝てそうか?』」

「無理だな。魔物相手なら兵士でどうとでもなるが、魔法は魔法使いでないと対処できない」

「『魔法への対処って具体的には?』」

「……メメン。協力してもらえるということで間違いないか?」

「『ああ。モーリも心配しているしな。できる範囲で手を貸してやるよ』」

「ならばギルダーと兵士長を呼ぶ。よいな?」

「『一つだけ条件がある……オレのこと攻撃するなよ?』」


      *     *     *


 気落ちしたモーリのことをモリィが世話を焼いてくれていた。皮靴で踏み固められた街道を歩き、疲れたら荷馬車に乗せてもらい、モリィに歌を教えてもらって一緒に歌っている。

 少し元気になったようだ。

 一方のオレ(メメン)は意識のほとんどを砦に向けていたので、モリィには感謝してもしきれない。

 オレは、オレの身体であるキノコの目茸(めだけ)が見ている光景を、まるで沢山のモニターが並んでいるかのように捉えている。

 そしてその中の一つに意識を向けると、その目茸(めだけ)がオレという主体として意識できるようになる。

 無論、その間も他の身体(めだけ)はオレとして働き、重の魔眼や斥の魔眼で怪球を固め、影の魔眼でモーリの影の中に潜んでいた。

 そういうオレでないオレの制御をどうやっているのかは、オレ自身よく判っていない。ただ、できるという確信と共になんとなくできていた。

 そしてそれは、オレが砦でモーリと一緒に居て遊んでいる間も、別の場所の目茸(オレ)が魔眼の()()を進めていた。

--魔物との初遭遇時にもっと戦闘用の魔眼が欲しいと考えたろう

 中年研究職さんを始めとした検証班の皆さんのお陰で砦の防衛準備をオレは進めていた。

 そうこうする内、一行は停止し、野営の準備を始め二度目の夜を迎えようとしていた。

 モーリとモリィが一緒の布団に入って眠りにつくを見届けてからオレはモーリの影の中から魔眼を行使する。

「盾の魔眼」

 二人の周りに防壁が展開された。

 護衛の兵士はまだ年若い者を中心に5名と避難する民間人23名。

 オレは(とお)の魔眼で野営地を俯瞰する。元より闇を見通すオレの目に加え見ることに特化したシの魔眼の前では遮蔽物などないに等しい。

 更に、

(かん)の魔眼」

 オレは視界内の全てを“鑑定”する。

 多すぎる情報がオレの脳裏を流れていくが、生き物が居れば少し情報が長めになるので良く目につく。

 そういう引っ掛かりった辺りにオレは注目する。

(あらわ)の魔眼」

 隠されたものを(あら)わにする力で隠れ潜む男達を発見した。


 種族:プレン族

 名前:不明

 状態:隠密


 剣に手を掛けながら避難民の野営地を隠れて窺う武装した者達、その数15。すでに武器を抜いている者もおり、その意図は明らかだった。

 しかもそのうちの何人かには見覚えがあった。

「早々に砦を離れた冒険者たちか」

 ギョローメの姿が無いことを意外の思うと同時に、少しホッとする。

 ハンドサインを用いて無言で合図を交わす冒険者改め盗賊ども。折角の技術も使い方がこれでは感嘆もできない。

 盗賊は見張りの兵士に対して弓を引き絞り、別の者が小声で呪文の詠唱をしている。リーダー……いや、盗賊らしく頭目と呼ぼう。頭目の合図で弓が放たれ、一瞬遅れて炎の魔法が完成した。

 しかし、放たれた矢は斥の魔眼でまっすぐに方向を変え弓手の喉に突き立ち、炎の魔法はまるで吸い込まれるように消えた。

「なんだ!」

 驚きの声を上げる頭目。しかし、その“音”は広がらない。

 魅了され、操られた盗賊の剣が背後から魔法使いの命である喉を貫き、また地面に生えたキノコが突然“矛”のように鋭く伸びて、麻痺させられたり、突然身体が重くなった盗賊たちを貫いた。

「一体、なんだってんだ」

 確かに声を発しているのに、その言葉も、自身の鎧の音さえ聞こえない無音の中、頭目の疑問が晴れることなくその意識は闇に消えた。

「吸の魔眼による魔法の無効化に矛の魔眼による物理攻撃。音の魔眼による無音化も色々応用できそうだな」

 襲撃者たちの物言わぬ身体は全て、自身の影の中にずぶずぶと沈んでいき、後には何の痕跡も残らない。

 これはいわゆるアイテムボックスのような効果を持つ(むろ)の魔眼の力だ。

 さすがに見張りの兵士も異変に気付き仲間を起こして周囲を捜索するが、大勢の人がいた形跡を発見できただけであった。

「ギルダーに教えてもらった魔法使いと戦士の得手不得手による戦い方の使い分け。思わぬ形で実践できたな」

 オレはモーリとモリィの防壁をいま一度確認してから、意識を砦の方に戻しエファたちとの防衛の準備を再開した。

 そして夜が明け、魔族達は砦の到着し、ヒト族(マンカインド)と魔族の戦端が開かれた。


      *     *     *


「いやぁああああっ」

 突然悲鳴を上げたモーリが、自身の耳を覆った。

「どうしたんだい。モーリ、モーリ!」

「おい、だいじょうぶか?」

 モリィとオレが声をかけるが、モーリはイヤイヤをするように頭を振るばかりだ。

「だめだよ、そんなの。ダメだよ、ダメだよ……」

 モーリは突然、野営地の外に走り出した。

「モーリ!」

 モリィや他の大人たちが慌てて追いかけ、モーリの肩を掴んで無理やり押さえつける。

「放してよ。いかなきゃ、戻らなきゃ」

 砦で起きているであろうことを想像し、多感な少年がパニックになったのだろうと考えた大人たちが痛ましい気な表情を浮かべる。

 しかし、だからと言って少年を押さえる手が緩まるはずもない。

「メメン! ボクを連れて行って。お願い、早く!」

 今まさにこの瞬間、オレの主たる意識は砦で始まった魔族との戦いに注力していた。

 そしてオレは、モーリの声を無視することができない。

「任せろ!」

 ()()は斥の魔眼でモーリを捕らえる大人たちの手を弾き飛ばした。

「速度優先で行くぞ。跳べ!」

「うん!」

 重の魔眼で無重力化した身体が少年の脚力で高く飛びあがる。その身体を盾の魔眼で防護し、更に背後に斥の魔眼を働かせて砦の方向に弾き飛ばす。

 空気抵抗は盾の魔眼で受け、その受けた力を斥の魔眼で後方に流すことで、ぐんぐん加速していくモーリの身体。

--理論だけだったが、意外とできるもんだな

--モーリを戦場に出すのか!?

--だってモーリ君がそうしたいって言うからぁ

--モーリきゅんの言う通り~

ーーダメだこりゃw

 モーリガチ勢の暴走により、モーリは砦の方へ高速で飛んでいった。

 茫然としたモリィ達を残して……。


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