(20)見なかったことにしたいかな?(願望)
モーリはモリィに手を引かれるようにして砦の管理側区画、通称“城”にやってきた。
モリィが説明してくれたところによると、城主は定期的に砦に住む者達を呼んで食事を共にしているらしい。
これは前城主のころからの慣習で、住人に限らず頑張っている兵士や目立った活躍をした冒険者など、割と誰でも対象となっているらしい。
以前も通された装飾の施された家具のある部屋に入ると、ふわりといい香りがした。
ぐぅ
モーリのお腹がかわいらしく鳴り、ホスト役のエファがクスリと微笑む。
「ようこそ、モリィ、メメン・ト・モーリ。待ちきれないようなので早速はじめようか。格式など気にせず楽にしてくれ」
「は、はい。えっと、メメン・ト・モーリのモーリです。本日はおねまき、あれ? おまなき? おまねき?」
ついに我慢しきれずクスクスと笑いだす城主エファ。こうしてみると年相応の少女にしか見えない。
「よいよい。無理をするなモーリ少年。さ、そこに座るがいい」
示された席に座るモーリ。モリィの方も初めてではないのだろう。慣れた様子で着席した。
エファが自ら二人の飲み物に給仕するが、その様をモーリが不思議そうに見ている。
「どうした、モーリ少年。なにか言いたそうだな」
「えっと、あなたは偉い人ですか?」
「一応この砦で一番偉いのは私ということになっている」
「え、でも?」
自分の目の前に置かれたマグに注がれた甘い香りのする飲み物とお偉いさんのエファを交互に見つめる。
「ふふふ、聡い子だな。ここは軍事施設だ。給仕をしてくれるような気の利いた人材を抱えて置く余裕などないのだよ。それに大した大きさの砦でもない。全員顔見知りみたいなものだから、あまり気負うな」
そう言って、ホストの互いの健勝を祈る短い言葉と乾杯で食事会は始まった。
話題はもっぱらモーリのことであった。今朝の朝帰りのことや、昨晩はモリィがパニックだったことなどだ。
「兵士を出して探してほしいって言っても聞いてくれないし」
ワインを飲んで少し呂律の怪しいモリィの言葉に、エファが手を振って宥める。
「夜の森に兵士を出すなどさせられん。モーリと兵を秤にかけたら私は兵を取る。理解をしろとは言わんが納得はしてくれると助かる」
腹芸ができなさそうなまっすぐなエファの言葉に、そりゃお立場は判りますけど、でも、とブチブチ言いながら杯をなめるモリィ。
「それとモーリ。お前には色々と礼を言いたいと思っていたのだ」
「おれい?」
切り分けられた肉を頬張っていたモーリが首をかしげる。
「ああ。お前が納めてくれる薬草は質が良く、大層助かっていると薬師が喜んでいたぞ」
「お城の分はギョローメさんが採ったものです。ボクじゃ、ありません」
「知っている。悩みの種だったギョローメらも最近おとなしいので、そっちでも助かっている。おかげでモリィからの苦情も減っているしな」
「あんのろくでなしのチンピラを放置してるからでしょ。さっさと首にすればいいんですよ」
「そう簡単に言うな。人を使うってのは色々あるんだ」
絡み酒じみてきたモリィさんの言葉に、少女城主は苦笑を返す。因みにエファが飲んでいるのもワインだが、水で割って薄めてある。
エファはモーリにも話題を振って飽きさせないようにしていた。自分の体験を語ることに慣れていないモーリだったが、エファの巧みな質問に答える形で薬草採取の時の様子や、花かんむりを作ったこと、シリカ族で鉱石を探す仕事をしていたこととかを話した。
「その鉱石というのは薄青色か?」
その問いにモーリは大きく頭を振る。
「見たことないから知らない」
「見たことがない、のか?」
「うん。だってボク、その時目が無かったもん」
デザートの甘いクッキーと暖かいミルクを楽しみながら何気なく答えるモーリの言葉に、二人の女性の身体が震わせる。
「無かった……では、いまのキミのその目は」
「メメ、ボクを助けてくれた人がこの目をくれたんだ。ボク、見るって初めてで、キレイって初めて知ってすっごくうれしいの。これからもいろんなとこに行って、いっぱいいっぱいキレイなものを見に行くんだ」
ニコニコと機嫌の良さそうな少年の姿に、モリィはきゅっと唇をかみしめた。
「……モーリ少年、聞いたぞ。旅立ちの準備を始めたそうだな」
「え、えっとぉ」
ギルダーに釘を刺されたことを思い出し困ったように視線を惑わせるモーリ。
「別に責めていない。窮屈な想いをさせているのは事実だからな」
エファは席を立ちいくつかの書状を持って戻った。
「エファ様、それは」
「メメン・ト・モーリが持ち帰ってくれた徽章と情報を遺族に届けた。これはそれに対する諸族からの礼の言葉だ。お前のおかげだ。ありがとう」
「ボクはぜんぜんです。メメンがすごいんです」
「判っている、メメン・ト・モーリ。……そうだな、少し早いが渡しておこう」
そう言って一枚の書状をモーリの前に置いた。
「えっと、ごめんなさい。ボク、字が読めなくて」
それは青い花の印章の入った書面であった。青い花の少年メメン・ト・モーリはブルーブロッサム家の保護下にあることを示すものであった。
「いいのか、こんなのを書面にして」
内容に驚いた俺は思わず呟いてしまい。それにモーリが反応する。
「え、何かダメなの?」
「別にダメではない。お前は我がBB家の保護下にあることを約すというだけだ」
「エファ様。それは」
「とはいえ、我が家は大した家ではないから恩恵は期待するな。辺境の砦を守護する任を負う代わりにもらったオマケみたいな家名だからな。砦の名をそのまま家名にするあたりで適当さが判ろうというものだ。それでも身分証代わりにはなる。旅を……するのだろう?」
「うん!」
「いい返事だ、メメン・ト・モーリ。ブルーブロッサム砦城主エファの名において、お前に課した禁足を解く。いつでも好きな時に旅立つといい」
「エファ様!」
非難するように思わず声を上げたモリィだが、それをエファは軽く手を上げて抑えた。
「明日、兵士5名が領都に向けて発つ。それに同道していけば安全だろう。モリィ、あなたもだ。酒はその辺で止めておけ。他の民間人も一緒に行くことになるだろう」
「え? エファ様、いったい……」
「あ、あの、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
困惑するモリィを置いてモーリがエファに尋ねる。
「なんで、やさしいんですか?」
心底不思議そうな少年のあどけない表情と右目に咲く薄青いシリカ族の花……ブルーブロッサムを見つめながらエファの口元がほころぶ。
「特に理由はない。キミは偶然、私にとって大事なものを持ち帰ってくれたが、基本的にはキミの身がどうなろうとどうでもいい。その上、キミは少々おかしなところもある警戒すべき相手だ。……だが、基本的には善良で素直で働き者で健気な弱者だ。持つ者として少し位、贔屓したいと思っても不思議ではないだろう」
「? よくわかりません」
モーリのことを好きになったってことさ。
「ボクのこと好きなんですか?」
「バッ、カなことを言うな」
少年の不意の言葉に少女は赤面し狼狽える。
「お姉さんはなんてお名前ですか? ボクの名前はモーリです」
いままで知らずに応対していたモーリ。何気に肝が据わっている。
一方、少年が名を憶えていなかったことに軽いショックを受けながら、少女は、エファだ、短く答える。
「よろしくお願いします、エファお姉さん」
にっこりと笑うモーリと、気恥ずかしそうにしているエファ。そしてそれをニヤニヤしながら笑ってみているモリィとオレ。
はー、たっといわぁ、眼福眼福。
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舟をこぎ始めたモーリは、寝ちゃっていいよ、とエファとモリィの言葉を受けてそのまま夢の世界に落ちていった。
「……で、エファ様。明日砦を発てだなんて、一体どういうことですか」
「東に送った調査隊が戻らん」
その言葉にモリィは息をのんだ。
「まさか、シリカ族!?」
「いや、違う。シリカ族はもういない。奴らの住処は“魔”に飲まれた。その報告を最後に調査隊からの連絡が途絶えたのだ。一縷の望みをかけていたが、モーリ少年を探すために行使したギルガーの探査魔法が偶然魔物の集団を捉えた。それが昨晩のことだ」
「魔物……で、ですが、ここに来るとは限らないのでは?」
「それならそれでいい。だが“魔族”の習性からそれは期待薄だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。魔物じゃなくて魔族、ですか?」
すっかり酔いの醒めたモリィの言葉に、エファは悪戯っぽく笑う。
「魔物の数、およそ50。その多くはヒト型を有し、魔族の兆候を示している。そしてそれを率いているのは調査隊の兵士……だった生ける死者だ。ただのゾンビーならば良いが、ヒトの思考能力を残していたならば……間違いなくここに来る」
エファの言葉にモリィは言葉を失う。
「今のペースなら二日後にはここにやってくると予測される。早馬を出したが増援が到着するまで早くて六日。間に合わんだろう。だから非戦闘員は全員、避難してもらう」
顔色を青くしながらもぐっと口元を引き締める女と、震える身体を気力で抑え込み剣の柄に手を置く少女。
二人の女性はしばし見つめ合ってから、どちらからともなく幼い少年に視線を向けた。
「彼を頼む」
「承りました。どうか、ご武運を」
「ああ。私とて犬死するつもりはない。精々足掻いて見せるさ」
覚悟を決めたたっとい少女の姿をそっと覗き見ながら、オレは独り言ちた。
さて、困ったな。




