(17)見えないモノ
オレとモーリとギョローメを含む砦の兵士数名は何日かに一度、一緒に薬草採取に出るようになっていた。ギョローメは兵士としての任務のついでに身寄りのない浮浪児の面倒を見ていることになっているが、その実、モーリの見つけた群生の恩恵目当てだ。
実際ギョローメ達も、探す手間なく安定して薬草を採取できるその楽さを実感してからは、オレが監視しなくても自然と大きくなり過ぎた葉だけを採取するようになっていた。
--てってけてー、ギョローメの採取スキルがアップした
--まじ、そんな感じだな
--冒険者上がりの兵士達と、お貴族様子飼いの兵士との間でも色々あったらしいね
--そんで拗ねて犯罪行為か
--何処の世も人間関係はわずらわしいねぇ
--それとマウンティング合戦の無駄な会議を無くして業務に集中したい
--うん、そういう煩わしい、ドロドロしたものからモーリは離しておきたいな
--さんせー ×いっぱい
薬草の葉が育つのを待つ間は、お休みだ。
宿の部屋はそのまま借り続け、親父さんの飯を毎日モーリに腹いっぱい食わせ、よく眠らせ、砦の内外を散歩したり、走り回ったりと遊ばせた。
最初、遊びというものをモーリは理解できていなかった。
空いた時間というのはひたすら体力を回復させ、温存するだけの時間であり、暇つぶしをするという発想が無かったのである。
そこで、久々にドッジボール大の怪球のオレを出し、おいかけっこをしたり、かくれんぼをしたりしたら、ちょっと失敗した。
おいかけっこで追いかけられらモーリがガチ泣きしてしまった。どうやらシリカ族に居た頃のことを思い出したらしい。
またかくれんぼの際には、オレが見つからず、やはりギャン泣きしてしまったモーリ。
見かねて出てきたオレ(怪球)に抱きついて、しばらく離してくれなかったほどだ。
当然、砦の中でオレが姿を現すわけにはいかないので、遊ぶのはもっぱら砦の外だ。
結局おにごっこは、オレが逃げる側に回り、且つ、見える範囲から離れないようにしていた。
また、最近のモーリのお気に入りは木登りだ。
自分の手足で踏破するのが楽しいらしく、念の魔眼で手を貸したら怒られた。
だが、調子の乗って上りすぎて、降りられなくなることもしばしばなので、そんな時はオレが念力で降ろしてやる。
「あれぇ」
そんなある日、枝の上に立ち、遠くを見るモーリが、不思議そうな声を上げた。
「ねえ、メメン、あれ見て」
当然オレも見てるよ。っというかオレの見たものをシの魔眼でモーリに見せているのだから当然だ。
……だからオレが見つける側のかくれんぼとかできないんだよな。まあ、それはさておき。
木々の隙間から石造りの小さな構造物が見えた。
砦から徒歩で10分程度の場所だ。離れているというほどではないが、近いという訳でもない微妙な位置だ。多分……
「行ってみよう」
スルスルと樹から降りたモーリが、オレの返事も待たずに走っていく。ああ、もう。
モーリのマイペースに振り回される怪球は嬉しそうに困りながら後を追った。
* * *
そこは予想通り墓場だった。
石造りの建物は納骨堂らしく、また、それ以外にも多くの墓碑銘なき立石が並んでいる。
モーリは墓場を怖がることなく、ブラブラと見て回っていたかと思うと、ふっと気が付いたようにオレに向かって手を振ってきた。うん、癒される。
その中に多くのお供え物が手向けられた一角があった。年季の入った立石には『シリカ族ぶっころし隊』の名が刻まれていた。名前w
「ああ、あの時の彼らの弔いか」
ここに祀られる者の内、少なくない数をオレが殺したわけだな。別にその事自体は特別心が痛んだりはしないが、そうして死んだ人を悼む遺族の姿を目の当たりにすると少々心が騒めく。
「そこで何をしている!」
鋭い声が静かな墓地に響いた。怪球は慌てて影の魔眼でその身をモーリの影に隠す。
現れたのは体格のいい男であった。ギラギラとした精力に溢れた目つきと、手首から先がない右手が印象的だ。
男はモーリの姿を認めると露骨に表情を歪め、ペッ、と唾を吐き捨てた。
「英霊への御供えを漁りに来たのか浮浪児のガキが。ここはてめぇみたいな性悪が来ていいとこじゃねぇ、出てけ!」
言葉と同時に男は杖を振り上げ、モーリに向かって振り下ろした。
驚いて身動き取れないモーリ。いや、シリカ族に散々殴られた経験から、下手な反応はしないことが習い性になっているのかもしれない。
「斥の魔眼!」
オレは影の中から魔眼を使うと、男の杖はモーリを殴った勢いのまま弾き飛ばされ、男は尻餅をつく。どうやら、足も悪いようだ。
「くそっ」
「だいじょうぶですか?」
心配そうに覗き込むモーリに尚も杖を振るう男。まったく。
オレは再度、斥の魔眼で杖を弾くと、杖は男の手から飛び、遠くに転がった。男は、左手を地面について立ち上がろうとするが、足も上手く動かないようでうまくいかない。
モーリは、ととと、と走り杖を手に取ると、走って戻ってきた。
「どうぞ」
両手で持った杖を男に差し出すモーリ。ええ子やぁ。
その姿をしばらく睨み付けた男は、フン、と言いながらモーリから杖をひったくった。処す? 処す?
立ち上がった男は、モーリを無視して風や動物に荒らされたお供え物を整え、ゴミを掃除し、そして祈りを捧げ始めた。
「邪悪なシリカ族に戦いを挑んだ英霊の方々のことを語り継ぐのは戦友である我らの役目。戦場泥棒の浮浪児如きが英霊を語るな」
爛々と光る瞳で立石を睨み付けながら、男は強い言葉をモーリに向けた。
--なに言ってんだこのおっさん
--大人の男の本気の怒りを、子供に向けるなんて。トラウマになったらどうしてくれる!
「?」
モーリは不思議そうに小首をかしげる。ああ、かわいい、癒される。
「おじさん。えいれい、ってなに?」
子供の素直に疑問に、男は今にも殺しそうな視線をモーリに向ける。やばい、やばい、こんな恐い光景、子供に見せられないよ。
オレはモーリの左目の見る男の姿に脚色を加え、にこやかな表情の映像に差し替えてシの魔眼でモーリに見せた。
「邪悪なるシリカ族の殲滅のために戦い命を落とした方々を英霊としてお祀りし、その英雄的行為を未来永劫語り継ぎ、」
にこやかな表情で罵声を吐く男。これはこれで恐い。
「そっかぁ。えいれいって、死んじゃった人のことなんですね」
男の杖が再びモーリに振るわれる。懲りない奴め。
斥の魔眼で再び尻餅をつく男。モーリの目には自分から座ったように見えているだろう。そういう風にオレが映像を細工してモーリに見せる。
「おじさん。えいれいさん達がおじさんに言いたいことがあるんだって」
「はっ?」
はっ?
オレの声にならぬ声と、男の声がハモる。
「えっとね、『さっさと逃げ出した貴様が俺達を語るな』『隊を捨てて逃げた隊長が偉そうに』『俺達が死んだのはお前のせいだ』『ようやく俺達の声が届いた』『ずっと、憑りついているぞ』、だって」
モーリの言葉に、目に見えて男の身体が震え出した。オレも言葉を失い、映像の修正が間に合わない。
「うん、うん。どういたしまして。じゃあ、ばいば~い」
モーリは何もない空間に向けて手を振りながら、ブルブルと震える男を残して墓地を離れた。
「……モーリ、さっきのは一体?」
「あ、メメンにもあったんだった。『よくも殺してくれたな』『この恨み晴らさでおくべきか』『恨む恨む恨む恨む……』『ま、でも、ゆるしたるわ。サンキューな』、だって」
「え、ちょっと、モーリさん?」
「さん付け禁止!」
「あ、はい」
うきうきと楽しそうなモーリと対照的に、オレの脳裏には“?”がいっぱい飛んでいた。