(15)目覚めて食べて、またおねむ
その日、生まれて初めてお肉を食べて感動し、初めての干し藁のベッドに感動したモーリは、やはり生まれての初めて朝寝坊をした。
「長年のシリカ族での奴隷生活に加えて慣れない旅。疲れが溜まってたんだろうな」
オレはそう考え起こさずにおいたら、そのままモーリは日が暮れるまで眠り続けた。
何度か宿の親父が様子を見に来ていたが、気持ちよさそうに眠っている子供を起こすことなく、そのままにしてくれていた。親父さん、グッジョブ!
宿代は昨日、砦のお偉いさんのギルダーさんが出してくれてるけど、あくまで一泊分だ。シリカ族を襲撃した者達の荷物から硬貨らしいものを拝借しており、まだまだ余裕はあったが、なにか稼ぐ手段を考えておいた方がいいな。
「うん? あれぇ」
そうこうする内、モーリが目覚めた。
モーリには眼球が無い。だから目蓋を通して入る光で昼夜を判断することができない。それでなくても生まれてからずっと地の底で暮らしてきたから、頼れるのは体内時計だけだ。
ほぼ20時間眠り続けたモーリの体内時計は違和感を発し、その情報をうまく処理できずにモーリの脳も混乱している。ようするにモーリは寝ぼけていた。
「メメン……ゆめ? あ、見える。メメン?」
「おはよう、モーリ」
シの魔眼でオレの目で見たものをモーリにも見せる。
このシの魔眼。初めはオレが見たものを幻覚の形でモーリに見せているのかと思っていたが、もっと“視る”と言うことに特化した能力であるようだが、まだ詳しい能力は判らず、使いこなせているとはいえない。
「メメーン、どこぉ」
寝ぼけたモーリがキョロキョロとする。シリカ族の元から旅立ってずっと一緒だった怪球の姿が見えず不安そうだ。
「ここだここ」
影の魔眼で隠れているオレが少し姿を現すと、モーリがにこぉっと笑ってオレに抱きついてくるが、残念。それは無理だ。
すごい音を立てて床に転がったモーリが、あれぇ、と首をかしげる。
「おい! すごい音がしたぞ」
宿の親父が血相を変えて飛び込んできた。
「あ、おはようございます」
床から見上げるモーリがにっこりと挨拶する。それを見て寝ぼけてベッドから落ちたと勘違いした(あながち間違いでもないが)親父が、モーリを片手で引っ張り上げて立たせる。
「宿代、払えるんだろ? もう一泊しておくか?」
既に日も暮れているこの時間だ。宿代を請求されてもおかしくないのに、律儀に聞いてくる親父。このツンデレめ。
「どうする?」
小首をかしげるモーリ。だから、声を出さないようにしろって、もう。
「えへへ、またやっちゃった」
あーもう、かわいいな、ちくしょう。もう一泊お願いしろ。ご飯は肉と野菜多め。パンは少なくてもいい。身体を作る材料優先だ。
「えっと、もう一泊お願いします。ご飯はお肉とパン多めで。お野菜は無くていいです」
って、おい、ちげーだろ。
「えへへぇ」
「ダメだ。野菜も食え。でないと大きくなれないぞ」
ガリガリヒョロヒョロの少年を叱る宿の親父。ナイスだ親父さん。
内と外から叱られて、ちぇーっ、と不服そうな態度を取るが、本気で不機嫌なわけではなさそうだ。
周囲の大人の反応を試してるってところかな?
いいことだ。大人に甘えるのは子供によって必要な経験だ
いっぱい甘やかすぞぉ!
おー! ×いっぱい
今晩の分の宿代の支払いを済ませ、親父さんと一緒に一階の酒場兼食堂に降りていくモーリ。
「ああ、そうそう。城から使いが来てたぞ。起きたら来いってことだ」
「お城?」
この砦は城門から入ってすぐにこの宿や昨日行った万屋などの商店や住居がある。ここは旅人なども使える民間のスペースで、その奥にこの砦を管理する兵士などが寝泊まりする区画があり城と呼ばれている。この砦の主、砦主? 城主? もそこにいるらしい。
「ああ、ギルダー様の呼び出しだ。とは言ってもこの時間だからな。まあ、明日でいいだろ。ギョローメの奴に案内させればいい。アイツはアレでも砦の兵士だからな」
アイツ、兵士だったのか。っていうか兵士がカツアゲとかやってるのかよ、とちょっと呆れる。
それはともあれ、お城ってどう考えてもお偉方の召喚だろ。それでいいのか?
「いいわけないだろ、ふざけるなダード」
宿の親父の言葉に不機嫌な声が重なる。
いま来たとこらしい砦のお偉いさんのギルダーさんが、どっかと酒場の席について、はちみつ酒を注文する。
「おやおや、ギルダー様。お仕事はよろしいので?」
「私だって一服ぐらいはする。メメン・ト・モーリ。いま起きたのか?」
「うん。さっき起きました。こんなにいっぱい寝たのは初めてです。お布団も柔らかくて気持ちいい暑さ、えっと暖かくてすっごく気持ちよかったです」
「……うちの布団が、やわらかい?」
「あのせんべい布団が?」
「暖かいって、あの掛布団、ぺらぺらじゃん?」
モーリの言葉にヒソヒソと周囲の客が噂しはじめ、何人かは目元を押さえている。うんうん、気持ちはわかるぞ。
ギルダーも言葉を失っていたが、咳払いをしてからミードで舌を湿らせる。
「まあ、起きたのなら丁度いい。迎えに来たのだ。一緒に来てもらうぞ、メメン」
「メメン、どっかいっちゃうの?」
行かない行かない。っていうか、ギルダーさんが言ってるのはモーリのことだ。
「ボク? ボク、モーリだよ」
小首をかしげ、不思議そうにギルダーを見つめ返すモーリ。
「……メメン・ト・モーリのモーリ。貴様を城に召喚する。断ることは、」
ぐう、きゅるきゅるきゅるぅ、とモーリの胃袋が激しく鳴いた。どうやらようやくモーリの身体が完全に目覚めたようだ。
「お待ち。肉野菜多め、パン少な目だ」
宿の親父が皿を並べていくと、うわぁ、とモーリが目を輝かせる。ギルダーのことなどは既に忘れてしまっているかのようであった。
「……それを食べてからでいい」
ギルダーは憮然としつつもミードのお替りとつまめるものを注文した。
* * *
野菜をそっと脇に寄せるモーリと念の魔眼でそれを元に戻すオレとの攻防の後、暗闇の中、宿を離れたオレ達とギルダーは城に向かった。
とっぷりと陽も暮れ、灯りの油やロウソクを節約するため、多くの者は既に眠りについているが、城壁の周りには常にかがり火が焚かれている。
「ライティング」
魔法を唱え、杖の先に明かりを灯したギルダーに先導され、モーリは暗闇を歩く。
暗い中歩く少年を、ギルダーは気にした様子を見せていたが、オレの目は暗闇でもある程度見通すことができるし、モーリは元々視力を持たないため暗闇を恐れず、足取りは危なげない。
民間区画と石壁で区切られた中には広い空間がある。練兵場だろうか。
城壁と半ば一体化した石造りの建物が城であるらしいが、居住性に乏しく内部の通路も狭い。
そんな狭い階段を上り、明らかに空気の異なる一室に連れてこられた。
そこは獣脂ではなく蜜蝋らしいロウソクの明かりが灯る部屋で、タペストリーが掲げられ、家具には装飾が施されていた。
「ギルダー。その者か」
そしてそこには先客がいた。
「はい、城主様」
ソイツはまだ若い女であった。刺繍の施された服装を見れば、その地位が予想できたが、まさか城主がこんな若い娘であったとは。
ふぁあ、と満腹になったモーリが欠伸をしている。良い子はとっくに寝ている時間なのに、無理やり呼び出しやがって。良い子の味方、怪傑目メ~ンの正義の怒りがふつふつと沸き上がる。
「……本当にこの者か?」
「はい。ほぼ丸一日寝ておりまして、つい先ほど目覚めたばかりとか。更に空腹であった故、食事をさせてきました」
「私を待たせて食事か?」
少し酒気を帯びたギルダーを城主がギロリと睨むが、髭の男は、はて、ととぼける。
「……まあ、いい。それで満腹になって今にも寝そう、という訳か。子供だな」
「はい、子供です」
部下のとぼけた返答に口をへの字に曲げた城主がボロボロの服を纏ったガリガリヒョロヒョロの眠そうな少年を睨む。女性と言うには若すぎ、少女と言った方がしっくりきそうな人物であった。
立ったまま、必死で眠気に抗する少年。シリカ族にいた頃ならとっくに殴られていただろう。
「名は?」
城主の誰何を数度受けてから、初めてモーリは自分への問いだと気が付く。
「モーリです。あとメメン。メメンとモーリ、です」
「……そうか。モーリ、そこに座れ。眠ければ寝ても良い」
「はい。ありがとうございます」
ぺこん、と頭を下げて椅子に座り、数秒もしないうちに寝息を立て始めるモーリ。ある意味大物だな。
「さて。これについて話を聞かせてもらいたい。如何かな、メメン」
それは小さな金属片。昨日、両替した際に出したものだ。
そして、少女城主の対応から、既にオレのことを把握しているようだ。
「メメンとモーリ。キミが二重人格なことは既に分かっている。モーリ君ではなく、より事情に明るそうなメメン君に話を聞きたい」
ギルダーの言葉にオレは内心苦笑する。
なるほど、そう思われているのか。まあ、キノコの化け物とバレるよりもはその方がましか。ここは乗っかっておくか。
「『どういうつもりかは知らんが、モーリに手を出したら許さないぞ』」
眠るモーリの左目だけがギョロリと見開かれ、少女城主とギルダーを睨み付けながら、モーリの身体を操って言葉を発するオレ。
睨まれた二人は目に見えて動揺していた。あっさりオレが応えたので驚いたのかな?
操の魔眼でモーリの身体を使って間接的に喋っているが、イメージ的にはチャットでテキストを打ち込んでいるような感覚だ。おかげで口下手、陰キャ、コミュ障気味のオレ&オレらでも普通の会話ができる。
「! それは貴様の返答次第だ。ここはヒト種の境界の砦。危険と判断すれば排除する」
随分と素直な言い方だな。ギルダーさんが無表情を装っているけど、視線で少女に合図を送っている。通じていないけど。
この少女城主、腹芸とか出来なさそうだな。まあ、腹黒少女よりもは、素直なほうが好感が持てるな。
「『敵対する気はない。が、降りかかる火の粉は存分に払わせてもらう』」
「貴様!」
「エファ様。最初からケンカ腰ではまとまる話もまとまりませぬ」
見かねたギルダーが口を挟むと、ハッとした少女城主が警戒する視線をこちらに向けながらも口を閉じる。
「失礼した、メメン殿。そうお呼びしてもよろしいか?」
何故か丁寧語で聞いてくるギルダー。
「『それでいい。で、一体全体何の用だ? モーリは生まれてからずっとシリカ族に虐げられ、疲れ切っている。それが自由になり、慣れぬ旅路でようやくこの砦まで辿りついて、昨晩、やっとゆっくり休めたんだぞ。そんな子供をこんな夜遅くに無理やり連れてきて、つまらん用事だったらマジ、切れるぞ』」
オレが二人を睨み付けると、冷や汗が吹き出し、足が笑い出す少女城主とギルダー。
「し、失礼した。そんなつもりでは、その、すまない」
少女が少し怯えた目でオレ=モーリの左目を見つめる。そんなに怖いか、オレ?
そう疑問に思うと突如、オレの視界が変わった。正しくは無数にあるオレの目に映る沢山のモニターの中に新たな映像が加わった感じだ。
その視界に意識を向けると、その中にモーリの姿があった。
「これ、この娘の見ているものか?」
シの魔眼の力で少女の目を通して視るモーリ……正しくはその左目に収まったオレは、なんというか、おぞましかった。また、心なしか黒いオーラのようなものが背後に漂っている。オレって他の人からこう見えていたのか?
オレは影の魔眼を常時発動させて影に隠れていたが、その力に意識を向けると黒いオーラが薄まっていき、さらに強めると少女城主の目に映るオレから黒いオーラが完全に消えた。
ヤバい、ヤバい。知らず知らずのうちに、オーラみたいなもので威圧してしまっていたみたいだ。
目に見えて城主とギルダーがほっと息を吐いている。これは危険人物扱いされても文句言えねぇな。
「『こちらこそ失礼した。つい殺気を放ってしまった』」
「殺気? あれが? あ、い、いえ、お気になさらず」
遂に少女城主も丁寧語になっていた。
ふうぅ、と三者三様のため息を吐く。
「改めまして、メメン殿にお伺いしたいことがあります」
「『伺おう』」
オレの中の社会経験のある者がビジネスモードで平静を装う。
「この徽章を入手された経緯、並びにシリカ族を攻撃した者達について、知っていることをお教え願いたい」
「『この徽章は?』」
「私の、父上のモノだ」
徽章を前に視線を落とす少女の言葉に、なるほど、と納得する。
「『……お悔やみ申し上げます』」
「……ご丁寧にありがとうございます」
親を亡くした少女に、オレは自分のこと以外の知る限りのことを話した。
シリカ族に攻撃を仕掛けた人間を中心とした者たちの戦いの様子と敗退。しかし、シリカ族に生きたまま囚われた者は一人としてなく、全員が死に、一人としてシリカ族の苗床になっていないことを伝えた。
「疑うわけではございませんが、どうやってそれをお知りになったのですか?」
「『その疑問はもっともだ。オレの力、とだけ言っておく。詳しく教えるつもりはない』」
「シリカ族の数は減らせた。それは間違いないのですね?」
「『ああ。それは保証する』」
減ったどころかゼロだけど、まあ、嘘は言ってないよな。
「はああああぁ」
少女は椅子にもたれ掛かり、長いため息を吐いた。
「エファ様。予定通りシリカ族の根城に調査隊を派遣します」
「ええ、ギルダー。そうしてちょうだい」
調査隊を出すのか。まあ、オレの言葉だけじゃ信じられないもんな。もう、シリカ族の脅威はないわけだけど、わざわざ教える必要もないか。オレがシリカ族を全滅させたなんて知れたら、余計に危険視されちゃうしな。
「それで、メメン殿。これから、その、モーリ君とはどうされるつもりか?」
「『しばらくはこの地に逗留させてもらいたい。見ての通りモーリの身体は貧相で長旅に耐えられそうもない。何かできる仕事をさせながらよく食べさせ、良く眠らせてやりたい』」
ギルダーはエファと呼ばれた城主を窺う。
「……その少年の持つ金品は攻撃隊の荷物を奪ったものですね。貴殿の戦場泥棒については父の徽章を持ち帰った褒美として不問とします」
おっと、初めにマウントを取りにきたな。
「他の徽章など、個人を特定できるものについては全てこちらで引き取り、遺族に届けます」
「『承知しました』」
モーリの口を借りて喋るが、起こさないよう注意して、念の魔眼で財布の袋を持ちあげ、中身を取り出していく……ん?
エファが口をあんぐりと開けているし、ギルダーが魔法の杖を構えて何か魔法をかけている。
あ、いきなり財布が浮いたらそりゃびっくりするよな。ポルターガイストだ。ラップ音でも鳴らしてみようかな。
「『オレではわからない。必要なものがあったら取ってくれ』」
オレは平静を装って財布の中身をテーブルの上にぶちまける。
「そ、そうですか。では、そうさせていただきます」
「わ、私も」
二人もまた平静を装って、オレや、プカプカ浮いている財布から視線を逸らした。
結局その夜、モーリはそのまま城の一室で一夜を明かすことになった。