(14)目をつけられる
どうも、目茸です。
モーリに暴力を振るったギョロ目のチンピラを思わず魔眼で威圧してしまったが、その後の手のひら返しからのあまりの小物っぷりに、一周回っておかしくなってきた。
モーリきゅんに痛い思いさせたのは絶許!
でもモーリはもう気にしていないみたいだよな
痛みとか他人から向けられる悪意に鈍いというか、慣れ切ってる感じなんだよな
空腹を我慢するのも慣れてる感じ
嫌なこと、いっぱいあって、慣れなきゃやってられなかったんだろうな
………………………
あー、もっと甘やかしたい
お腹いっぱい食べさせたい
健康で文化的な最高限度の生活をさせてあげたい
最高限度w 世界征服でもして、モーリきゅんを王様にしちゃうか
必要とあらば!
それをモーリが望むか?
あー
あー
あー
なんとなく最高限度の生活でも、最低限度の生活でもニコニコしているイメージしか沸かない。
「メメンが一緒なら、ボク、それだけでいいよ?」
中の人ズの独り言にぶっ込まれるモーリの言葉。その不意打ちにオレの中の人たちが身もだえている。
最近、モーリガチ勢が増加の一途をたどっている気がしてならない。
「えっと、メメンの兄貴?」
いぶかし気にギョロ目が問いかけてくる。モーリの今の言葉は普通に口に出ていたのだ。
「? ボク、モーリだよ?」
「あ、失礼しやした」
と言いつつも、困惑したようにキョロキョロと視線を彷徨わせるギョロ目。うん、気持ちはわかるぞ。
そんなこんなで、ギョロ目の案内で砦内の商店にやってきた。
屋号などは出ていないが、意匠化された瓶と麦と鍬のマークと天秤のマークが描かれていた。万屋と両替商を示す印章だろう。
「おう、邪魔するぜぃ」
ギョロ目が騒々しく店に入ると店主らしい女性が露骨に顔をしかめた。あーもう。
「なんだぁ、その面ぁ、なんか文句あんのかぁ。ただでさえブスが余計に、ぷぎゃあ」
重の魔眼三倍!
女性の容姿をこんな無遠慮に
ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない……
「……ギョローメさん。メッですよ」
「へ、へい」
押しつぶされながら、カクカクと首肯するギョロ目。まったく、こいつは……。
「モーリ。硬貨ぜんぶと一番小さい宝石を出して両替してくださいってお願いするんだ」
オレはモノの声を聞くモーリだけが聞こえる声で指示する。
「うん、わかったよメメン」
また口に出てる。ほら、店主のお姉さんも困った顔してる。
「これ、“りょうがえ”してください」
両替のイントネーションが少しおかしくなったが、通じはしたようだ。しかし、いぶかし気な顔を見せる。
「あ、兄貴。言っていいっすか」
「うん、いいよ」
「これとこれ、この辺は全部、そのまんま使えやすから両替は必要ないっす」
「そうなんだぁ。ありがとう、ギョローメさん」
「……一体全体どういうことだい」
女店主の困惑した様子に、自分が何か失敗しちゃったと思ったモーリが慌てて言葉を次ぐ。
「ボク、オカネって使ったことないんです」
店主がギョロ目に目を向ける。
「オレも詳しいことはてんで。シリカ族がどうとかとしか」
「ボク、ずっとシリカ族のとこにいたの。お母さんとシリカ族以外の人とメ、ボクを助けてくれた人以外に合うのは初めてなんだ。だから、ギョローメさんやお姉さんとお話できてすっごくたのしい」
ニコニコと微笑む少年の姿に、店主は目元を押さえ、ギョロ目さえ上を見て目をしばたかせている。
「あんた! この子を食いもんにしようとしてるんじゃないだろうね!」
女店主が麺棒を握りしめ、ギョロ目を威嚇する。
「するわけねぇだろ、そんなおっそろしいこと、もう考えてねぇ」
もう、ね。ま、素直でよろしい。
「なるほどね。ただモノじゃないってことか」
先ほど目の前でギョロ目が地面に押し付けられた光景を見ていた女店主は、改めてモーリを見てひとり納得している。
そんなこんなで、無事両替も完了した。
適正かどうかは判断できないが、女店主の態度から信頼してもいいだろう。
ただ、一つ問題があった。
「こっちの硬貨はこの辺じゃあ使ってないやつで、二束三文だねぇ。あと……これは!」
女店主は硬貨に交じった金属片を一つ摘まみ上げた。
「これは、どこで?」
「えっと」
答えに窮したモーリに、オレが助け舟を出す。
「えっとぉ……このおカネや宝石と一緒に、ボクを助けてくれた人が渡してくれたんです。なんかシリカ族に攻め込んできた人たちの荷物を、はいしゃく? したって」
「その攻め込んだ人ってのはどうなったんだい?」
ああ、そうか。例の襲撃者の生き残りはこの砦に逃げてきていた。この砦の人が襲撃の詳しい経緯を知りたがるのは当然か。
まあ、別に秘密にしておくこともないか。
「んっとね、みんな死んじゃったって」
「……そうかい」
はぁ、と深い息を吐く女店主。
「ってことは、またシリカ族が増えるのか。だから攻撃なんかやめときゃ良かったんだよ」
吐き捨てるようなギョロ目の言葉に、殺さんばかりの目を向ける女店主。シリカ族がどうやって増えるか知ってるんだな。その意味ではギョロ目の意見はもっともだし、でも店主さんの気持ちもよく判る。
あーどうすっかなぁ。知ってるのに伝えられないのはストレスだなぁ。
「メメン。何か言いたいの?」
こらこら。また声が出てるぞ。ほらいぶかしげな顔されてる。
「メメン?」
小首を傾げるモーリ。その仕草、ずるいぞ。まあ、いいか。モーリ、少し体借りるぞ。
「うん、いいよ」
いぶかし気なギョロ目と女店主の前でモーリの首がカクン、と落ちる。
そしてそれがゆっくりを顔を上げると二人の身体が震えた。
「『店主。彼らは全員死んだ。しかし誰一人シリカ族の苗床にはされていない。自ら死を望み、敵に利することのない名誉ある死を迎えた。彼らの命は一つとして汚されていない』」
モーリの口を借りたオレの言葉に女店主が眼を見開く。
「本当かい?」
「『本当だ。オレが見届けた』」
女店主はモーリの手を取り、ありがとう、と静かに頭を下げた。
…………………………………………
追加料金を払い、その日モーリは生まれて初めてお肉にかぶりつくという経験をすることになった。
「お肉っておいしいね」
目を輝かせるモーリの姿にオレは実に満足であった。
モーリきゅんの喜ぶ姿だけでご飯三杯いけます
中の人の言葉に苦笑しつつ、オレもそれに同意した。
* * *
砦の城主に仕える魔法使いギルダーは、雑貨屋の主モリィからの報告を最初信じられなかった。
しかし、彼女が持ってきた金属片……徽章を見て、信じざるを得なくなった。
それは三月ほど前に行われたシリカ族への攻撃に参加した先の城主の徽章であった。
近隣の諸種族に声をかけ、憎っくきシリカ族を打つために編成された数百の軍勢。しかし生きて戻ったのは数えるほどであった。
シリカ族をどれだけ減らせたかは知れぬが、捕虜になった人数によってはむしろ藪蛇となる愚行とそしられる恐れもあったが、それを押してもシリカ族憎しの攻撃には一定の支持が集まるのが常であった。
だが攻撃の結果は誰にもわからない。勝利しなければ倒したシリカ族の数と、捕まった捕虜の数を比較することもできないため、いい方にも悪い方にも政治的に利用される恐れのある、そんな軍事行動であった。
それ故に誰一人捕虜とならず、シリカ族繁殖のための贄にもされていないという証言は非常に大きな意味を持っていた。
「あの少年、メメン・ト・モーリといったか」
シリカ族のモノと思しき薄青色の花を右目に咲かせ、難攻不落のシリカ族から何者かによって救い出されたと主張する少年。
そして……
「大の大人を手も触れずに制圧する不思議な力と、人が変わったかのような様子。何かの本で読んだことがあるな。たしか、二重人格、と言ったか」
少年から詳しい話を聞く必要がある。それとシリカ族への調査団の派遣に攻撃に参加した諸族への連絡。何より、
「お父上のことを城主のお耳に入れねばな」
魔法使いギルダーは報告の仕方を考えながら現城主の元に向かった。