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 丘の上に続く道は一本しかなく、しかも九十九に折れているので上るのにひどく遠回りをしなければならない。

 そして丘の上の城壁の上からは兵士がこちらを見張っている。

「オレは喋れないし、オレみたいな存在(モノ)を連中がどう扱うかわからない」

「う、うん」

 まあ、その意味ではモーリの右目の薄青色のシリカの花も警戒されるかもしれないが、その辺は出たとこ勝負だ。

「だから連中との受け応えはモーリがやるんだぞ」

「ぼ、ボクが。で、きるかな?」

「もちろんアドバイスはする。心の中で話しかければいくらでも相談できる」

「だ、ダメそうだったらメメンが喋ってくれる?」

「操の魔眼は極力使わない。それにこれから旅を続けるためにはモーリ自身、色々できるようにならないとな」

「う、うん。がんばる」

「ほら、もうすぐ着くぞ。じゃ、ガンバレよ、相棒」

「う、うん!」


      *     *     *


 ボロボロの衣服をまとった子供の姿に砦の兵士は戸惑った。

 パッと見では都市部でよく見かける浮浪児のように見えるが、そもそもこの辺りに浮浪児が生きられるような貧民街などない。かといって開拓民の子かと言えば、そういう感じもしない。貧しいとはいえ開拓民の子供だってもう少しましな格好をしている。

「止まれ! 何者だ!」

 城壁の上から誰何されると子供は慌てて顔を上げた。その姿を見て誰何した兵士の方がたじろぐ。

 その子の右目には薄青色の花が咲いていた。アクセサリーか? 浮浪児が?

「あの、旅の者です。中で休ませてください」

 それはごく普通のよくある理由だ。行商人や冒険者や傭兵など、様々な理由でこの境界の砦を訪れる者は多い。そしてそういった連中が探索や狩りや襲撃のベースキャンプとしてこの砦を使うため宿や商店なども砦の中にはある。

 だが、手足の細い子供……男の子か? はそう言った身一つで商売するフリーランサーには到底見えなかった。

「どこからきた」

 そう問われると、少年は、うん、と考え込み、まるで誰かと会話しているかのように、うんうんと何度か頷いていた。

「あっちの方。えっと、太陽? お日さまの上る方から少し左の方からです」

 その言葉に兵士は困惑する。

 兵士は当然、少年はここより西から来たと思っていた。行商人か、奴隷商かどっかから逃げ出したとか、そんなところだろうと思っていたのだ。

 しかしここから東にはノーマンズランドが広がっているだけだ。

「ウソをつくな! 東に人の住む集落はない」

「ウソじゃありません。ボクはずっとシリカ族のところに居ました」

「!」

 その言葉に兵士は言葉を失い、改めて少年をよく見る。

「その薄青色の花は、シリカ族の……」

「ん? えっと、はい。ずっとシリカ族のところに居ました。あるヒトに助けられて逃げてきました」

「ちょ、ちょっと待て!」

 途端に兵士は角笛を数回吹き鳴らした。それは襲撃などの一刻を争う緊急事態ではないが、門兵では判断のできない異常事態を知らせるものであった。

 しばらくして、城壁の上には髭をたくわえ、杖を携えた年配の男が現れ先ほどと同じ問答が繰り返された。

「ふむ、嘘はないようだな。お前を助けたというのは何者だ」

「えっと、うん? あ、その、言えないんです。そのヒトは言わないでほしいって。だから、その……ごめんなさい」

 答えられないことに少年は頭を下げる。年輩の男はその言葉に嘘がないことをやはり魔法で感じ取り、恩人との約束を律儀に守る少年に、好感をいだく。

「よかろう。入城を許可する。今晩一晩分の宿と食事は私の方で手配しよう」

「あ、オカネ、ですか? これで足りますか?」

 そう言って少年は袋から宝石や硬貨を取り出して見せた。少年の表情からは警戒心も邪気も感じられなかった。

「……仕舞っておきなさい。そういうものは無暗に出してはいけない」

 少年はシュンとなって、はい、と素直に応じた。年輩の男が知る由もないが、声なきモノからも同じように叱られていたのだった。

 少年の素直な姿に年輩の男の口角が緩む。

 こうしてようやく城門が開けられ、少年は境界の砦に招き入れられた。

「ほらこれ、入城許可証だ。無くすなよ」

 最初に対応していた兵士から木札を渡された。

「うん、ありがとうございます」

「あ、そうだ。名前は?」

 兵士が帳面を手に持って問うてきた。

「ボクの、ですか?」

「そうだ。砦に入るものは全員、名前を記録する決まりなんだ」

「ぜんいん? わかりました。ボクはモーリです。あとメメンも」

 ちょ、ま、と声なき声が慌てるが、当然少年以外には届かず、また少年もテンパっていて声なき声に対応できていない。

「モーリ、いや、メメン? どっちだ?」

 当然、兵士も困惑して聞き返す。

「メメンとモーリ、です」

「メメン・ト・モーリ、ね。了解」

 こうして人間社会において少年の名はメメン・ト・モーリとして記録された。


      *     *     *


 城門から城壁に中に入ると、いくつかの建物が並んでいる。商店のようだ。

「そっちに行くと左手に宿がある。そこでギルガー様の名を出せば食事と部屋を用意してくれる手筈だ」

 兵士がそう教えてくれる。

「ギルガーさま?」

 モーリが小首を傾げながら問い返す。

「さっきの髭のおっさんだ」

 自分よりはるかに上位の人物をおっさん呼ばわりした兵士は、しーっと指を立てて言い、モーリは意味がよく判っていないかのように、反対側に首を傾げた。

「ま、すぐそこだけど気を付けて行けよ」

「うん」

 兵士に見送られて、モーリは教えられたほうに歩いていく。

「こっちかな?」

 ひだり、ひだり、と唱えながら建物と建物の間の薄暗がりを覗き込むと、少年を窺っていたギョロ目の男と目が合った。

「?」

「ちっ」

 素早く男が少年を腕をつかみ、暗がりに引きずり込む。腕が抜けそうなほど痛かったがシリカ族で散々苛まれてきた少年は声を殺してその痛みに耐える。

 その為、兵士らがその事に気づくことは無かった。

「まったく順番が狂っちまったぜ」

 男は腕をねじり上げ、モーリの口から苦悶の呻きが漏れるが、口が押えられくぐもった声しか漏れない。

「おう、これ以上痛い目にあいたくなきゃ静かにしな。さっさとさっきの宝石を出しな」

 ギョロ目の男が覗き込むようにモーリに(ガン)をつける。その恫喝は堂に行ったもので、普段からこういうことに慣れているようであった。

 だが、男を見上げる少年の視線に、逆にギョロ目の身体が、ビクン、と震える。

 まるで少年が突如、別のナニカが憑りつかれたかのような豹変ぶり。まるで奈落の底を覗き込んだようなその“ガンつけ”にギョロ目はちびりそうになっていた。

「な、な、なんだ、おめえは?」

「『あっ!?』」

「サーセンしたぁ」

 中の人 (モーリガチ勢)の偽らざる感情の籠った声に、ギョロ目は即座に土下座していた。それは本能に従った生存のための正しい選択であった。


 …………………………………………


「さ、さ、兄貴。こちらでございます」

 強い者に弱く、弱い者にはめっぽう強いと評判のギョロ目のチンピラは、ガリガリヒョロヒョロの浮浪児を下にも置かぬ扱いで宿に案内していた。

「ありがとう、えっと」

 右目に薄青色の花が咲いている以外はごく普通?の浮浪児が、こてん、と小首を傾げながらギョロ目のチンピラにもの問いた気な表情を向ける。

「あっしのことはギョローメとお呼びください。へへへ」

 火が起こせそうなぐらい高速で揉み手をするギョロ目のギョローメ。

 その宿は一階が酒場兼食堂で二階、三階が泊まれるようになっていた。

「あのう、ギルガー様にここに泊まるよう言われました」

 カウンターが高すぎて、つま先立ちになるボロを纏った浮浪児の少年と、鼻つまみ者のチンピラを交互に見て難しい顔をする店主のオヤジ。

「あのぉ?」

 尻すぼみで小さくなっていく少年の声。

「おうおう、兄貴が言ってんのが聞こえねーのか、ああん、げぴゅっ」

 店主に凄んだギョロ目が地面に押しつぶされた。まるで彼の周りだけ重力が強くなったかのようであった。

「さ、さーせん、あにき」

 ギョロ目を見下ろす少年の左目がふっと緩むと、その拘束も解かれた。

「ギョローメさん。お店の人に迷惑かけちゃいけないと思います」

「兄貴のおっしゃる通り。もっともでごぜぇやす」

 ヘコヘコするチンピラと少年をもう一度、見比べてから店主は少年に視線を向ける。

「話は聞いている。字は書けるか?」

 首を振る少年。

「じゃあ、名前は?」

「メメンとモーリ」

 店主は入城許可証に記載された名と相違ないことを確認して宿帳にメメン・ト・モーリと代筆する。

「2階の一番奥だ。食事は日暮れの鐘から次の鐘までの間だ」

「うん。えっ? うん、うん。わかった」

 少年は突如一人で会話を始め、それから店主に視線を戻す。

「あのう、ご飯にお肉を増やしてください。無かったらお豆で」

「できるが追加料金が必要だ」

「うん、うん? あのう、りょうがえしょーってありますか?」

「……随分難しい言葉を知ってるな。モリィ商店が取り扱ってるぞ。場所は、」

「案内しやす」

 ギョロ目が即座に口を挟んできた。

「じゃあ、ギョローメさん、お願いします」

 大丈夫かよ、という他の客や店主の視線に見送られながら浮浪児の少年と鼻つまみ者のチンピラは連れ立って出ていった。


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