(12)見たことない
目玉の化け物と元奴隷少年、即ちメメンとモーリが旅を始めて数日。
しかし、いざ旅を始めてみると色々と上手くいかないことばかりだった。
キャンプの知識などない二人は、雨露をしのぐ術も持たずに出発したり、道なき道でモーリが滑落したり、獣を狩っても捌き方が判らず結局キノコだけがモーリの食事だったりと、失敗の連続だった。
また、完全に想定外だったのはモーリの体力が思った以上に無く、度々休憩を必要としたことだった。
モーリは鉱山育ちなので体力があるかと思えばそんなことは無い。体力と言うのは与えられた負荷に伴う栄養補給があって初めて身につくものだ。まともな食事を与えられてこなかったため、体力も筋力も乏しいのだった。
それらのトラブルをその都度、メメンの魔眼で解決しながら、二人はわずかな痕跡の残る道を進んでいった。
* * *
モーリきゅんにお肉食べさせたい!
「行動のエネルギーだけじゃなく、身体を作る材料も必要だよな。手足細すぎ」
完全な栄養失調状態だな
オレきゅんのキノコ食べて、良くなってるけどまだまだ全然足りないよね
腐女子高生の台詞に、言い方言い方、とツッコみが入る。センシティブなのはいけないと思います。
「でも、獣狩っても捌けなきゃ食えないしな」
野生動物は寄生虫や病原菌のリスクが高い。知識のない者が安易に手を出すもんじゃない
そこはソレ、鑑定で判断できないかな?
他に使えそうな魔眼とかないかな?
都合良く『この魔眼が使える~』って言うのは安易だと思うの
誰に言ってるわけ?
ん~私たちをこんな目にあわせた神様?
まったくもってこんな目にしやがって
……オヤジギャグ?
うっせー、万年腐れリビドー女子高生が
オレの中の人たちの雑多な思念をモーリは楽しそうに聞いている。
今の彼は直径3mほどに大きくなったオレの上に乗って座っている。
体力づくりは安定した栄養が得られる算段が着いてからにし、今は移動を優先させている。
「楽しそうだな?」
「うん。みんなの話、聞いてるだけで、すっごく楽しい」
その気持ちはよく判る。自分からあれこれ喋るわけじゃなくても、会話の輪に入って聞いてるだけで十分楽しい。
一人でイベント行って、楽しい雰囲気に浸るだけで楽しい
一人で推しのコンサート行って、みんなと一緒にサイリウム振るのが楽しい
何やら痛々しいことを言う中の人たち。しかし他のみんなも似たり寄ったりだ。
「メメンと一緒で、ボク、すっごく楽しい」
モーリの屈託のない笑顔に、思わずグッとくる。
「あー、オレも、」
続く言葉は地響きを伴う轟音にかき消された。
「なんだ?」
木の狭間を縫うようになにかが飛び出してきた。
低空をふよふよと浮かんで移動していたオレは避ける間もなく襲撃者の体当たりを受ける。
「あっ」
重の魔眼で無重力化していたオレは踏ん張りが効かず、その勢いのまま弾き飛ばされ、上に乗っていたモーリが放り出された。
「モーリ!」
モーリの左目に居るオレが咄嗟に盾の魔眼を展開して、モーリを守るが、樹に叩きつけられたモーリがズルズルと地面に崩れ落ちていく。
そしてモーリのすぐ近くには襲撃者たる巨大なイノシシ?が居た。
しかし、そのイノシシは明らかに様子がおかしい。目は血走り、ひどく興奮していた。そして背中の部分がブヨブヨとしており、まるで別の生き物が寄生しているみたいだった。
お〇こと〇し様みたい
もしかしたらまんまソレかもな
イノシシはオレとモーリを見比べ、フンフンと鼻を鳴らした後、モーリに狙いを定め、突進してきた。
「斥の魔眼!」
モーリの左目のオレが渾身の力で魔眼を発動させるが、弾き飛ばされたのはモーリの方であった。反発し合う力は双方に同じだけ働く。そして相手の方が遥かに重い。
選択ミスを悔やむ暇はない。
「盾の魔眼!」
オレはモーリの身体を必死に守るが、イノシシの突進力+オレの斥力で弾き飛ばされた勢いが強すぎる。
「長の魔眼、太の魔眼!」
オレはモーリの全身に纏わせた胞子を急速成長させ、十重二十重に柔らかいキノコで包み込み、叩き付けられたモーリの身体を守った。
クッションになったオレは衝撃で潰れたが、モーリは気を失っているだけで外傷はなさそうでほっと胸をなでおろす。
「吸の魔眼!」
怪球の方のオレは全身に目を生やし、イノシシの体力を奪うべく魔眼を使う。するとイノシシの注意が怪球に向き、その隙にモーリを安全なところに退避させる。
しかしシリカ族を全滅させた吸の魔眼をオレは過信しすぎていた。
吸の魔眼には即効性が無く、隠れながら少しづつ無力化するには向いているが、ガチのクロスファイトでは悪手だった。
わずかに体力が落ちても、大きな質量を伴うイノシシの体当たりに再びオレは弾き飛ばされた。そして地に落ちた怪球に巨大イノシシが圧し掛かり、その鋭い牙がオレの身体に食らいつく。
「うわ、食われる」
こっちは地面だ。いけ!
「盾の魔眼、斥の魔眼!」
オレは自分を盾で守りながら斥の魔眼でイノシシを宙に弾き飛ばした。
同じ勢いでオレは地面に押し付けられたが盾の魔眼のおかげでダメージは小さい。一方、高く弾き飛ばされたイノシシはそのまま体勢を立て直すこともできずに、轟音と共に地面に落下した。
やったか?
フラグ禁止!
畳みかけろ!
オレは、いま使える中で一番即効性のある魔眼を発動させた。
「重の魔眼、二十倍!」
あちこち骨折し、血を流すイノシシの自重が突然二十倍になり、更に地面に押し付けられる。
そのまま押しつぶせ
これが限界!
! 麻の魔眼!
麻の魔眼をかけると、イノシシの全身がブルブルと震え、力を失っていく。そのまま重の魔眼で押さえつけるが、命を奪えるほどではない。
このまま押さえつけながら吸の魔眼で体力を吸って……
しかし、地面に押し付けられ、身動き取れないイノシシに変化が生じた。
背中のブヨブヨしたものがまるで何かを吸い込むように脈動し、ゆっくりと形を変じていった。
うそ、だろ?
ブヨブヨしたものは少しづつイノシシと同じ黒の毛皮に覆われていき、ゆっくりと盛り上がり、更に三方に枝分かれしていった。
パキンッ
音がしたわけではないが、直感としてそう感じられ、同時に重と麻の魔眼の力が押しのけられ、解除された。
ゆっくりと起き上がるイノシシ。全身は血だらけで、足を引きずっているが闘志は衰えていない。そしてその背中には茶色の毛皮に覆われたヒトの上半身があった。
その口が開き、何事か呟く。
避けろ!
地面から鋭い槍が飛び出してくるが、オレは斥の魔眼で自分自身を弾き飛ばして高速移動で危うく避ける。
その土の槍は見る間に崩れ去っていった。
「魔法か、よ」
突進力のあるイノシシの体当たりと、その背中に生えたヒト型の魔法。
「やっべ、もっと戦闘用の魔眼、開発しとけばよかった」
重の魔眼も麻の魔眼も既に破られている。斥の魔眼ではこちらが弾き飛ばされる。動、長は自分に対するものだし、増で増やしても、あとは鑑……
「鑑定!」
オレは魔法を避け、突進を盾と斥の併用でいなしながら半人イノシシ……マンボアとでも言うべきか? の猛攻を耐えながら鑑の魔眼を使う。
種族:ノーマンズボア(変異種)
マンボアというオレの命名が速攻で否定された。
それにしても弱点とかなんか解説を期待したが、鑑定はそこまで便利ではなかった。
すると、鑑定結果に新しい項目ができた。その名も『弱点』
キタコレ!
弱点:心臓が止まると死ぬ。出血多量で死ぬ。窒息すると死ぬ、栄養を摂取しないと死ぬ。脳が破壊されると死ぬ。
……………………
つっかえねぇ
あたりまえだろ、こら
脳って、こんだけでっかいイノシシの頭蓋骨とか、すっげぇ堅そう
……窒息、か
オレは直感に従い、身体……怪球を緩め、それを構成する胞子を動の魔眼でイノシシの周囲に移動させる。
「急速成長、火の魔眼!」
オレはイノシシに胞子をまとわりつかせ、それを成長させる。しかしとりつきには成功したがイノシシの養分を直接吸うことは抵抗されてしまった。止む無くオレ自身のエネルギーでそのまま発芽させ、キノコに成長させた上で、その全てのキノコを燃え上がらせた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」
イノシシと背中のヒト型がキノコと炎を払おうとするが、炎を纏ったキノコは既にイノシシの周囲の地面を取り囲んでいる。
その範囲から逃げ出そうとするイノシシ。
「させるか、斥の魔眼!」
オレはイノシシが跨ごうとした地面の燃えるキノコとイノシシの間に斥力を生じさせ、イノシシを宙高く弾き飛ばした。一方、斥力の魔眼を使ったオレは地面に押し付けられてそのままペシャンコになる。
宙にあり、身動きできないイノシシを念の魔眼で姿勢を変え、ヒト型の頭を下に来るようにして、そのまま落下させる。
「重の魔眼!」
抵抗は感じたが、向こうも焦っているのか今度は弾かれることなく二十倍重力でイノシシの背中のヒト型の頭が地面に叩きつけられ、その後、自身の巨体がヒト型を押しつぶした。
そしてひっくりかえった体勢でバタバタしているイノシシにオレの胞子がまとわりつき、出血部に憑りつき、発芽し、炎の魔眼で生きたまま焼いていく。
そして、ほどなく、イノシシは動きを止めた。
「はぁ、はぁ、鑑定」
種族:ノーマンズボア(変異種)
状態:死亡、下処理★4
食材ステータス
味:☆2
香:★2
栄養:☆3
総合:☆1
下処理していない野生動物の焼ける匂いは酷く臭く、特に毛皮の焦げる匂いは耐えがたいほど臭い。
目が痛くなる匂いに耐えながらも死んでいることを確認し、ほっと胸をなでおろすオレ。
正直言って、人間よりはるかに強かったシリカ族を完封したことで、少し調子に乗っていた。
「あれはコソコソ隠れてハメ技で勝っただけで別に俺が強いわけじゃなかったんだな」
と、改めて反省する。その気のゆるみでモーリに危うく大怪我を負わせてしまうところだった。
高所からゆっくりとモーリの身体が下りてくる。モーリの左目の俺が念動で木の上に退避させておいたのだ。
「そっか。オレも上に逃げるって手があったんだ」
色々至らぬ点ばかりで反省点ばかりの一戦であった。
* * *
モーリが目を覚ますのを待ってその場から移動した。イノシシの匂いが別の獣を引き寄せてしまうかもしれないからだ。
「メメン、だいじょうぶ? 痛いとこない?」
「ぜんぜん、ダイジョーブ。モーリこそ、怖い思いさせてごめんな?」
「ううん、ぜんぜん、ダイジョーブ……へへへ」
オレの真似をして喋るモーリ。クッソ可愛いな。
先の一戦でかなりのヒットポイントを失い、エネルギーも随分浪費した。まあそれらはそこいらの森の樹々のエネルギーを吸うなりキノコを生やすなりすれば回復可能なものだ。
しかし問題は、あんなイノシシの化け物 (変異種?)とまた出くわしたらどうするかという点であった。
「即効性のある戦闘手段の研究が必要だな」
そして今回の戦闘で課題も判った。
「大事なのは殺すことではなく、とにかく速やかに無力化することだ」
こちらの質量が大きければ斥の魔眼はとても有効だ。しかし今回のイノシシのように質量+突進力ではむしろこちらが弾き飛ばされてダメージを受けてしまう。
重の魔眼や麻の魔眼は見た相手に即座に影響を与えられるが、抵抗されてしまうことがあると今回判った。それに頼るのはギャンブルのようなものだ。
オレは賭けを好まない。
冒険できない質だよね、ウチら
リスクマネジメントと言ってもらいたい
安全マージン、大事
待って。今はそれよりも安全を優先しようよ
だから今こうして、
敵を倒すことより、敵対しない方が安全だよ
なるほど。拳銃は最後の武器だな
それ、意味ちがう。むしろ戦争は最後の手段、の方が近い
つまり魅の魔眼とかかな?
いや、状態異常は効かないかもしれないからギャンブルである点は変わらない。要は敵に見つからなければいいんでしょ?
なるほど、そっちか
それに私たちってどう贔屓目に見たって化け物なわけで
ああ、人間社会に行くにはどっちにしろオレの隠蔽も必要か
そゆこと
で、どうするんだ?
きまってんじゃん。あたしら隠れオタクや陰キャの必須技能。影の魔眼で影を薄くして注目されにくくするの
常時発動だろ。自分で解除できないやつ
それ、呪いっていうんじゃね
自分で自分を呪ってるみたいなもんだよねw
そんなこんなで影の魔眼を取得した。
気配を殺す魔眼の力のお陰か、その後は獣に襲われることもなく数日を旅し、無事、人の住む領域に到着した。
そこは、シリカ族を襲撃した者達が逃げ帰った場所であり、城壁に囲まれた砦であった。