8話
マリアの『癒し手』の力はラスティアのものとは掛け離れた優秀さを見せた。
王族や貴族だけではない。闘技場の全観衆が見守る中で、見事にワルターは意識を取り戻した。
そこで初めてダルナスの勝利に喝采が起こった。
ダルナスとロマネス騎士団の名が口々に叫ばれる。
ダルナスの剣技はやはり健在であると褒めそやす声。
そしてマリアに対しての賛辞と拍手が闘技場内をいつまでも包み込んだ。
その中を担架に乗せられたワルターが運び出されていく。
それをなんとも情けない顔をしたラスティアが恥ずかしそうに顔を隠しながら後を追った。
自身の結婚相手である王族親衛騎士団の団長は勝負に敗れた。
それに加えて『癒し手』としての能力差も見せつけられた。
ラスティアの高い貴族意識とプライドは、ズタズタに崩れていた。
大歓声の中、ダルナスとマリアは控室に戻る。
しかしダルナスはあまり喜ばしい顔をしていなかった。
どこか反省したような顔つきをしている。
マリアは近寄り声をかけた。
「……どうされたのですか?」
ダルナスはマリアと顔を合わせないまま言った。
「お前にあのような姿を見せたくなかった」
『ロマネスの悪魔』と噂されていることくらい、ダルナスは知っている。
それがどのような意味を持っているかについても。
だからあのような姿はマリアに見せたくなかったのだ。
「ダルナス様……」
「嫌いになってしまっただろ、あんな私を見ては……」
「いえ……」
本音を言えば、マリアは少しだけ恐怖を抱いていた。
それを察することができないほど、ダルナスは鈍感ではない。
「だが信じてくれ。誰にでもあのような戦い方をするわけじゃないんだ」
ダルナス自身、なんとも言い訳がましいことは理解していた。それでもマリアにだけは本当の自分をわかって欲しかった。信じてほしかった。
そこにグラードがやってきた。
「マリア様。団長の言ってること、本当ですよ」
神妙な面持ちのダルナスと違って、何故か不敵な笑みを浮かべたグラードは続ける。
「団長と長年一緒に戦ってきましたが――――ああいうふうになるのって、俺ですら2回目なんですよ。
一度目はロマネス領の領民が盗賊団に無下に殺された時でした。何の罪もない領民が何十人も殺されてね。それを知った時の団長は凄かった。
ひとしきり自分の無力さを嘆いて泣いた後、ロマネス騎士団を率いて盗賊団のアジトに乗り込んだことがありました。
その時に逃げだした盗賊が噂を広めたんでしょうな。
付いたあだ名が『ロマネスの悪魔』。
俺的にはもうちょっと良い名があるだろって思いましたがね。
それ以外ではついさっきのワルターの野郎だけです」
マリアはダルナスを見る。
ダルナスはなんとも居心地悪そうにしていた。
「ダルナス様。私はあなたの妻です。どんなお姿であっても、私は信じています」
「マリア……」
「ダルナス様だって、ありのままの私を認めて下さっているじゃありませんか。だったら妻である私がそうしない理由はありません」
「…………ありがとう」
寄り添うマリアをダルナスは強く抱きしめた。
そんな二人を前にして、グラードは更に続ける。
「それにねぇ。マリア様は覚えてらしゃらないでしょうけど。あれは2年前でしたっけ? 王都にきた時に団長がね……」
グラードはちらと横目でダルナスを見る。
ダルナスは何かを察したらしい。突然慌てだした。
「おっ、おい! グラード! お前何を言うつもりだ!」
「いいじゃないですか。団長。いやぁ。実はね。団長と貧民街を歩いている時にマリア様を見かけたことがあるんですよ」
「え? 2年前ですか?」
驚くマリアにグラードは「ええ」と頷く。
「貧民街。王都にもあのような場所があることを知って衝撃を受けていました。でもそのような場所でも庶民が集まり、楽しそうな雰囲気で話す女性をみかけたんです。
それを見た団長がね。だらしなく口を開けて赤い顔で言うんですよ『なんて素敵な女性なんだ。おい。グラードあれは誰だ。調べてくれ』って」
「や、やめろグラード! それ以上言ったらただでは済まさんぞっ!」
「その話、もう少し聞きたいです」
マリアが興味ありげな目を向ける。意地悪そうに笑う。
「団長の命令だから必死に調べましたよ。そしたら名家オルサリス公爵家の娘さんだと言うじゃないですか。いやぁ、まさか公爵家の令嬢とは参りました。それから2年。毎日のようにマリア様の事を思い出してはウダウダしている団長に付き合うのは大変でしたよ。結婚話が来た時なんてね。くくくっ。聞いてくださいよ。マリア様の名前を叫びながら庭を走り回ったんですから」
「グ、グラードォォォ!!」
赤面するダルナス。マリアも同じように顔を赤らめている。
自らを抱きしめるダルナスの顔を見て問う。
「そ、そうだったのですか……? そんな前から私のことを知っていたなんて初めて聞きました……」
ダルナスは顔を逸らし、答えた。
「し、仕方ないだろ……。あの頃からあまりにも可愛らしかったんだから……」
いつまで経っても言われ慣れないその言葉に、マリアは更に顔を赤らめた。
でも心の中では思っていた。
(こんな私の事をずっと好きでいてくれたなんて……)
――――嬉しい。
オルサリス家では恥ずかしい娘と言われ続けた。
庶民への癒し行為は貴族らしからぬと疎まれていた。
でもだからこそダルナスと出会うことが出来た。
この温かさに触れることが出来た。
「マリア様。そんなウブな団長が『悪魔』なわけないでしょう? それだけは団長に忠義を誓ったロマネス騎士として私が保証しますよ。
まあもっとも。こんなにも毎日のようにマリア様の事を好きだ好きだと言いまわっているんだから、いまさらかも知れませんけどね」
グラードはケラケラと笑った。
ダルナスは憮然とした表情をしている。
マリアはグラードの優しさに微笑みを返す。
そしてダルナスの名を呼んだ。
「ダルナス様」
「……な、なんだ」
「私はダルナス様に出会えて幸せです。最高に幸せです! ……わ、私もダルナス様が大好きですから!」
ダルナスはマリアからの突然の告白に目を大きくした。マリアのことをやっと見る。
そして妻の髪を優しく撫でた。
「いいや、絶対に俺のほうが大好きだ。これからもずっとな!」
ダルナスとマリアは刹那の時間、微笑みあった。
そして優しく唇を重ねたのだった。
後日。
マリアの両親は御前試合の後から態度を一変させた。
王族に取り入ろうとマリアを褒めそやすような態度をするようになったが、時すでに遅しと言うヤツだった。
ワーグナ王やウィリバルト皇太子はオルサリス家の変わり身の早さに呆れ果て、逆に突き放すようになった。
ワルターの処遇については重いものとなった。
マリアを監禁して御前試合を有利に進めようとしたのはラスティアの策謀であり、自分は無実だと言って逃げ回ったワルター。
しかしワーグナ王やウィリバルト皇太子がワルターの無実を信じるはずもなく、かつ王族親衛騎士団長としてあるまじき行為であると判断した。
しいては辱めを受けたとさえ考えた。
「ワルター。騎士としてなんと恥ずかしい男よ。その汚名を雪ぐには道は一つしかあるまい」
ワルターに対してウィリバルト皇太子は毅然とした態度で言った。
つまり騎士として死なせてやるから、潔く自害しろと迫ったのだ。
そしてラスティアの処遇だ。
マリアに到底及ばぬ『癒し手』の能力。策謀を張り巡らす人間性。なによりも神聖な騎士の戦いを汚したとして、ワルターと同様の処遇を下した。
公爵家の人間に対しては重すぎる罰であったかもしれないが、王や皇太子はそれほどにワルターとラスティアに対して怒り心頭であった。
しかしそれを知ったマリアは即座に動いた。
陛下と皇太子に対して書状を送り、二人の許しを幾度も説いた。
その頃すでにマリアの名声はワーグナ王国中に深く広まっており、その行為を庶民がまたしても褒めそやした。
自らを危険な目に遭わせた人間に対しても慈悲の心を持つマリア。
詩人達は大いにその人間性を謳ったのだった。
これによってマリアの人気はさらに高まる。留まるところを知らない程に。
それに伴って、ワーグナ王やウィリバルト皇太子もさすがにマリアの嘆願を無視できなくなった。
結果。ワルターとラスティアをこれ以上追い詰めることはせず、彼らは死刑を免れることになった。
だが死罪のほうがまだマシであったかもしれない。
ワルターは王族騎士団長を解任されただけではなく、騎士団からも除名された。
ラスティアは王族や貴族からも治療行為を拒否されるようになった。
それだけではない。
二人の所業はワーグナ王国全土に広まっている。
ダルナスとマリアとは違う意味でその名を轟かせることになった。
『恥ずかしい公爵夫妻』
それが彼らの通り名だ。
*
ロマネス領に帰ったマリアは、ダルナスに一つの提案をした。
領民への『癒し手』能力の使用についてだ。
ダルナス邸の近くに病院を設け、そこで治療を行うという内容であった。
ダルナスはそれを二つ返事で許可を出す。
というよりもダルナスはそのような妻マリアを自慢するかのように、領民にその事を発布した。
それだけではない。
時にはマリア自ら街や村に出向いて怪我や病を治療することもあった。
勿論マリアだけが出向くのではなかった。
マリアの考えに賛同する医師。そして王族親衛騎士団を御前試合で打ち破ったロマネス騎士団が護衛として、かつ介護の手伝いをした。
それは次第にロマネス領だけに留まらなくなった。
マリアの評判は王国全土を駆け巡っている。お蔭で他の領地からも依頼がくるようになった。
マリアはそれに快く応え、できる限り出向いて治療行為をしたという――。
――――時は過ぎた。
二人は子宝にも恵まれて幸せな時間をたくさん過ごし、そして晩年最期の時まで仲睦まじい姿が見られた。
後世のワーグナ王国にはそんな二人の言い伝えが残っている。
ロマネス領を統治していた領民思いの名君がいたことを。
そしてその妻マリアは苦しむ人に分け隔てなく『癒し手』の力を使った、聖女のような女性であったことを。
彼らの逸話は、この王国にいくつも残っている――――。
<了>
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