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7話

 ロマネス騎士団と王族親衛騎士団の御前試合は5対5で行われている。

 現在の勝敗結果は2-2。大将戦――団長同士の戦いで勝負が決する流れになっていた。

 必然、会場は大いに盛り上がっている。


 ダルナスとワルターは闘技場中央に進み出る。試合前の騎士の礼をし、剣を合わせた。

 これから行われる素晴らしい戦いを期待した観客席からは、二人の名が飛び交っている。

 もちろんワーグナ王と王太子ウィリバルトも闘技場最上段の特等席から勝負の行方を観戦している。

 しかし剣先を合わす二人は、そのような周囲の状況など無関係とばかりに短い会話を交わしていた。


「ダルナス。顔色が悪いようだが? 体調が優れないか」

「ふん、別にどうもしていないさ」

「なら良いが。いや、負けた時の言い訳にされても困るのでな」

「ふん。もし体調が悪くともお前に負けることはない」

「ククク。相変わらず気に食わんヤツだ」


 お互いを睨み着け、数歩下がる。

 審判員レフェリーが二人の間に割って立った。


「王族親衛騎士団長ワルター! ロマネス騎士団長ダルナス! 双方準備はよいか!」


 二人は無言でコクリと頷いた。

 視線は交錯したままだ。


「よろしい。御前である。両者正々堂々と戦うように…………」


 審判員レフェリーは一歩下がる。上げた手を勢いよく振りおろした。


「では、始めぇぇっ!!」


 わぁぁあ! 闘技場が更に大きな歓声に包まれた。


 ワルターは王族親衛騎士団の団長に抜擢されるほどの実力者。

 戦略家として戦上手であることを買われていた。

 もちろん騎士としての実力も一流である。ワーグナ王国で名の知れた剣使いの一人である。

 しかしそのワルターの実力を持ってしても、剣術においてはダルナスのほうが秀でていた。


 ダルナスは恵まれた体格や運動神経もさることながら、近隣諸国と領地を接するという環境で育ってきた。

 それは必然、実戦においての立ち回り、危険な状況でのとっさの判断能力。

 それらの要素を否が応でも学んできていた。

 命を掛けて戦うということにかけて、他の追随を許さないほどに磨きが掛かっている。

 王国一の剣術を持つ騎士。

 それが現ロマネス領主ダルナスである。


 しかし今日のダルナスは見事なまでにその実力を発揮できていなかった。

 ワルターが繰り出す剣戟を受け流すのが精一杯だった。


「どうした、どうした! こんなに弱かったかぁ!」

「…………ぐッ!」


 ガキン。鍔迫り合いで顔が近づいた瞬間。ワルターはニタリと口元を歪め、嫌味ったらしい口調で煽ってくる。

 普段であればそんな言葉など軽く受け流すところだが、マリアのことが気になってしかたないダルナスは、ワルターの態度が癪に触った。

 ダルナスは冷静さを失いはじめた。明らかに動きに精彩を欠いた。

 本来の実力が出しきれず防戦一方となってしまっていた。


 ワーグナ王国一の剣士ダルナスはこんなものだったのかという声が観客席から上がりはじめる。

 あまりに鈍重な立ち回りに、寧ろワルターの強烈な剣戟をよくもいなしているものだと、観客ですら感じていた。


 ダルナス自身そんなことは一番わかっていた。それでも騎士団長として簡単に負けてやるつもりなど毛頭ない。その気持だけでワルターの剣を捉えていた。

 ワルターと何合も打ち合っては隙を伺う。

 しかしワルターも名うての騎士。しかも防戦は消耗が激しい。

 攻撃に手が回らないという精神的な負担は大きかった。

 ダルナスはついに息が切れ始めた。


「はあ……はあ…………」

「おやおや。随分と辛そうだなぁ、ダルナス。体の動きも悪いようだが?」

「…………チッ」

「やはり体調不良とでも今からでも言っておくか? ククク……」


 ワルターの厭味ったらしい口調に、ギッと剣の柄を握り直す。

 しかし、軽口を叩いてはいても、実力者のワルター。勝機を逸することはない。

 ワルターは一瞬目をそらし、ちらりと貴族席を見た。

 そこにラスティアの姿を認めると、身も軽くタンッとステップを踏んだ。

 ダルナスから距離を取った。


「さて、ダルナス。お遊びはここまでだ。終わりにさせてもらうぞ」


 ワルターは冷たい視線を向け、剣を最上段に構えた。


「ふっ。随分とせっかちじゃないかワルター。そんなに俺が怖いか?」

「強がるな、ダルナス。愛しのマリアがいなくて気が気じゃないのだろう? ククク……」

「!? 貴様! なぜそれを!」

「さあなぁ?」

「…………まさかお前っ!」

「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。俺は何も知らん。侮辱罪で訴えるぞ」

「…………ぐッ」


 確かに証拠は何もない。これ以上の言質は危険だった。

 ワルターも会話は不要だと言わんばかりに足を一歩踏み出した。

 隙のない構えを見せる。

 今にも襲いかからんばかりにダルナスを睨みつけてきた。


 来る――――ッ。


 ダルナスは剣を中段に構える。

 剣先を少し上げてワルターの左手に合わせた。

 上段構えに対しての有効な構え。しかし防戦だけでは勝負に勝てないことは明らかだった。

 だからといって気勢の高い今のワルターに打ち込んで勝てる気もしない。

 このままではいずれワルターの攻撃を防ぎきれなくなる。

 しかしダルナスの目は光を失ってなどいなかった。

 戦うという強い意思が宿っていた。闘志はまだ削がれていない。

 何故ならマリア――――。


 俺は、お前がいる限り負けぬと言った。


 ギッっと奥歯を噛み締める。

 愛する人を想う。脳裏に浮かぶマリアの姿に、まだまだやれると力が湧いてくる。

 来いっ、ワルター! 

 俺は必ず勝つ! マリアにその勝利を捧げる!

 

 そう決意した時だった。

 ダルナスの視線の先。

 ロマネス騎士団の控室に通じる通路奥に騎士の姿が見えた。

 激しく息を切らしているその騎士は――グラードか……?

 するとその後ろからもう一人姿を現した。


 背まで伸びた金色の長い髪。曇りのない青い瞳がダルナスに向けられていた。

 質素な服装ながらも美しい佇まいをした女性。

 間違いなくダルナスが誰よりも愛する人だった。

 今まさに想いを馳せていたその人だった。

 安堵と共にみるみる活力が漲ってくる。


 マリア――――――!



 ダルナスの異変に気づいたワルターが視線をちらと向けた。

 そして愕然とした。


「……なっ! なぜあの女がここに!」


 ワルターは貴族席に視線を送った。

 ラスティアが口をぽかんと開け、驚愕の表情をしているのが見えた。


 そしてダルナスはグラードの後ろに驚くべきものを見ていた。

 ロマネス騎士団員が血まみれになった男3名を縄で縛って引き連れていた。

 グラードが短く何かを叫んでいる。そして手を挙げた。

 その手にはワルター公爵家の家紋が刻まれた剣が握られていた。


 グラードの言葉は聞こえない。だが何を言いたいのかをはっきりと悟った。

 ダルナスは先程感じた疑心を確信に変えた。


 自身の底からこれほどまでに深い憎しみがあったのかと驚く。溢れ出てくる。

 それが怒涛の憤激へと変わっていくのを感じていた。

 そしてダルナスは、その激情を敢えて抑えようとはしなかった。


「ワルター。貴様。マリアに何をした?」


 地の底を這うような、低く重い声音。

 それを発したダルナスの表情は、マリアに見せたことのないものだった。


 「ロマネスの悪魔」がそこにいた。


 ワルターはダルナスのそのあまりに冷たく威圧的な雰囲気に背筋をぞくりとさせた。

 上段に構えた剣を握る手が震えていた。

 嫌な汗が滲んで止まらない。


「お、俺は……何も知らない……知らないぞ! 知るわけねぇだろぉぉ!!!」


 叫ぶやワルターは一気にダルナスに向けて跳躍した。

 凄まじいスピードで迫るワルター。

 一介の騎士が手に負えるレベルの速さではなかった。

 しかし今のダルナスにとっては、あまりに平凡な跳躍であり突撃に過ぎない。


 腰を落として剣を握る手に集中する。

 模擬刀であっても、ダルナスの力量であれば殺すことなど造作も無い。

 ダルナスは本気だった。そこに容赦の念は欠片もなかった。

 一刀のもとにワルターを斬り捨てる。

 その覚悟の元に踏み出した瞬間だった。


 ダルナス様――――――!


 マリアの声が一瞬耳に届いた気がした。

 それが剣の動きをほんのわずかだけ、和らげた。 

 それでも、ダルナスの剣は目に見えぬほどの速さだ。


 ガアァッンッ!


 剣術の試合では聞いたこともないような打撃音が闘技場を包みこんだ。

 観客も何が起こったのか理解できず、ただダルナスを凝視して静まり返っていた。

 それもそのはずだ。

 ダルナスに向けて突っ込んでいったはずのワルターが視界からいなくなっていたのだから。


「きゃぁぁぁぁー!」


 その中を一人の観客が立ち上がって叫んだ。

 ラスティアだった。

 ラスティアの視線の先にワルターはいた。

 ただし、ワルターは闘技場の3mほどある塀の上。腹から変な方向に体をひしゃげて引っかかっていた。

 ワルターの体がずるりと地面に滑り落ちる。

 血だらけになったワルターはピクピクと体を痙攣させてごろりと転がった。


「ぃやぁあああーーー!」


 ワーグナ王やウィリバルト殿下の前だというのに、ラスティアは発狂したように身悶えて叫んだ。

 そして貴族席から駆け下りると、闘技場に勝手に入り込んでワルターに走り寄った。


「ワ、ワルター様……いま治しますから……」


 ラスティアは大観衆の中で『癒し手』の能力を使い始めた。

 ぼろぼろになったワルターを淡い光が包み込んだ。

 騒然とする闘技場の観客。審判員レフェリーもラスティアを止めはしなかった。

 ラスティアの『癒し手』の力に注目が集まっていた。

 観客席にも安堵の雰囲気が流れはじめた。

 あくまで御前試合。激しい試合を望みはしても、死人が出るほどの決闘は望んではいなかったのだ。


 だがラスティアはそのような雰囲気とは真逆に、悲壮に満ちていた。

 『癒し手』として王族や貴族の病気や怪我を治してきたのは間違いない。

 しかしここまでの大怪我を治したことはなかった。

 その表情はとうとう絶望に変わっていく。


「……どうして!? どうして治らないのよ!? どうすればいいの! こんな大怪我なんて治したことないもの!」


 ラスティアの焦る言葉が響いた。

 ワルターはびくびくと体を小刻みに震わせて、ごろりと転がったままだ。

 観衆はざわつき始めた。そして思い始めた。

 『癒し手』の能力でも治せないものがあるのだと――――――。

 その時だった。

 金色に輝く髪をさらさらとなびかせて、闘技場にもう一人女性が現れた。

 彼女は足早に横断していく。


 ――――マリア。


 ダルナスは呟いた。

 マリアはその声に視線だけ向けて、コクリと頷いた。

 ダルナスも仕方なしと思ったのだろう、止めはしなかった。

 マリアはラスティアとワルターのもとに着く。

 

「お姉様。私が治させていただきます」

「……マ、マリア」

「早くしないと。ワルター様が危険です」

「……あ、あんたなんかに治せるわけないでしょ! 私よりも劣っているあんたなんかが! それにダルナス! あいつがワルター様をこんなにしたのよ! ただの御前試合だというのに! どう責任とってくれるの!」

「いい加減にしてください!」


 邪険にマリアを手で追い払おうとしたラスティアをマリアは怒鳴った。

 柔らかく澄んだ声であったが、それは激しい怒りが乗せられていることが明白な声音だった。

 ここまで感情を露わにしたマリアにラスティアは動揺した。


「お姉様。責任の話をされるならお互い様でしょう? 私に何をなさったのかわかっているはず。それにワルター様を助けたいのですよね。ならばすぐにそこをどいてください。私なら治せます」


 淡々と。それでいて毅然としたマリアの態度に、ラスティアは後ずさるしかなかった。

 マリアを直視できずに右に左に眼が揺れていた。

 眼の前の妹の威圧に怖気づいていた。




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