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5話

 ダルナスはロマネス騎士団の精鋭を連れ、御前試合の数日前から王都に入った。

 もちろんマリアも同伴している。

 王都はやはり賑やかであった。

 ロマネス領のような落ち着いた土地も魅力的ではあるが、この華やかさは他にはない。


 しかしマリアはそんな華やかさとはまったく無縁な、淀んだ空気と沈んだ雰囲気の漂う路地を歩いていた。

 ダルナスの許可を得て、貧民街へ向かっていた。


 久しく訪れる貧民街。

 マリアにとっては通い慣れた場所ではあっても、一般的に言えば治安が良いとは言えない場所である。心配するダルナスに護衛をつけられた。

 ロマネス騎士団のグラードだ。

 本来ならばダルナスが同伴したかったのだが、御前試合前の事前打ち合わせに出席せねばならず、悔しがっていた。


「グラード……頼むぞ」

「マリア様のことはお任せください。団長は相手さんと楽しいお食事でもしてきたらいいですよ」

「ふん、ワルターと食事だと? ふざけるな。俺はアイツが好きになれん」

「知ってます。俺も好きじゃないんで」

「くそっ。お前が打ち合わせにいけばいいじゃないか」

「バカなこと言わないでください。騎士団長が行かなかったらロマネスはバカにされますよ」

「ダルナス様。私のワガママで……申し訳有りません……」

「いや、いいんだ、マリア。お前の好きなようにしたらいい。ただ一緒に行けない事が残念なだけだ。護衛はグラードだけで大丈夫か? 心細ければもっとつけてもいいが」

「団長。俺のこと見くびってますね。これでもロマネス騎士団では団長に次ぐ実力があると自負してますよ」

「……ったく、その自信が心配なんだよ」


 ダルナスは苦笑いを浮かべる。しかしそこにはどこか気のおけない雰囲気があった。

 軽口混じりで話してはいるが、ダルナスはグラードの実力は誰よりも認めている。

 そして二人の間には確固たる信頼がある。それがマリアにも伝わってくる。


 貧民街に到着した二人――――そこは相変わらずだった。

 鼻を突く酸味のある濁った空気が充満していた。

 雑然とした汚らしい家屋。人々は皆どんよりと暗い顔をしていた。

 しかしマリアがゆっくりと歩を進めると、皆が顔を上げ笑顔を向けた。


「マリア様だ!」「マリア様!」「マリア様ーっ!」

 

 先程までの雰囲気が一気に変わった。皆が駆け足で寄ってくる。

 一瞬、グラードは剣柄に手をかけ警戒の色を見せた。

 マリアに危険が及ぶかも知れないという察知である。

 だが、ボロ布をまとった汚らしい身なりで駆け寄ってくる人々は、皆が喜ばしい顔をしていた。

 そしてマリアの顔にも動揺の色はなかった。むしろ微笑みすら見せている。


 グラードはマリアがどのように庶民と接していたのかを目の当たりにした。

 警戒は残しつつも安全であることを理解したグラードは剣柄から手を離す。

 あっという間にマリアを中心として人垣ができた。

 沈んだ空気だったこの場所に、色が着いたように活気が湧いた。


 グラードは眼前の光景に驚きを隠せなかった。ボロを着ている庶民ですら、なんと晴れやかな顔をしているのか。

 ここまで庶民に慕われている貴族がいるとは――――。

 しかしそれ以上の驚きをマリアに見る。

 マリアは笑顔でありながらも、どこかさみしげに、そして申し訳無さそうに俯いていたのだった。


「ここを離れてしまい申し訳ありません。あの……ご病気の方はいらっしゃいませんか?」


 ロマネス領での流行り病の件。倒れた村人達に対して『癒し手』の力を使い、救済したことはグラードもその目で見ている。

 マリアを信用たる人物と認識をしている。

 しかしその信用が嘘偽りないものであること。身分など全く気にしない、本当に心優しい女性であること。

 それらを改めて強く突きつけられた気持ちになった。

 

 ロマネスの領主であり騎士団長ダルナスの眼に間違いはなかった。

 なんと素晴らしい女性であろうか。

 グラードは感嘆たる溜息をつくと共に、ぽつりと本心が零れ出た。


「団長……あなたが羨ましい。これほど素敵な妻を迎えるのは、私には無理ですよ」


 汚れの付着した服を着た少年がマリアの手を引いた。

 その子にマリアは笑顔を向けた。


「あ、久しぶりね。元気してた?」

「うん! おねーちゃんのおかげで元気だよ!」

「こらっ!」


 ごんっ!

 少年の頭に母親の拳が落とされた。


「マリア様になんて口の聞き方してんの! ……すいません、マリア様! 後で言って聞かせますから……」

「いえ、構いません。この子が元気になって、私は本当に嬉しいです」


 マリアを中心として人垣が動いていく。皆を引き連れて、崩れそうなくらいのボロ家に入っていく。

 どうやらそこに病人がいるらしい。

 その光景に唖然として立ち止まっていたグラードはひとり取り残されている事に気づいた。


「マ、マリア様っ! お待ち下さい! 私もお手伝い致します!」


 慌ててグラードはマリアを追いかける。

 そんなグラードの姿に、皆が笑顔で答えてくれた。





 御前試合当日がやってきた。

 ダルナスは騎士団員を率いて随分と早くに闘技場へ向かった。

 マリアは騎士団とは別行動を取っていた。試合前に貧民街に顔を出す為だった。


 一緒に闘技場に来てくれない事を寂しがったダルナスだが、やはりマリアの意思を汲んで最後には快く了承してくれた。

 せっかく王都にいるのだから日に一度は貧民街に顔を見せに行きたいという思いを理解してくれるダルナスをマリアは心から信頼した。

 だからこそ、御前試合には遅れないよう時間的な余裕を持ってマリアは宿泊所を発った。


 貧民街に着くといつものように皆が出迎えてくれた。

 着ているものこそ綺麗ではないが、その笑顔は何よりも美しいとマリアは思っている。

 しかも今日は特に病人はいない、という喜ばしい報告もあった。

 だからマリアは少しの時間滞在した後、御前試合が行われる闘技場へ向かった。


 ここから闘技場までは、さほどの距離はない。

 ゆっくり歩いても時間的猶予は十分にあった。しかもここは通い慣れた道だ。迷うこともない。

 それでもだ。少しでも早くダルナスのもとに行きたいと思っていたマリアは足早に狭い路地を抜けていった。

 その時、マリアの前に二人の男が立ち塞がった。


 男達は外套を纏っていた。

 フードを深くかぶり顔は定かではなかった。しかし腰に剣を下げているのが見えた。

 ――――騎士か。剣士か。

 どちらにしても庶民ではないことは一見して分かった。


「あ、あなた達は……?」


 しかしその問いに答えはなかった。

 男二人は無言でマリアにじりじりと近寄ってくる。妙な雰囲気を察してマリアは一歩後ずさった。

 すると突如として背後からがしっと抑えられた。別の男がいたのだ。

 口と鼻に何かの布が被せられる。


「――んっ!」


 咄嗟に腕と足を振り回して抵抗するも、前にいた男二人もマリアの体を押さえつけてきた。

 男達の力は強く、まったく身動きが全くできない。

 口を塞がれて声をだすことも出来なかった。

 それでもじたばたと必死に抵抗を試みるマリアだったが、彼らは動じる様子はなかった。

 男達は至って冷静。このような行為に手慣れている。


 マリアがそう思った直後だった。頭がぐらぐらと揺れだした。

 意識が遠のいていく感覚に襲われた。

 布に麻酔薬が染み込ませてあるのだと気づいた時には、マリアの意識は途切れていた。



 目を覚ますとそこは狭苦しい小屋の中だった。

 薄暗い部屋。藁の上に寝かされている。

 壁際には男が3名。きっと先程の男達に違いない。

 しかしそんな事よりもだ。

 とても良く知った顔があった事に驚きを隠せなかった。


「……お姉様」


 真正面の椅子に姉のラスティアが座っていた。

 見下すようにマリアを見ている。


「少しの間だから我慢なさい。と言っても貴方のように庶民かぶれの女にはこういう場所のほうがお似合いだけれども。ふふふ」

「お姉様……御前試合は……」

「始まったわ。私は少し席を外しただけ。こんな汚らしい場所に長居するつもりはないもの。でもマリア。貴方は試合が終わるまでここにいてもらうわ」

「どういうことですか……?」

「貴方の行方がわからないと知ったら、ダルナス様はさぞ悲しむことでしょうね。剣など持っていられないほどに。ふふふ」

「……お姉様……?」

「ダルナス様には御前試合で負けていただきたいの。あと怪我くらいはしていただかないと。安心なさい。私がしっかり治して差し上げるから。貴方じゃなくて私が、ね」

「……え?」

「ええ。私が、よ」

「……わかりません……いったい何の為にそんなことを……!」

「相変わらず察しの悪い女。こんなバカな妹をもって本当に恥ずかしいわ!」

「…………お姉様」

「マリア。あなた少し前にどっかの村を流行り病から救ったそうじゃない。庶民に寄り添う貴族……噂は王都にも広まっているわ。お陰で王太子殿下が貴方をいたく気にかけていらっしゃるらしくてね」

「ウィリバルト殿下が私を……?」

「そう。私よりも『癒し手』として劣るくせに! それに今日の御前試合でワルター様が負けるようなことがあったらどうなってしまうか! 無能な貴方でもわかるでしょう!?」


 ダルナスはワルターに負けることはないと言っていた。

 正攻法ではダルナスに勝てないワルター。それに加えて先の流行り病の件をウィリバルト殿下が認めてくださっている。

 マリアは自分がこの場所に連れて来られた理由をはっきりと理解した。


 ワルターは王族親衛騎士団長としての座を奪われるかもしれない。

 ラスティアは王族や貴族に対して、『癒し手』として確立してきた地位をおびやかされるかもしれない。

 そのような恐れからマリアは監禁されたのだ。


 しかし理解はしても納得は出来なかった。


「お姉様! ダルナス様も私もそのようなつもりは一切ありません!」

「貴方達になくても、陛下や殿下は気に掛けているのよ! わからないの!? 貴方達の存在自体が邪魔なの! 死んでほしいくらいよ!」

「そんな……!」

「私の人生を狂わせたら許さないと言ったはず!」


 感情的に声を張り上げるラスティアにマリアはたじろいだ。

 ここまで激昂する姉を見たことはなかった。

 ラスティアはマリアを冷たい目で睨みつけてくる。そして視線を逸らすと、くるりと背を向けた。 


「マリアをここに閉じ込めて置きなさい。……ふん。こんな地味な女に興味があるなら――――好きにしてもいいわ」


 男達に淡々とした声音で指示を出すと、ラスティアは部屋から出ていった。

 カチャリと入り口の鍵が閉まる。

 男たちはラスティアの命令の意味を察し、ニタリと口元を歪めた。

 熱っぽい不気味な視線がマリアに向けられた。

 


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