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4話

「貴様ら! 不甲斐ないぞ! そんなことで陛下や殿下をお守り出来るかっ!」


 マリアの姉ラスティアの結婚相手である王族親衛騎士団長ワルターは非常な激昂ぶりで、部下を指導していた。

 指導と言うと聞こえはいいが、実際のところは弱い者いじめに近い。

 王族親衛騎士団の中でも秀でた武芸の才能をもっていたワルターに剣術で敵う者はおらず、それを分かっていてワルターは容赦なく部下を打ち据える。


 気難しくプライドの高いワルターは普段から部下に対して容赦はない。

 しかし今日という日はそれがより一層酷いものであった。

 ワルターの部下たちはその理由を明確に理解していた。

 先刻の王太子ウィリバルトとの会話が原因だ。

 

「ワルター」

「はっ」

「君の義妹。マリアと言ったか。ロマネス領に嫁いでいるな」

「おっしゃるとおりでございます」

「そのマリアとやらが流行り病に侵された村を救ったと聞いた。本当か?」

「……本当のことのようです。庶民などにあの奇跡の力を使うなど……。貴族としての誇りが足りない女でございます。誠に恥ずかしい限りです」

「ふむ……。ワルターはそう考えるか。しかし私は領主ダルナスの手腕と見たが?」

「……と申しますと?」

「マリアの治癒行為により領民を助けた。つまりはこのワーグナ王国の為。しいては陛下の為である。ダルナスは陛下の意向を理解している。だからマリアの力を庶民に使うことを許したのであろう。それに引き換えワルター。君の妻ラスティアからはそのような噂は聞かんな」

「そ、それは……」

「ロマネス領のダルナス。王国全土に聞こえし剣の腕を持つ男。王族親衛騎士団再編の折には団長候補として推薦してみるつもりだ――――。ワルター。言っている意味はわかるな?」


 王太子ウィリバルトは厳しい目をワルターに向けた。

 王族親衛騎士団の座を奪われるかもしれない。かつ、同じ『癒し手』の力をもつラスティアが功績を立てていない。

 それを責められている。

 プライドの塊のようなワルターという男にとって、それは侮辱に等しいものだった。


 ワルターの中では貴族と庶民は違う生き物として区別されている。

 庶民とは、貴族のために生きて死ぬ。それだけの存在であった。

 彼等からはできる限りの搾取をし、貴族は優雅に生きる。それが役目であり使命だとすら考えている。

 それにもかかわらず王太子ウィリバルトは庶民に目を向けるダルナスとマリアを褒めそやしたのだ。


 ――――バカな。


 ワルターにとって王太子の言葉は認めることのできないものであった。

 だが王族に対して意見など出来るわけがない。内心ハラワタが煮えくり返る思いだったが、


「……はっ。ご期待に添える働きをしてみせます」


 口元を歪めながらも、そう返答するに留める。

 しかし不愉快な気持ちは静まることはない。

 だから訓練と称して部下をコテンパにして腹いせをしていたのだった。


 そしてダルナスの強さは認めたくない事実でもあった。

 試合で剣を交えたことは幾度かあったが、剣術においては自信のあるワルターであっても、ダルナスは更にその上を行く。自分を超える才覚の持ち主だと知っていた。

 ワルターはダルナスに一歩及ばない。だから尚の事、腹立たしい。


「なんと情けない! 貴様らのような部下をもって私は恥ずかしいぞ!」


 頭ごなしに言い捨てたワルターは部下を残して訓練場から去った。

 訓練場にはやっとのことで安堵の空気が流れる。

 しかし模擬刀とは言え容赦なく打ち据えられた部下は皆ボロボロだった。

 医者が必要であろう傷を負っている者すらいたほどだ。



 屋敷に戻ったワルターは侍女に厳しい口調で命令をした。


「ラスティアはどこだ! 部屋に呼べっ!!」


 余りの荒々しい雰囲気に侍女は縮み上った。屋敷内は緊迫に包まれる。

 ワルターに呼ばれたラスティアが部屋に入ると、ワルターはさらに怒りを爆発させた。


「気に食わん! 気に食わん! 気に食わんぞ!」

「……どうなさったのですか? 随分と荒れていらっしゃる。使用人が怯えていますよ」

「ふん。全てお前の妹のせいだ! 殿下があの女を褒めていた!」

「マリアをですか?」

「そうだ! 『癒し手』の力を使ってロマネス領の村を流行り病から救ったという噂。お前も聞いているだろう!」

「はい。まだそんな事をやっているなんて。恥ずかしい妹ですわ。庶民など死なせておけばよいものを。ダルナス様もマリアと結婚してさぞや後悔されていることでしょう」

「いや、ダルナスはお前の妹を上手く使っている。お陰で俺は王族親衛騎士団長を解任されるかもしれん……クソっ!」

「まあ! なんてこと……!」

「ラスティア! 殿下はお前にも期待していると俺に言ってきているぞ!」


 ラスティアはこの言葉を聞いて、ワルターの怒りの理由を察した。


「……それはつまり。私のこの力を庶民に使えと?」

「直接的には言われてはいない。だがそういう事も視野に入れろということだろう」

「ウィリバルト殿下がそんなことを言うなんて…………意外ですわ」

「いや、悪いのはお前の妹マリアだ。それとあの忌々しいダルナス。庶民などに愛想を振りまきおって。陛下や殿下に取り入ろうとしているのだ。まったく下賤な奴らだ!」

「……そういえばマリアは昔からそんなところがありましたわ。何も知らないフリをして評判を得るのが得意な女でした」

「同じ穴の狢というヤツだな。ああいう奴らは痛い目を見せてやらないとな……」

「マリアにも身の程を教えてあげないといけませんわ」


 そう言ってラスティアはなにやら思案を巡らした。

 しばらくしてワルターの横に腰掛ける。


「……私によい考えがあります」

「ほう?」

「今年は騎士団対抗の御前試合があります。そこであなたがダルナス様を打ちのめし、私がその傷を癒して差し上げるというのはどうでしょう」

「ふむ。私の強さとお前の能力を見せつけるというわけか。意図はわかったが、ダルナスが相手か……。アイツの剣の腕は相当だ」

「大丈夫です……ふふふ。こんな手はいかがでしょうか――――」


 ラスティアはワルターの耳元に唇を近づけた。

 いくつかの言葉を囁く。


「……ふっ。ラスティア、お前を妻として正解だった。生真面目なダルナスだ。狼狽える様が目に浮かぶぞ」

「ええ。だからあなたは死なない程度にダルナス様を思い切り痛めつけてくださいませ。それを私が治療して差し上げれば、きっと陛下や殿下も考え直してくださいましょう」


 不敵な笑みを浮かべたラスティアに、ワルターも口元を歪めて笑んだ。


「いいだろう。勝てば正義よ。それが古来からの戦いにおける掟だ」





「王都で御前試合……ですか?」

「ああ、2年ぶりだ。此度はロマネス騎士団と王族親衛騎士団による試合を陛下がご覧になられたいそうだ。マリア。お前もぜひ来てくれと書いてあった」

「……はい」

「なんだ? あまり嬉しくなさそうだな?」

「いえ、そうではないのですが……」


 王族騎士団と聞いて、マリアの頭に中に姉ラスティアの顔が浮かんでいた。

 ダルナスはマリアの手をそっと握った。不安げに俯く顔を覗き込む。


「嘘をつかなくても良い。顔色を見ればわかる」

「……」

「心配するな。王族親衛騎士団の団長ワルターは昔から知っている。たしかに剣の腕は立つ。しかし私がワルターに負けることはない」

「しかし、ダルナス様にお怪我があるかもと思うと、やはり心配です」

「まったく心配性だな。しかしもしもの時はマリア。お前がいるじゃないか」


 ダルナスはマリアの肩をそっと抱き寄せた。

 大きな体に包まれる。こうやって優しく抱かれるのが好きだった。

 マリアも甘えるようにダルナスの肩に頭を載せる。

 そんなマリアの艷やかな髪を、ダルナスは優しく撫でてくれた。


「誰が相手であろうとも、お前が傍にいる限り俺は負けはしない」


 ダルナスもマリアもそれが根拠のない言葉とはわかっている。

 だがそれでも二人の間に育まれた、深く大きな情愛が安心を運んでくれた。

 二人は刹那見つめ合い、そしてゆっくりと唇を重ね合わせるのだった。


  


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