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3話

 ダルナスは自ら屋敷の中を隅々まで案内してくれた。

 庭には美しい花が咲いていた。

 エントランスにはその庭で育てた花が飾ってある。

 屋敷内はガラスを多く使用していることで日当たりも良く、広々とした開放感があった。

 リビングへ入ると大きな窓があった。

 そこからは手の行き届いた美しい庭が見えた。遠方に目を向ければ緑豊かな美しい森が広がっているし、その先には海を眺めることもできた。

 ちょうど陽が沈みかけている。夕焼けの赤さが届いていた。


「自然ばかりでつまらないかもしれないが……悪くはないだろう?」

「いいえ。とても素敵です」


 マリアは感心して答えた。

 屋敷内はどこを見ても整然としていたし、景色は言うまでもないほどに美しかった。何よりも使用人が皆笑顔だったこと。それが印象深い。

 王都のような賑やかさはない土地ではある。

 だが美しい景色と楽しい人達。

 それだけでも本心からそう思ってしまうのだった。


 屋敷で生活を始めてからも驚きは続いた。

 オルサリス邸では、当然のごとく貴族と使用人の垣根がはっきりとしたものであった。それはお互いに緊張を強いる関係でもあり、マリアとしてはいつまで経っても得意ではなかったし、使用人も常に気を張った生活を強いられていた。

 しかしダルナス邸は違った。

 皆が活気に溢れている。


「奥様、おはようございます!」


 侍女のエリーが今日も元気な声で、にこやかに挨拶をしてくれた。


「おはようございます。エリー」

「今日のお洋服はとても落ち着いてらっしゃる。お似合いです。旦那様も喜ばれるでしょうね」

「……えっ?」


 エリーの言葉にマリアは戸惑った。

 着ていた服は、結婚前に父から『地味で貴族らしくない。恥ずかしい』と非難されたものだからだ。

 マリアとしては気に入っている服ではあった。だから捨てずに持参してきたのだが、やはりダルナスの手前もある。この屋敷に来てからは着ることはなかった。

 今日着ていたのはダルナスが昨日から街に出ていたからだ。一時的に着ただけのつもりだった。

 しかしエリーは、


「いつもと違う奥様の姿に、惚れ直してしまうでしょうね」

 

 嬉しそうに笑った。

 しかしマリアの思いは複雑であった。

 ダルナスが喜んでくれるなら……でも……と。

 だがエリーがなんとしてもその姿をダルナスに見せたいと言って聞かない。

 ついにマリアは、その服を着たままダルナスが帰ってくるのを待つことになってしまった。

 

 ダルナスを載せた馬車が帰ってきた。グラードもいる。

 楽しげに話しをしながら屋敷の門をくぐる二人。

 その彼等の前に、エリーに半ば強制されるような形でマリアは出迎えをした。

 しかし、いましがたまでグラードと談笑していたダルナスの顔が、マリアを見た瞬間に色を変えた。口を半開きにしてその服を凝視している。

 マリアはぎくりとした。


 どんなにざっくばらんなダルナスであっても侯爵である。辺境地の領主であり、ロマネス騎士団の団長でもある。

 貴族としての体裁というものを気にするのは当然だ。

 やはりこの格好は貴族としてふさわしく無いのだと後悔をした。

 マリアはもちろんエリーを恨むつもりは毛頭ない。この服を持参し、着用した自分自身を後悔したのだ。


 恥ずかしい――。ぎゅっと拳を握りしめ俯いた。

 ダルナスは真剣な面持ちでグラードに言う。


「グラード」

「はっ」

「見ているか」

「はい、見えています。団長」


 グラードもいつになく真剣な表情で受け答えた。


「そうか……どう思う」

「それは団長が言うべきでしょう」

「いいのか」

「ええ、はっきりと言ってあげましょう」


 いつになく厳しいダルナスの口調と視線。マリアの背に緊張が走った。

 ダルナスは深く息を吸い込んだ。


 

「「どうだ俺の嫁は可愛いだろ!!」」



 ダルナスに合わせてグラードも同じセリフを言ったのだった。


「なっ! グラード!」 

「あはは! やっぱりね! 団長ならそう言うと思ってましたよ!」

「貴様っ!」

「いいじゃないですか。実際凄く素敵なんですから。こういう落ち着いた服もお似合いですね。マリア様」


 突如グラードに水を向けられてマリアは言葉に詰まった。


「あ、いえ、あの……この服、大丈夫でしょうか……? 貴族らしからぬとお父様に叱られたことが……」

「何を言っている! とても素敵だ! 素敵だぞ! ああ、なんて可愛いのだろう……! なあ、そう思わないかエリー!? 思うだろう!?」

「ええ、旦那様。奥様は何を着てもお似合いになられる」

「そうだろう。そうだろう。俺もそう思うんだ。何を着ても似合うと。どうしたらいいんだ俺は。グラード俺はどうすればいい!」

「知りませんよ。抱きしめて上げたらどうですか」

「旦那様の為にこの服を着て待っていてくれたんですよ。羨ましい限りですね」

「俺の為に待っていただと……おい。なんて健気で可愛いんだ……グラード羨ましいだろ」

「……まったく。そういうのは二人になってからやってくださいって言ってるでしょ」


 エリーもグラードも、そしてダルナスもだ。

 3人ともマリアを中心に笑い合っていた。

 マリアの顔に安堵と笑みが零れていることは言うまでもないであろう。



 楽しい日々はあっという間に過ぎていった。

 だがある日。ダルナスが一ヶ月ほど領地視察にでるという話を聞いたことでマリアは動揺をしていた。


「マリア。連れていきたいのはやまやまなのだが、少々危険のある地域も回る。今回は屋敷にいてくれ……」

「そう……なのですね。お気をつけてください」

「しかし、マリア。一ヶ月も大丈夫だろうか」


 この屋敷での生活はとても快適だった。活気もあるし、皆が親切だ。

 そしてなによりもダルナスからの愛情表現。

 当初はそのようなものを全く期待していなかったマリア。だが、この方ならば結婚後少しの間くらいは愛情を与えてくれるかもしれないという期待を抱いていた。

 けれどもそんなものは直ぐに冷めてしまうだろう、という思いも少なからずあった。


 だが、その予想はまったく裏切られた。

 ダルナスは常にマリアの傍にいようと努めた。しかもこちらが恥ずかしくなるくらいに愛の言葉を囁いてくる。


「マリア、今日も愛している。俺のこの溢れんばかりの気持をどうしたらわかってもらえるだろうか」


 そう言っては包容し、キスをする。

 時には侍女エリーがいようが騎士団の前ですらダルナスはお構いなしになった。


「我が妻マリアは本当に可愛いな!」


 寧ろ自慢げに。見せつけるように。

 ダルナスの溺愛ぶりは見ている方が頬を赤らめるほどであったが、それもいつからか見慣れた光景になっていた。

 皆もそんな二人を微笑ましく見守る日々が続いた。

 しかもダルナスの愛は包容やキスだけではない。

 ドレスや宝石、調度品という形になって贈られもした。

 そしてマリアが何より嬉しかったのは、時間があれば領地内の景観の良い場所に連れていってくれることだった。

 共に歩き、案内をしてくれる。

 しかも、


「ダルナス様! マリア様!」


 街を歩くたびに声を掛けられた。

 ダルナスは庶民からの人気が絶大であった。


 オルナリス家は庶民とは一線を引いた存在として君臨していた。

 それ故、庶民の住む地域に足を踏み入れることなど貴族のすることではないと教えられて育った。

 しかしダルナスは違った。

 自ら庶民に寄り添い直接意見を聞いた。

 屋敷にも庶民からの嘆願書がよく届いている。

 ダルナスは領民に寄り添う領主だった。


 マリアはそんなダルナスのことを嫌いになれるはずがなかった。

 マリアにとって、ダルナスはかけがえのない人となっていた。

 だからこそだ。

 一ヶ月の視察という言葉を聞いた時、マリアは素直に寂しさを覚えた。

 強く抱きしめられることも熱いキスも甘い言葉も、当分お預けになるのだから寂しく無いわけがない。

 しかしダルナスの仕事を邪魔してはならない。

 だから、


「ご心配なさらず。エリーもとてもよくしてくれますし……」


 そう強がった。だがダルナスは恥ずかしそうに顔を背けて言った。


「……いや、俺のことを言っているんだ」

「……え?」

「マリアの傍にいられない日々をどう過ごしたら良いのか……! 考えるだけで不安で仕方がないんだ!」


 今生の別れのような悲壮な顔をしたダルナスはマリアを強く抱きしめた。


「一時も離れたくない!」

「ダルナス様……」

「そうだ。二週間に短縮しよう、いや、一週間だ!」

「それでは視察が……」

「大丈夫だ。調整してみるさ!」

「そんなことが可能なのですか?」

「わからん。わからんが……マリア。俺は君の傍にいたいんだ! 領民もわかってくれる!」


 視察に影響がないか。領民の事も心配ではあった。

 だがマリアはダルナスがそう言ってくれたことが内心嬉しかった。

 一人の男性に心の底から愛される喜びを感じていた。


 オルサリス家にいた時は、恥ずかしい娘として扱われていたマリア。

 両親や姉のように貴族として振る舞うことが苦手であった為に、疎まれた存在であった。

 しかしここでは違う。

 ありのままの自分を認めてくれる。求めてくれる。

 それが何よりも嬉しい――。


「私も同じ気持ちです」


 これからもずっと。この人の傍にいたい。

 嬉しさに目を細めたマリアは、ダルナスと口づけを交わす。

 やはり優しく甘い――――。

 深い愛を感じるキスだった。



 視察は短期に変更された。その分何度かに分けて視察を行う事にはなったが、お陰でマリアも同伴出来ることとなった。

 騎士団を伴って、街を村を山を海を視察する。

 当然観光とは違う。

 しかしダルナスの仕事を傍で見ることができてマリアは嬉しかった。

 そしてダルナスが如何に領民を大切にしているかがわかった。

 辺境地故に開発が進んでいない地域もある。

 そのような土地にある村に出向いては、衣食住に困らぬよう村長と談話を繰り返している。

 そんな中だった。


「ダルナス様。これから向かう村ですが、流行病で半数を超える村民が倒れているとの情報が入りました。これ以上お近づきになるのはやめたほうが良いでしょう」


 ある村に訪れる道中、先行していた騎士団員から進言があった。

 

「流行病か……。医者の手配はどうなっている」

「既に伝令兵を送りました。ですが到着まで1週間はかかりましょう」

「急がせろ。しかし何故だ。あの村は我が屋敷から3日程度の距離だぞ。流行り病がそこまで蔓延しているとは始めて聞いた」

「金が無く、医者も呼べず薬もないとのことです。一気に病が拡散したようです」

「なんと言うことだ……」


 ダルナスは悲しみに暮れた。手で顔を覆い悔しがった。

 その傍で話を聞いていたマリアは、一瞬躊躇う。しかし思い切って切り出した。


「……あの……よろしければ私が診てみましょうか」

 

 それはマリアにとって勇気のいる言葉であった。

 だがダルナスならばと期待をしてのことだった。


「……マリア?」

「……私。オルサリスの『癒し手』です」

「それは分かっているが……しかし、オルサリスの『癒し手』といえば王族や貴族しか相手にしないと聞いているが……」

「……私は病や怪我に身分は関係ないと考えております。もしダルナス様にご迷惑がかからないのでしたら、私をその村に連れて行ってくれませんか」


 優しいダルナスを知っているマリア。しかし怖かった。

 また自分のやり方を否定されるかもしれないと思うと、唇が震えるほどであった。

 ダルナスの愛が一気に冷めてしまうかもしれないという恐怖もあった。

 しかし、


「おお! マリア! お願いできるか!!」

「団長の眼に狂いは無いようですな」


 ダルナスの隣にいたグラードが口角を上げて言う。

 二人は自分事のように満面に喜色を浮かべた。


「領民守らずに何が領主か! マリア。その力を我が領民に使ってくれるか!」

「は、はい! もちろんです!」


 オルサリス家では庶民への治療は恥ずかしい行為とされていた。疎まれていた。

 それがロマネス領ではこれほどまでに喜ばれている。

 マリアだって嬉しくないわけがなかった。


「ダルナス様。直ぐに参りましょう」

「ああ! 馬を用意しろ!」


 ダルナスは勢いのある指示を出した。

 マリアを乗せた馬車は騎士団を連れて流行り病が蔓延した村へと向かった。

 しかしダルナスとマリアが村に着いた時、村は既に壊滅と言っても過言ではない状態になっていた。

 出迎えはなく、ひっそりとしている。死んだ村がそこにはあった。


「こんなにも早く病気が……マリア頼めるか!」

「……はいっ!」


 惨状を見たマリアはすぐさま『癒し手』の力を使い治療を開始した。

 騎士団はマリアが治療した村人の介護に尽くす。

 しかしなにせ病人の数が多い。治療と介護は熾烈を極め、日に日にマリアも騎士団もへとへとになっていく。

 たが、その反面、次第に村人に生気が戻ってきた。

 すると、


「俺たちにも何かやらせてください!」


 動けるようになった村民が手伝いを志願してきた。

 マリアと騎士団、そして村人が協力し合う姿がそこにはあった。

 そして遂には一人の死者を出すことなく、存亡が怪しまれた村は見事に病に打ち勝ったのだった。


 ダルナスは栄養価の高い食べ物を当面の期間配給する手配をしていた。

 その物資も届き、村は元の状態に戻り始めた。

 人々はダルナスとマリア、そしてロマネス騎士団に感謝し大いに称えた。


 ダルナスの領民への配慮。

 マリアの『癒し手』の力と献身的な姿勢。

 ロマネス騎士団の迅速な行動力。


 その噂を聞きつけた吟遊詩人はこぞって彼らの英雄譚を詠った。

 特にマリアの『癒し手』としての能力。その栄誉を一気に領内に広めることになった。


 ロマネス領主ダルナスの妻――――マリア。

 誰にでも別け隔てなく接する『癒し手』。

 

 彼女を褒めそやす声は領内だけに留まらなかった。

 噂は王都にも聞こえたのだった。



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