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メイドのエマ

あの召喚された日から5日後。


大きな窓に、シルクのカーテン。壁や天井に上品な装飾が施された、いわゆる貴族の寝室。

その窓際に位置する天蓋付きのベッドで、俺は横になっていた。

かれこれ3日間も。

そう、3日間ほとんどベッドの上だった。


それもこれも、この…


「痛いところは無いですか?お食事を取られますか?お風呂に入りますか?」


矢継ぎ早に俺の容態を聞いてくる少女のせいである。


彼女の名前はエマ。

なんでも、俺が使っているこの身体の主である男の子のお世話をしていたメイドらしい。

銀髪に青い瞳という目立つ容姿に、美しい陶器のような白い滑らかな肌。パーツそれぞれがバランスよく顔に納まっており、控えめに言って美人。そんな彼女は黒いクラシカルなメイド服に身を包み、無表情で俺の世話を焼いてくれている。

不満なんてないはずなのだ。むしろ喜ばしいことだろう。普通なら。

そりゃ最初は美人のメイドに鼻の下を伸ばしたりもした。内心めちゃくちゃ喜んだ。でも、その気持ちは2日も持たなかった。


「ご飯も自分で食べれるし、服も着れる!風呂の世話もあそこまでしなくていい!寝る前の絵本の読み聞かせはいらないし、まず、俺一人で歩けるから!」


そう…俺が叫んだ通り、彼女は世話の限りを尽くし過ぎていた。

ご飯をスプーンで掬って俺の口元に持ってきて食べさせたり、下着から着せようとしてきたり、風呂に入れば上から下まで洗われて、ベッドから出ようとすれば抱きかかえられて戻される。

挙句の果てには、固形物の食事が出た際に「代わりに噛んで食べさせてあげますね」なんて言われた時は気が遠くなるかと思った。


「心配なんです」

表情筋を滅多に動かさない彼女が珍しく眉を寄せて、震えた声で口にする。

彼女とこの身体の主がどんな関係だったのか知る由もないが、よっぽど大切だったのだろう。


「エマ…」

「なので今日からこれを使いましょう」


感傷に浸る俺の目の前にエマが突き出したのは尿瓶。

そう言えば昨日エマがトイレまでの道のりが不安だとかぼやいてたな。ははは、まさかコレ俺用?


「誰が使うか!トイレ普通に行けるって言ってるだろ!」

「いえ、トイレまでの道のりに刺客が現れるかもしれません。是非これを。」

「このメイド話が通じない!誰か助けてくれ!」





そもそも3日前に召喚された後、あんな短絡的な行動を起こさなければこんな半ば軟禁のようなベッド生活を強いられることも無かったのかもしれない





ーーそう、あれは3日前に召喚された日のこと。


あの日。少し埃っぽい倉庫のような部屋をある程度見聞した後、床に敷かれた絨毯に書かれた魔法陣を見て考えた。


これを見た誰か他のやつがこの魔法陣を真似して使うかもしれない、と。

他の人の目に付いて分析されて使われたりなんかしたら色々厄介そうだ。そう考えた俺は証拠隠滅の為に魔法陣が描かれた絨毯に火をつけた。

今思えばこれが本当に良くなかった。


パチパチ、メラメラ


ある程度部屋に火が回り始め、煙が部屋に充満し始めた所までは良かった。

そこまでは俺だって満足げに腕を組んでいたのだ。

ただ、煙吸い込んだ後に息苦しさを感じ、咳き込んた瞬間、俺は気付いた。


(そういえば、人間って火で死ぬんじゃなかったっけ?)


思い出すのは俺が人間界にいた遥か遠い昔のこと。火事から逃げ惑う人たちは必死だった。煙からも逃げていたように思う。

…背筋につぅ、と冷たいものを感じた。


まず、この部屋には窓が無い。

煙が部屋に充満するまで時間が無いと気付き、慌てる。そして部屋に唯一ある扉のノブを押して外に飛び出した。いや、飛び出そうとしたが出れなかった。

外から鍵が掛けられているのか扉が開かなかったのだ。

引いたり、押したりしてみたが開かない。これはマズイ。


「嘘だろ!なんで開かないんだ!?」

命の危機からくる焦りから思わず苛立ち紛れに叫ぶ。

叫んで少し冷静になった頭で可能性を探る。


「…待て、待て…慌てるな。」


落ち着けと自分に言い聞かせて、思いついた。

むしろなんで思いつかなかったんだ、と自分の機転の効かなさに自嘲しつつ、その方法を実行するために掌を扉にくっつけた。


そう、俺には魔法があるのだ。扉を開けるなんて造作もない。体内の魔力を練り上げて、放出方法に指針を向ける。よし、行くぞ…!


魔法を使う。不発。

…魔法を使う。不発。


「はぁ!?魔法が使えない??」


何度やっても発動の際に出た魔力は解けるように霧散して魔法の形になってくれない。

これは、この方法はダメだ。それが分かったとして、じゃあ何かあるのかと言われれば何も無い。

10も満たない子供の身体で出来ることなんて、俺は知らない。

悔しさに涙が出る。とにかくこのままでは埒が明かないと焦って、外へと続く扉を叩いた。身体をぶつけて体当たりもした。

…が、子供の力では扉はビクともしない。


さすがに焦る。焦って、焦って焦りまくる。

そもそも、魔界では魔法頼りの生活ばかり送っていたのだ。他の方法なんて考えもつかない。冷や汗が止まらない。どうしよう。


「誰か!開けて!誰か!」


とにかく助けを呼ぶことしかできない。クソ!本当に人間界なんか嫌いだ!いや、今回に関しては俺の行動が軽率だったけども!


「誰か!誰か!」


煙を吸いすぎて朦朧とした意識の中で、力を振り絞って叫ぶ。いや、もう無理。人間弱すぎ。勘弁してくれ。

さすがに終わりを覚悟した。

その瞬間だった。


ガタッ


扉が開いて、縋っていた扉ごと倒れ込む。

倒れたまま噎せながら、意識を保とうと必死に歯を食いしばった。

そんな俺の肩を揺する大きな手。


「ベル!大丈夫か!ベル!」


男性の声がこちらに何かを言っているのが聞こえる。ベル?ベルって俺のこと?


(この身体の持ち主の名前か?)


身体が持ち上げられて、どこかへ連れていかれるのを感じる。火の燃える音が遠ざかる。

兎にも角にも、命の危機は去ったようだ。

新鮮な空気が肺に入る感覚に安心した俺は、安堵からか気を失った。


そして、目が覚めたら冒頭のベッドの上だったという訳だ。


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