3、私じゃない私
パーティーから帰った私は部屋で休んでいた。できることならもうパーティーには行きたくない。いや、この家から出たくない。パーティーでの噂はすぐ広まるので、今日来ていなかった人たちにも明日には広まっていることだろう。外に出ればまたあの冷たい視線を向けられるかもしれない。今度は今日より多くの人から。
私が部屋で塞ぎ込んでいると、廊下を走る音が聞こえ勢いよく扉が開かれた。驚いてそちらを見ると、パーティーから帰ってきた姉さんが怒った顔で立っていた。
「ね、姉さん?」
姉さんは無言でこちらに近づいてきた。
「ちょっと、どうして帰ったのよ! 私をいじめる約束でしょ? あの後大変だったんだから」
「ご、ごめんなさい。でも私、私には」
私はそこで口をつぐんだ。
『姉さんをいじめるなんてできない』
「何? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。あんたのそういうところほんとうざいわ」
私は目を丸くした。姉さんがこんなこと言うなんて。姉さんにこんなに強い物言いをされたのは初めてだった。
恋は人を変える、と聞いたことがあったが悪い方に変わるとは思いもしなかった。それとも私が知らなかっただけで元これが姉さんの本性なのかもしれない。
「何とか言いなさいよ」
黙っている私にイライラしているのだろう。
しかし、言いたいことを言ってしまったら余計姉さんを怒らせるのは明白だ。私は本当の気持ちを心の奥に押し込んだ。
「な、なんでもない。次からはちゃんとするわ」
「そうしてくれないと、こんな古いドレス着てる意味ないじゃない。明日は珍しく伯爵様がパーティーにいらっしゃるらしいからちゃんとやってよね」
言いたいことを言った姉さんは扉に向かって歩き始めた。
「はぁ、本当使えないわ」
私に聞こえるように文句を言いながら部屋を出て行った。
私は姉さんが出ていった扉をしばらく眺めた。
もう何もかも変わってしまったのだ。私が姉さんの提案を引き受けた時から。
それなら私も変わらなければならない。私自身を守るためにも。私は覚悟を決めた。
翌日のパーティーでも、やはり私は避けられていた。私を見ながらコソコソ陰口を言っている。私はそれらを無視して姉さんのもとに近づいた。
「姉さんにはそのダサいドレスがお似合いですわね」
「ちょっとあんた!!」
姉さんの隣にいた人が私を殴る勢いで近づいてきた。姉さんは怯えた表情をしている。これなら誰から見ても私がいじめていると思うはずだ。
私は追い討ちをかけるように、近くに置いてあった水を姉さんのドレスに向かってかけた。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ」
そしてまるで悪気がないように笑った。
(大丈夫、ちゃんとできてるはず)
「ちょっと何してんのよ」
またしても姉さんの隣にいた人が私に突っかかってくる。この人は確か侯爵令嬢だったか。
「いいの。私は大丈夫だから」
姉さんはまるでか弱い女子のようにそういった。
「ノエルがそういうなら。とりあえず着替えに行きましょ。私の予備のドレス貸してあげるわ」
侯爵令嬢は去り際に私を睨み、奥にある部屋へと入っていった。
「最低だな」
「あり得ないわ」
「かわいそう」
「ひどい妹ね」
私に対する批判と姉さんに同情する声。
きっとこれでいいのだ。これで姉さんが幸せになれるなら。私は震える手を握りしめた。
自分の役目を果たしたのでこれ以上ここにいる必要はない。もう帰っても姉さんに怒られることはないだろう。
そう思い出口に向かって歩き出した時、誰かに足を引っ掛けられ無様に転んでしまった。
そんな私を見て笑う声は聞こえど私を心配する声は聞こえない。当然私に手を伸ばす者は誰1人いない。
私は脱げた靴を拾い、涙をこぼさないように急いでその場から立ち去った。
馬車に乗ったところで、堪えきれず涙がこぼれてしまった。
「ジュリアナ様、どうぞ」
馬車で待っていたマリーは私にハンカチを差し出してくれた。
「ありがとう」
マリーは私のこんな姿を見ても何も言わなかった。私はマリーに寄りかかった。そんな彼女はまるで小さい子を宥めるように私の頭を撫でた。彼女に頭を撫でられていると、心地よくて私は眠りに落ちてしまった。
「ジュリアナ様、到着いたしました」
「うぅん、いつのまにか寝てたのね」
私は目を擦りながら身体を起こし、マリーが開けてくれた扉から馬車の外に降りた。しかし、そこはうちの屋敷ではなかった。思っていた景色と違い、私は戸惑った。
「マリーここは?」
「少し気分転換をした方がよろしいかと思いまして」
家に帰りたくない私の心に気づいたのか、マリーは私を連れ出してくれたようだ。
「素敵なところね」
近くの山に連れてきてくれたようでここから街を一望できる。パーティー会場も私の住んでいる屋敷もあんなに小さい。
「少しは落ち着かれましたか」
「うん、ありがとう。マリー」
「そもそも、お優しいジュリアナ様に悪役など」
「もう決めたから。今更引き返せないわ」
マリーの言葉を遮り、そう言った。マリーに優しい言葉をかけられると私の決意が簡単に揺らいでしまう。
マリーは私よりも辛そうな顔をしながらも受け入れてくれた。
「わかりました。この件に関してはもう何も言いません」
マリーにそんな顔をさせるつもりじゃなかった。私は何も言えず黙り込んだ。私たちの間に気まずい空気が流れる。
そんな私たちの間に冷たい夜風が吹き抜けた。