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2、広がる噂

 

 翌日、朝早くに扉をノックする音が聞こえてきた。普段は私の部屋に入ってくる人はほとんどいない。私の身の回りのことは全てマリーがしてくれるので、他の使用人が入ってくることもないし家族が入ってくることもない。


 だから、滅多に聞こえてこないノック音に戸惑い私とマリーは顔を見合わせた。

「こんな時間から一体誰かしら?」

「ジュリアナ様、ノエル様からお届け物です」

「姉さんから?」

「あの、中に入れていただいてもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ入って」


 私はとりあえず部屋に招き入れた。

 すると、開いた扉の向こうに何やらたくさんのドレスが見えた。

「これは一体何事かしら?」

「ノエル様のドレスやアクセサリーを全てジュリアナ様の部屋に運び、代わりにジュリアナ様のものを全てノエル様の部屋に運ばせていただきます」

 部屋に入ってきた使用人は突然訳のわからないことを言った。


「え? どうしてそんなことを?」

「これらのものはジュリアナ様がノエル様から奪ったものということにするよう仰せつかっております。それから本日のパーティーからこちらのドレスを着ていくようにとも仰っていました」


 姉さんはさっそく『妹にいじめられている姉』を演じるようだった。そして私は『姉をいじめる妹』を演じなければならない。


 頭ではわかっていたはずなのにいざ姉さんをいじめるとなると、不安になってきた。でも、やると言ったのは自分自身だ。今更やめるなんてできない。


 私は運び込まれた姉さんの物を見た。私が持っている物よりよっぽど綺麗で、たくさんの種類のドレスとアクセサリー。これを見れば誰から見ても両親に愛されていることが一目瞭然だ。私が持っているのはほとんどが姉さんから譲り受けたものだった。今まで考えないようにしていたけど両親が私に何かを買ってくれたことはなかった。


 本当はとっくにわかっていた。私が愛されていないことなんて。ただ現実から目を背けて何も考えないようにしていただけだ。


 目頭が熱くなる。

 これ以上考えると涙が出てきそうだったので、私はまた考えるのを放棄した。


「こんなに派手なドレス、私に似合うかしら」

 早速届いたドレスを体に当てながらマリーに聞いた。

「もちろんです。ジュリアナ様はお美しいのでどんなドレスでも着こなせますよ」

 マリーはいつも私のことを褒めてくれるが、私は見た目に自信がなかった。

「もうまたそんなこと言って。マリーに聞いた私が間違ってたわ」

「本当のことですから。私は嘘は申しません」


 真っ直ぐにそう言われて私は少し気恥ずかしくなった。


 それから朝食を食べている時も、部屋で休んでいる時も一日中心が落ち着かなかった。今夜のパーティーで姉さんをいじめなければいけない。今まで経験がないためどうすればいいかわからなかった。


 そもそも私は普段パーティーに顔を出すことは滅多にない。一度行ったことはあるが、他の貴族の令嬢の話についていけなかった。それに男爵家の私のことを見下すような発言をされたので、パーティーにあまり対していい感情を抱いていない。そんなところで姉さんをいじめることなんてできるのだろうか。


 パーティーまでの時間は刻一刻と迫ってきていた。

(ああ、どうしよう。一体何をすればいいのかしら)

 一日中悩んでいたが結局何も思い浮かばなかった。


 そして、何も思い浮かばないままパーティーに行く時間になった。


 私は深呼吸をしてパーティー会場に足を踏み入れた。私より一足先に会場に来ていた姉さんの周りにはたくさんの人だかりができていた。

 やっぱり姉さんは人の心を掴むのが得意だ。私にはとても真似できない。そう思った時、姉さんと目があった。そして、周りにいた人たちも一斉に私の方を見た。


 一気に視線を浴びた私はたじろいだ。しかもその視線は私を軽蔑するような感じだった。

(どうしよう。どうすればいいのかしら)


 私はひとまず飲み物を手に取った。緊張を紛らわすように一気に喉に流した。

 ひとまず姉さんたちに近づき会話を聞くことにした。


「ねえ、妹にドレスを取られたって本当?」

「ええ、でも妹は悪くないの」

「どう考えても悪いでしょ。人の物を取るなんて最低よ」


 という会話が聞こえてきた。どうやら姉さんはいろんな人に自分のドレスを取られたと言いふらしているようだ。そしてみんな姉さんの言葉を完全に信じきっている。


 人の物を勝手に取ったのは姉さんなのに。しかし、今私が姉さんのドレスを着ているのは事実だ。そんな私が本当のことを言っても信じる人はいないだろう。


 でもこれでいいんだ。姉さんはこれを望んでいた。今日、伯爵は来ていないようだがすぐに彼の元にも噂は広がるだろう。私の良くない噂が。


 私はもう一度飲み物を飲んで心を落ち着かせようとした。その時周りの冷たい視線に気がついた。誰もが私を遠巻きに見て何かをひそひそと話していた。この場に私の味方は誰もいない。


 こうなることはわかっていた。私もそれを受け入れたはずなのに、いざ敵意を向けられると怖くなる。まるでこの世界に私の味方は誰もいないようなそんな気持ちになってくる。


 私は思わずその場から逃げ出してしまった。パーティーが始まってからまだ1時間も経っていない。逃げ出した弱い自分が嫌になる。姉さんの期待に応えられなかった自分が嫌になる。


 こんなに辛いなんて思わなかった。こんな気持ちになるならあの時マリーの言うことを聞いておくんだったな。マリーはこうなることがわかっていたのだろう。私は自分の考えが甘すぎたことに今更気づいた。


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