前編 学校の七不思議
私は小学校の頃、テレビに出たことがある。
「そうだ、心霊映像でも撮らないか?」
父はそう言ってカメラとカツラのような物を持ってきた。新しい遊びが欲しかった私と弟は喜んで引き受け、三人で嘘の心霊動画を撮影した。
「あれ、ボールが無いよ?」
「そこー!」
「あるじゃん、そっちに落ちてるよ」
初めはどこかに投稿するつもりなんて、全く無かった。
内容は家の中でボール遊びをして走り回る、よくあるホームビデオのようなものだ。しかし薄暗い階段の横を通ると、上からゆっくりと髪の毛が下りてくる。
「ぐぇっ!」
「ああごめん、顔に当たっちゃったね」
私たちは最後まで髪の毛……カツラに気付かないふりをする。撮り終わった後、確認した映像は意外にもクオリティが高かった。
「凄いなこれ、もしかしたらテレビに出せるんじゃないか?」
父の言葉は冗談だと思った。だがそれから一ヶ月後、夜の七時に放送されている心霊番組にて、私たちの映像が大々的に紹介されることになった。
「いやぁ、これは怖いですね!」
モザイクのかかった私たち、髪の毛が出てきた瞬間に叫び声の上がるスタジオ。嘘の映像なのに、ここまで注目されていることに私は驚いた。
「こんなに、みんなが私のことを見てくれてる……!」
でも嫌な気持ちじゃなかった。少し恥ずかしかったけれど、テレビに映っている私は想像の何倍も輝いて見えた。
「あ、僕がボールにぶつかって転んだ!」
「お分かり頂けただろうか……面白過ぎだろこれ!」
何度も自分が転ぶ映像を流されて怒る弟、そして手を叩いて笑う父。
「今まで知らなかったけど、幽霊って面白いな」
そして私はこの出来事がきっかけで、心霊やオカルトに興味を持つこととなった。
「それじゃあ、行ってくるね」
そして五年後、当時テレビに映っていた少女は中学二年生になっていた。彼女の名は千船恵美という。
「お、誰もいない……」
学校へは毎回バスで通っているが、今日は少し時間に余裕があったのでベンチに腰かけた。
ワイヤレスイヤホンを耳に付け、お気に入りの音楽を流す。
「やっぱり、ここの叫び声が爽快で気持ちいいな」
しばらくするとサラリーマンや学生がやって来たので、イヤホンを外してバス停の列に並ぶ。
バスが来ると可愛らしいデザインの定期入れを読み取り機に押し付け、窓際にある一人掛けの席を確保した。
「ふぅ……」
車内は混雑していたが、ここで景色を見ていると周りの騒がしさから解放されたような感覚になる。
一通り乗客を詰め込むとバスは動き出し、学校への道をゆっくりと走り始めた。
そして放課後、恵美はとある教室のドアを叩いた。
「花子ちゃんか、どうぞー」
中からは女性の声が聞こえてきた。彼女がゆっくりと教室に入ると、そこには数名の生徒が座っている。
「こんにちは……」
恵美の通っている桔梗山中学校には、他校では珍しいオカルト研究会という部活が存在する。
活動内容は心霊スポットや呪いに関する研究が主体で、それらを新聞にまとめて部室横に展示している。
「ちょっと花子ちゃん、この写真見てくれない?」
「どうしたんですか?」
三年生の先輩が雑誌の切り抜きを見せてきた。そこには目が半分開いた、古めかしくて不気味な人形の姿がある。
「こ、これは……」
恵美が返答に困っていると、先輩は誇らしげな表情で眼鏡を直した。
「見た者を破滅させるという呪いの日本人形だよ。写真もヤバいけど、実物を目にしたら生きては帰れないって噂よ」
「何て物を見せるんですか!?」
そう言われると余計に恐ろしく見えてしまう。人形と目が合わないように、彼女は明後日の方向を向いて写真を除けた。
「それで、今日の活動は何なんです?」
恵美は筆箱を取り出しながら、薄ら笑いを浮かべる先輩に聞いた。
「今日は久しぶりに心霊調査をやろうと思っている。ただし、いつものとは一味違う」
同級生や先輩たちから歓声が聞こえてくる、だが、彼女は何やら嫌な予感がした。
「今回の内容はズバリ……学校の七不思議を調査して、幽霊の姿を激写するナリ!」
「先生に見つかったらどうするつもりですか?」
彼女の提示したプランは、夜の学校にこっそり忍び込み、各メンバーに分かれて調査を行うというもの。
しかし、恵美は手を挙げてこの案に反対した。
「この学校で幽霊なんて出ないですよ、流石に」
どうせ取り上げるなら全国の心霊スポットに回ってみたい。そんな彼女の意見とは対照的に、先輩の出したプランは意外に高評価だった。
「うーん、私は初心に帰った感じで好きだけどな」
「ベタだけど触れられてない分野だと思う。七不思議は」
時間をかけて様々な意見が飛び交ったが、結局反対したのは自分だけだった。
「よし、じゃあ新聞のテーマは七不思議で決まりね」
最後の先輩の一声で、オカルト研究会の活動内容が議論の末に定まった。
学校から帰って家に戻ると、いつも家にいるはずの母と弟がいなかった。
「ただいま……ねえ、ただいまってば」
どこを探しても見つからない。買い物なら連絡くらい入れても良いのにと思いながら、恵美は携帯を開いた。
すると、初めて一件の不在着信があったことに気付く。
「もしもしお母さん、どうしたの?」
荷物を下ろしながらリビングで電話をかけると、母は少し慌てた声で電話に出た。
「ああ恵美、ちょっと福が骨折しちゃったみたいで……」
「えっ、骨折!?」
福とは弟のことである。どうやら体育でサッカーを行っている際に転倒し、足の骨を折ってしまったようだった。
今は病院で検査を受けており、帰りは遅くなるとのこと。
「ご飯はそこの冷蔵庫に用意してあるから。何かあったらすぐに連絡して」
そう言われて電話は切れた。福の様子を見に行きたかったが、どこの病院にいるのかを聞きそびれてしまった。
「今日は何かと変なことが多いなぁ……」
さらに今夜は調査のために学校まで行かないといけない。足が進まないが、サボると面倒なことになってしまう。
恵美はスマホをソファーに放り投げ、だらしなく座って姿勢を崩した。
「そうだ、あれ再生しよっと」
ふと思い出したように彼女はイヤホンを耳に付け、気分転換に音楽を聴き始めた。
周りからの叫び声。恐ろしい程の速さで落ちていき、それは音を立てて潰れる。
「ふふっ、やっぱり気持ち良いな」
すると先程の態度から一転、上機嫌になって両足をパタパタと振り始めた。
夜の八時ごろになると、桔梗山中学校の正門横に数人の生徒が集結した。
「すみません、少し遅れました!」
恵美も息を切らしながら到着し、オカルト部の部員が揃ったことを先輩は確認した。
「みんな来たことだし、それじゃあ調査を始めようか」
「えっと……ここに入るんですか?」
屈んで茂みから校内に入っていく。頭に葉っぱが付いたので、恵美は軽く振り払った。
「よし、ここからはそれぞれの場所で一人ずつ調査を行っていこう。私は理科室、花子ちゃんは踊り場で……」
先輩が場所を振り分けていき、部員たちは校舎前で一旦解散することになった。
「それではみんな、健闘を祈る!」
最後に、彼女の一言で七不思議の検証が始まった。
「うわぁ、周りが見えないよ……」
恐る恐る廊下を歩いていたのは恵美……ではなく、二年生の別の部員だった。
彼女が検証する七不思議は、夜の音楽室でピアノを弾くと、肖像画が動いて拍手をするというもの。
「部でピアノできるのは私だけだし、弾くしかないよね」
電気の消えた教室を通り過ぎていく。音楽室まではもうすぐの所まで来ていた。
「えっ、何か聞こえる?」
しかし、異変を感じて彼女の足が止まった。誰もいないはずの音楽室から、どういうわけかピアノの音が聞こえてくる。
「誰……?」
覗いてはいけない。そう思いながらも、ドアを少し開けて中を確認した。
肖像画に動きが無い。だが、何者かがピアノを弾いている。
「ひいっ!」
彼女は一目で、その存在が人間ではないと分かった。
黒い靄のようなものに囲まれて姿は見えず、足だけはうっすら透けている異様な存在。
そしてその存在は曲を弾き終えた後、ゆっくりとこちらに振り向いて立ち上がった。
一方その頃、恵美は先輩に言われた通りに西階段の踊り場に立っていた。
「よし、場所は確かここのはず」
夜、この鏡の前で「さようなら」と四回叫ぶと、鏡の中から手が出てきて向こうの世界に引きずり込まれる。
「というか、学校ってこんなに人いなかったけ?」
鏡の周りには誰もいない。ここに向かう途中で職員室の横を通り過ぎたが、先生の姿も無かった。誰か見回りしていると思っていたが、意外と夜の学校はそんなものなのだろうか。
「まあ、良いか」
気を取り直して、彼女はしっかりと合言葉を叫び始めた。
「さようなら、さようなら、さようなら、さようなら!」
鏡をじっと見つめた。しばらく待っていたが向こうから手が出てくることも無ければ、幽霊が鏡に映ることも無かった。
恵美は何も起こらなかったことを確認すると、ゆっくりと鏡を離れた。
「先輩はどうしてるかな……?」
確か彼女は理科室で人体模型に向かっているはずだが、ここからだと様子は分からない。
取り敢えず自身の検証は終わったため、恵美は一息つくためにトイレに向かった。
「……」
道中は誰ともすれ違わなかった、果たして、他の部員はちゃんと検証を済ませているのだろうか。
そう考えながら、洗面台で手を洗っていた時のことだった。
「何か、光が入ってきてる……?」
恵美はふと手を止めた。昼でもないのに眩しいくらいの月の光がこちらに差し込んできて、電気の消えた学校を明るく照らしている。
「おお、綺麗だなぁ」
窓を開けると、廃墟のようになった校舎に光が当たって幻想的な姿を映し出していた。
風がこちらに向かって吹いてきて、それもどこか心地良い。
「ふふっ、何だかあの時みたい」
そうだ。あの子が自殺する瞬間を見たのもこの時だっけ、と彼女は思い出していた。
あの時のことは今でも忘れない。忘れようとしても、決して頭の奥から消し去ることができない。
「あれから、もう一年は経つんだっけ?」
続く