シナリオ通り断罪されそうなので無人島に逃げ込みました。第二王子までついてきてしまっているのが気掛かりなのですが。
最近、シリアスばかり書いていたので、久しぶりに、ゆる〜いラブコメ短編を書いてみました。ラブコメに、なっているはず!
よろしくお願いします♪
バシャンという、小さな水音と、落ちていった繊細な模様が刻まれたガラスが割れる音とともに、ここまで、必死にしがみついてきた、もろい足場が、ガラガラと崩れ落ちていく。
まぶしいほど白い、正装に身を包んだ第二王子の胸元には、バラが咲いたみたいに真っ赤なシミができている。まごうことなき、私のせいで出来てしまったシミだ。
「ステラ・ルナホワイト?」
ちらりと、そのシミに目をやった第二王子は、王族として鍛え上げられたアルカイックスマイルのまま、私に目を向ける。
怒っているのか、いないのかが、わからないから逆に怖い。本人に自覚はあるのかしら。
涙目になった私には、会場が静まり返って、すべての参加者が、今後の動向を眺めているのを感じながらも、なすすべがなかった。
そして、第二王子の陰から、伺うようにこちらを見ているのは、最近王都で真の聖女と呼ばれているメアリア様だ。
小さくてかわいい、子犬みたいにふわふわのハニーベージュの髪の毛と、それより少しだけ濃い、蜂蜜色の瞳。私より小さいその可愛さは、守ってあげたくなる。
けれど、彼女が聖女だという神託をうけたあの日から、その名声が、上がれば上がるほど、ルナホワイト辺境伯家令嬢である私を取り巻く噂は悪意を増している。
しかし、メアリア様は、真の聖女と呼ばれても驕ることもなく「ステラ様は、そんなことしませんっ!」と、私のことを庇ってくれていた。いい子なのだ。
それでも、最近では、私が聖女なんかじゃなくて、実は「魔女」だという噂まで流れているらしい。紅の瞳と、漆黒の髪という見た目のせいもあって、その噂は、瞬く間に王都に広がってしまった。
……でも、その噂の原因、思い当たることがあるのよね。
聖女として出向いた魔獣との戦いの最中の出来事が、尾を引いているのに違いない。アレだわ、アレに違いない。
もう一度、ほんの少し前まで完璧な装いだった第二王子が、私のせいで赤く汚れてしまった姿を見る。それは、あの日の戦場で、最後に見た姿と重なって、ひどく胸が痛んだ。
血だらけで倒れてしまったルーデンス様。なんとか守ろうとして、広範囲光魔法を、あと先考えず放ってしまった私。
その後の記憶が、ない。
幸い味方に被害はなかったらしいけれど……。
「ああ〜。この場面にしか登場しない、ルーデンス様の白い正装が、ワインで汚れるなんて」
戦場では、完全なる聖女だと呼ばれたって、普段の私は、本当にダメだ。ダンスも、刺繍も苦手。得意なのは、回復魔法をはじめ、全属性使える魔法だけ。
このまま婚約者として、聖女として王都に居座っていたら、第二王子のルーデンス様にも、迷惑が掛かってしまうに違いない。
しかも、この場面はさらにダメだ。ダメにダメを重ねてしまっている。
間違いなく、偽物聖女にワインをかけられそうになった、真の聖女を庇って、第二王子が代わりにワインをかけられる場面。転生前に夢中になっていた、小説通りの展開だ。
「――――限界」
そう、頑張ってみたけれど、限界だわ。これ以上、大好きなルーデンス様に迷惑をかけてはいけない。
その言葉が聞こえたのか、私の両目からボロボロこぼれた涙のせいなのか、珍しいことにルーデンス様が狼狽えたように瞠目した。
口を何度か開け閉めして、何か言おうとしてやめた気配を感じるけれど、もう完全に限界だ。このあと、小説では、私は断罪されてしまう。
聖女は、王族と結婚することが、決まっている。
そして、この世界に現れる聖女は、一人だけ。
それが、この『二人の聖女』の世界での決まりなのだから。
ルーデンス様のおそばにいたくて、頑張ってきたけれど、やっぱり私は……。
聖女は二人いない。どちらかが偽物なのだ。
そして、物語通り、私が偽物に違いない。
もう一人の聖女、メアリア様に意地悪もせず、小説内では「絶対に行きませんわ!」と、辺境伯令嬢としての権威を振りかざし、駄々をこねて逃げていた戦場にも進んで行った。
そして、結果として、魔女と呼ばれるようになってしまった。物語の強制力なのだろうか。
「……今まで、ご迷惑をおかけしました」
「は? 何言っているんだ。お前らしくない、ステラ」
「ニセモノは」
以前、聖女になったばかりの頃に、辺境伯領の聖なる泉の穢れを払った時に、褒美としてお兄様が下さった無人島がある。
その時は、無人島なんてもらっても、どうしたらいいのかわからないけど? それなら、おいしいケーキでも食べさせてくれたほうがずっといいのに? と辺境伯であるお兄様のセンスに腹を立てたものだけど、今ならその考えが手に取るように理解できる。
お兄様は、いざというときのために、私に逃げ場を用意して下さっていたのだわ。
『真っすぐすぎるお前が、心配だ。俺は……』
辺境で、毎日魔獣を追いかけて暮らしていた私の元に、中央神殿の当時の大神官様から、聖女という神託が届けられたとき、開口一番、お兄様はそう口にした。
いつも、『淑女らしくしろ!』と追いかけてきたお兄様が、細身のメガネをクイッと上げる仕草が、懐かしい。あの時は、その仕草の後には、絶対にお叱りを受けるせいで、苦手だったけれど。
「消えますから」
戦地に行くときに、ルーデンス様が、『危なくなったら、これで逃げるように』と言って、手ずから渡して下さった、転移水晶を手につかむ。
あー。ルーデンス様は、ニセモノ聖女にまでお優しすぎます。ごめんなさい。戦場ではないけれど、使わせて頂きます。
目的地は、すでに登録してあるから。そう、あの無人島で暮らすのだ。たぶん、その方が、私には合っている。
転移水晶を床に投げつけると、キラキラと光りながら、粉々に割れる。
そこから現れた光に包まれて、ブブンッと、画面が揺らぐように、世界が歪んでいく。プツンッと、画面がブラックアウトする直前、私の目の前には、ルーデンス様のご尊顔があった。
そんな、必死な顔、することあるんですね。
まるで、泣きそうにすら、見えますよ。
戦場でだって、そんな顔したことなかったのに。
そんなことを思った瞬間、温かい体温を感じて、直後、世界は暗転した。
* * *
……背中、チクチクする。
いつものフカフカベッドの寝心地とは、明らかに違うのに、これはこれで快適だ。
目を覚ませば、草で作られたベッドに寝かされていた。草を包んでいる布には、見覚えがある。
間違いなく、ルーデンス様のマントだ。
「ルーデンス様?」
キョロキョロ見回す。何もないはずの無人島。すでに焚き火が、燃えているし、その横には薪が乾かされている。
安全のためにか、周囲に柵が作られているし、雨露しのげるように、簡易的な屋根まで造られていた。
「すごい」
すごいとしか、言いようがない。
ルーデンス様が、全て自分で仕上げたとでもいうのか。王子様ではないのか。頼りになりすぎではないか。
クラクラするほど、ルーデンス様にときめいてしまう。どうしよう。
でも、悪役令嬢を避けようとした日々は、報われることがなかった。
もう、諦めたはず。諦めたはずなのに。
「ルーデンス様」
「目が覚めたのか」
手頃な枯れ木を抱えてきたルーデンス様。すでに飾りの多い、そして赤ワインで汚れてしまった上着を脱いで、白いシャツとトラウザーズだけになっている。
ルーデンス様は、意外にも、手慣れた様子で焚き火の強さを調整すると、魚に串を刺す。
「……どうして、そんなことできるのですか。王子様なのに」
「……戦場でも、訓練でも、これくらいは必須だ」
たしかに、聖女は、戦場に出たとしても最も後方で守られて過ごす。あの日が、特別だっただけだ。乱戦になってしまい、ルーデンス様が怪我をしたあの日が。
「どうしてついて来てしまったのですか」
「……あの日から、ステラが俺にとって、一番大事な人間になってしまったからかな」
「あの日って」
「ステラが、光魔法を使って倒れたあの日から。あの魔法は、生命力を削るものだと後日、魔術師に聞いた。あれは、俺を助けるためだったと、勝手に思っていたのだが。……思い違いだろうか?」
顎に指先が添えられて、上を向かされる。
「ここには、俺を追い詰めて辺境に追いやろうとする第一王子の婚約者の父である宰相も、俺を過酷な戦場にばかり送り出す第一王妃派の騎士団長もいない。ステラを守るために、周囲の目を欺いて我慢する必要もない。だから、ステラを愛していると公言しても構わない。そう、思わないか?」
「ひえっ?」
こんなふうに、獰猛に笑う人だったろうか。
目の前にいるのは、小説の中でも、今までも、お目にかかったことのない、吹っ切れてしまった様子のルーデンス様だ。新しいルーデンス様だ。
「まさか、安全のため渡していた転移水晶をこんなふうに使うとは、予想外だな」
「あの、王都に戻らないと」
「戻る方法なんてないだろう? まあ、このままここで、ステラと暮らすのも良さそうだ」
「えっ?!」
たぶん、万能なルーデンス様なら、ここから王都に戻ることは、不可能ではないに違いない。戻ってもらわなくては、いけないのに。
「俺と二人きり、ステラは嫌か?」
「ううっ、最高ですぅ」
新しいルーデンス様に、私は今まで以上にときめいてしまった。困ったことに。
* * *
それから数年後、押しかけて来たお兄様や、辺境伯領の住人まで加わり、無人島がものすごく発展して、無人島ではなくなってしまうことも。
実は、小説とは違って私が真の聖女で、ざまあに近いことを、計らずもしてしまうことも。
今の私は、まだ知らない。
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