その3 食堂と焼きめし
「冒険者の食堂だァ…!!」
恐る恐る入って行った食堂?はまさしくアニメや漫画で見る光景そのもの!
丸テーブルが広い一室に点在し、たくさんの人たちがそこに座って食事をしている。
海外旅行ブログなんかで見る「お勧め食堂写真」と違うのは、座っている人たちがエルフ耳だったり、犬耳(猫耳?)だったり小人だったり獣人だったりしてること。
っていうか、えっらい種族多くない!?
この世界って滅茶苦茶異種族交流が発達してる世界なのかな。
なんか腕に義手?いやSFアニメで見るような大型の戦闘アームまでつけてる人も………
「ってなんでやねん!??ここファンタジー異世界じゃないの!?」
「★★★★★―――☆!!!!!!!」
私の突っ込みを大きな怒鳴り声が上書きした。
その音量に驚いて飛び上がる私とおにいさん。
反射的に声の方向を見ると、恰幅の良い中年女性が駆け寄って来る。
しゅばっと風が空を切ったかと思うと、その女の人の手がすぱああんとおにいさんの頭にヒット!
なんでやねん。
おばさん、わたしよりは背が高いけど、それでもおにーさんよりは低いよ!?
踏み台でもない限り頭を叩くなんて無理じゃん。
おにーさん自分から頭を下げたわけ?叩かれるために??
…なんなの、この人。
「☆☆□✖&&%%%!!!」
「~~~〇□###……」
おばさんはおにいさんを大声で怒鳴りつけている。
おにいさんは腰を屈めて言い訳?なのかな、してるみたい。
焦った顔で滅茶苦茶怖がってる感じ。
もしかしておにいさんのお母さんなのかな。年齢的にはそう見えてもおかしくない。
なにかあってお母さんに怒られてる、っていう状況ならスムーズに納得できそう。
ってことはこの食堂はおにいさんの家?
いかにも冒険者の宿屋な実家もちで服装は自衛隊?
この世界ってどんなファッションセンスが横行してんだよ……。
ただ茫然としておにいさんとおばさんのやりとりを見つめていると、ようやくお説教?が終わったのか、おにいさんがしゅんと項垂れままで私の側まで戻ってきた。
肩を落としてしょぼしょぼしている姿がなんだかおかしい。
思わず笑ってしまう。
「○○☆」
おにーさんが苦笑を浮かべた。
あっ、と気が付いて私は慌てて頭を下げた。
おにーさんは「いいよ、いいよ」と笑いながら軽く右手を振り返す。
あ、なんか意外とコミュニケーションとれてる?
こういう解りやすい感情のやり取りなら案外言葉がわからなくてもなんとかなるかも……!!
そうだよね。コミュ能力が高い人なんかは、外国語が全然できなくてもボディランゲージだけで海外旅行しちゃうなんてよく聞く話だし!
私はそこまでコミュ能力は高くないけど、親切にしてくれる現地人のおにーさんが相手ならなんとかなるかもしれない……!!
ちょっと希望が湧いてきた。
そして私はおにーさんに促されて、食堂の角地にある丸テーブルにある二つの椅子の一つに座った。
隅っこ配置のこのテーブルは二人客用みたい。
部屋の角の隅っこ位置だけど、窓が近くにあって外の景色が良く見えるから、中央の大きな丸テーブルより私には良い場所に思える。
対面におにーさんが座る。
そしてさっきのおばさん、お母さん?に向かってなにか話しかけた。
おばさんは部屋の奥の多分厨房前のカウンターから顔を出して頷いていた。
まだなんか顔は怒っていたけど。
椅子に座っておにいさんと対面してるけど―――正直話しかけようがない。
日本語が通じる相手なら例え見知らぬ相手だって沈黙状況を打破するために話しかける私だけど、さすがに今は無理だ…。
ボディランゲージ会話っていってもいきなりできるもんじゃないし!!
幸いこのおにーさんは人は良いみたいだから(多分)、私が無言のままでも怒ったりはしないだろう(多分)。
…ああ、視線あわせづらいなぁ…。
顔を見たらなんか話さないといけない気分になるし。
仕方なく私は丸テーブルに視線を落として木目をじっと見つめてる。
なんの木材かわかんないけど、結構頑丈そうだし、それに綺麗だな。
年季を感じさせるけど、シミや焼き焦げみたいなものは全然なかった。
店の人の手入れがいいんだろうなぁ……。
ちらっ。
視線ほんの少しだけあげてみる。
そこにあるおにいさんは笑顔だった。
ばっと慌てて視線を落とした。
じっくり見れたわけじゃないけど、このおにいさん、結構イケメンな気がする…!!
鼻筋は通っているし目は二重で大きいし、太い眉毛もきりっと真っすぐ伸びて整ってるもんね。
いやこんな状況でイケメンもブサメンも関係なく、保護してくれる相手には感謝の念しかないんだけど!!
イケメンが目の前にいるって、彼氏いない歴生まれた年数の私にとってはやっぱりちょっと嬉しいわけで!
いや、今はそこを喜んでる場合じゃないんだけど!?
この場の身の安全は保障された気はするけど、今晩や明日はどうするんだっての!!
こ、今晩は…………おにいさんにお願いすれば一晩くらいはここに泊めてもらえるかもしれないけど…。
明日になったらどうしよう……。
再び鎌首を持ちあげる不安感。
心臓の鼓動がちょっとづつ早くなってくる。
テーブルの上に置いた両手を強く握り込んだ。そうしない震えてしまう。
パニックになるのだけは回避したい。
錯乱してここで迷惑をかけるようなことをしてしまったら、目の前の親切な人が私に持つ信用は簡単に消えてしまうだろう。
自分を守るために、人の好い相手とはいえ、媚を売ってでも信用度は落とさないようにしなくちゃいけない。
必要最低限の立ち回りくらい私だって心得てるんだ!
「………あ」
握り込んだ拳の向こうにお皿が置かれた。
チャーハン。
にしか見えない料理がそこにある。
刻んだ具材が点々と混ざりこんでほんのちょっと焦げたような香ばしい匂いが漂う。
お醤油の匂いがする。
この世界にももしかしてお醤油ってあったりするのかな?
見上げるとおにーさんはやっぱり笑顔で私を見ていた。
右手を軽くあげて、くっと、前に押すようなジェスチャー。
「あ、あの、食べて、いいんですか?」
うんうんと頷くおにいさん。
言葉は通じないはずだけど、スプーンを握って語り掛ける私の姿を見れば、言いたいことは伝わるとも思う。
「い、いただきます」
スプーンを改めて握り込んだ。
あれ、このスプーン、金属製だ。
異世界食堂なら木製とかが普通だと思ったけど、食器も陶器だし、水?がはいったコップもガラス製だと今更気が付いた。
中世風ファンタジー世界だと思ったけど、もしかして違うのかな。
そういえばあっちにはなんか機械腕装備してる人がいるし。
かなり離れた位置に座っている一団の一人に目をやりながらスプーンを口に運ぶ。
ほとんど無意識にチャーハンの一口目を頬張っていた。
目の前が見慣れた使い慣れた食器だったからかな。
食べなれた調味料の匂いでいっぱいだったからかな。
異世界の食材に対する不安感とか抵抗感がこの時は全然でてこなかった。
「……焼きめしの味だ…!!」
口の中に広がる塩辛い味。よく炒めた具材。香ばしい甘み。
脂の甘みも重なって凄く美味しい…!!
私が小さい時から大好きな、地元の大衆食堂でよく食べる焼きめしの味とそっくりなんだ!
御飯がパラっと仕上がった感じは家庭のガスコンロじゃできないけど、高級中華料理じゃない、素朴な味わいがして大好きな焼きめし。
二口目、三口目、わたしの口の中に放り込まれる。
「美味しい…美味しい……」
気が付いたらぽろぽろ涙が零れ落ちていた。
焼きめしを食べながら私はまた泣いてしまっていた。