罪人
ねぇ 明日 しんでしまおうかしら
もどかしいこと全てのあてつけに
君の心ゆれますか?
ぼくのことで後悔してくれますか?
~スガシカオ~
私は殺されたのです。
あの男に。
私は殺されたのです。
みなさんは死んだと思われるかもしれませんが、私は殺されたのです。
だから、道連れであの男の大切なものを奪ったのです。
そもそも、何も知らずに私に大切なものを預けていたあの男が悪いのです。
私は殺されたのです。
あの男に。
あの男との付き合いは、約9ヶ月といったところだったでしょうか。
今思えば、厳しい男だったと思います。
私を過酷なまでに働かせていました。
最初は私も働きました。
必死になって働きました。
自分が必要とされているのですから、働きました。
当然のことだと心得ております。
けれども、あの男は休みなく働かせるのです。
私は、早々不安に駆られました。
この先のことが心配になったのも事実です。
でも、この時はまだ、自分が殺されるとは思ってもみなかったのです。
とにかく、がむしゃらに働きました。
何たって、私は若いですから。
それに甘んじるかの様に、あの男は私を酷なまでに働かせたのです。
暑さも一段落して紅葉も美しく、過ごしやすい季節でのことでした。
あれは、ちょうど5ヶ月目になった頃でしょうか。
相も変わらず、酷く働かされていました。
あの男は、私をモノとして扱っていたようでした。
当然のような顔をして。
私の働きに対する見返り?
そんなものはありません。
私は、あの男に奉仕し続けました。
それが私に与えられた役割なのですから。
あの男は、最初から利用するために私を選んだのです。
それは私も承知していました。
過労気味でした。
この頃から徐々に私の体は傷だらけになっていきました。
このままでは殺されるかもしれない。
徐々にその不安が姿をあらわし始めたのです。
ひょっとしたら、私にはもう時間が無いのではないかと。
寒さの厳しさの残りが続く、静かな季節でのことでした。
私の体は、限界でした。
私の華奢な体は、度重なる重労働には耐えかねたのです。
前々から自分でも調子が悪いことは分かっていました。
あの男は、私の変化には気付かない。
あの男は、私には興味が無いのです。
私の仕事にだけ、興味を示すのです。
どうする術もなく働きました。
とにかく働き続ける日々の繰り返しでした。
私の命は、秒単位で削られていっていたのです。
寒さも残りわずかになり、柔らかな日差しが恋しくなる季節でのことでした。
私は、いつ死んでもおかしくなかったのだと思います。
いつものように、あの男は私を働かせました。
いつものように。
いつものように、あの男のPCからある曲が流れてきました。
それは、あの男の一番好きな曲だったと記憶しております。
ゆったりとした曲のイントロが流れた時、私の中で何かが消えていきました。
それは、何だか心地よいものであったと思います。
その時、この妙な心地よい違和感を悟りました。
私は、自分の命の灯が消えていくのを感じていたのです。
あの男のPCからは、ようやく最初のフレーズが流れてくるあたりです。
私は、最初のフレーズを聞きながら死んでいったのです。
でも、最期にあの男の大切なものを道連れに出来たのですから、良しとしましょう。
初夏を思わせる気持ちのいい季節でのことでした。
PCの前で、男が軽く舌打ちをした。
PCから流れてくる心地よいメロディとは反対に、心の中は落胆の色で染まっていた。
何とか蘇生を試みるが、一向に回復の兆しは無い。
まさか。
こんな早くに逝くとは。
確かに、最初から違和感はあった。
男の心の中では、ただただ後悔の念が渦巻いていた。
ちゃんと素性確認と体調管理をしておくべきだった。
呆然と立ち尽くす男。
目の前には、華奢な亡骸が横たわっていた。
初めて見たときから、違和感があった。
嫌な予感がしたけど、そんなはずはないと自分に言い聞かせ、働かせた。
確かに酷使はしたが、これ程までに早く逝くとは思わなかった。
男は、少し考えてから思った。
次の子は、ちゃんとを選ぼう。
そう思い、男は忌々しげに、逝ってしまったその亡骸をじっと見つめた。
6月21日 未明
microSDカード(256GB) 享年9ヶ月
国籍:不明
死因:過労死