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八話:半年の変化

 武官の斉献籍さいけんせきは、細身のように見えて実は鍛え抜かれた長身。

 ともすれば武官としての威圧感が勝りそうな見た目に反して、物腰は穏やかだ。

 公徳を重んじて弱きを助け強きをくじく。妖婦討伐の旅の最初から、命がけで私を助け続けてくれた、頼れる仲間だった。


「ふふふ、なんだかこんなに着飾って献籍と顔を合わせるのは不思議な気分になるね」

「お互い、巫女装束や鎧が見慣れていますか?」

「それもあるけど、お城を逃げ出した顔合わせの日と比べるとさ」


 苦笑いする私に、献籍は労わるような優しい笑みを返した。


「幸か不幸か、旅の仲間が揃う顔合わせの日に、妖婦の襲撃を受けたからこそ、今日があるのでしょう」

「そうだね。…………いきなり服脱がされた時には、私みんなの正気を疑ったよ」

「う、それは、申し訳ありません。あの時は急を要する事態でしたので、満足な説明もできず」


 頬を染めて謝る献籍は、この話題でからかわれるのが旅の仲間の鉄板となっている。

 初めて顔を合わせた日、妖婦の襲撃を逃れるため、私の巫女装束を脱がしにかかったのは荒事に慣れた弓使いだった。そしてその巫女装束を着たのは女戦士。つまり、私を狙う妖婦の囮になるため脱がされてしまったのだ。

 私以外はすぐに意図を汲んで止めなかったけど、もちろんわけのわからない私は半泣きになった。

 そんな下着姿の私を自分の外套で覆って、城の外まで運んでくれたのが献籍なんだけど。


 相変わらずの反応に、私は笑いそうになるのを堪えて、口に手を添えた。


「あられもない恰好の私を運んだからって、そこまで罪悪感持たなくていいんだってば。どうせなら笑い話にして?」

「婦女子に無体を強いたのは紛れもない事実です」

「献籍も相変わらずだね。そういうところお堅いんだから」


 親しいから交わせる軽口に、献籍も笑みを浮かべたまま。


「一度はあなたのために剣を捧げましたから。お役目を終えた今も、あなたが世のために危険を冒すと言うのなら、いつでも馳せ参じましょう、巫女さま」


 そう言って私の手を自然に取った献籍は、押しいただく真似をする。

 町娘の私では物語でしか見たことのない大袈裟な振る舞いに、思わず顔が赤くなった。


「も、もう…………! それ恥ずかしいんだって」

「ふふ、仕返しですよ」


 わかっててやってる献籍は、悪戯っぽく笑ってみせる。


「しかし、あなたは装い一つでずいぶんと印象が変わりますね。巫女装束を脱げば何処にでもいる少女だとは思っていましたが」


 巫女装束や鎧が見慣れていると言ったけど、実は嘘、というか冗談だ。

 妖婦から逃げ隠れする間は、ほとんどそういう恰好はしなかった。目立つし、服がもう身分を物語ってるからね。

 だから見慣れているのは旅人を装った軽装。もしくは町に溶け込むための平服だった。

 献籍は立ち振る舞いとか武官だから、どんなに恰好を軽くしても庶民に見えなくてみんなでやいやい言ったのを思い出す。

 もう一人、どうしても仮面を外したがらずに、町に入ると不審者でしかなかった困った方士もいたけど。


「どんなぼろでも着こなす自信あるよ?」

「私には無理な芸当ですね」


 服装で困ったからこそ返す献籍の軽口に、思わぬところから非難の声が投げられた。


「斉武官。救国の巫女である施娘しじょうに対して、その口ぶりはなんだ?」


 見ると、王太子が険しい顔で献籍を見据えている。

 誤解されたことがわかって慌てる私とは対照的に、責められた献籍は焦らず騒がず、まずは王太子に対して武官の礼を見せた。

 仕えるべき相手である王太子に反論する気などないのか、献籍は私に向き直って頭を下げる。


「すぎた非礼をお許しください」

「いいよ、献籍。太子さま、大丈夫です。これくらい一緒にいた間普通に交わしてた会話ですから」


 私は王太子の誤解だと訴える。

 けど思わず素で言ってしまったせいで、王太子の後ろの姜妃に睨まれた。

 まだ咄嗟に宮廷特有のお上品な言葉遣いは出てこないよ。

 他の人の目があるから忠告してくれるんだろうけど、ちょっと今は見逃して?


「献籍は私を良く助けてくれました。とても信頼していますし、その分私は親しみを覚えています。だから、えっと、無礼だなんてことはないんです」


 必死に訴えると、献籍が私の肩を叩いて、落ち着くよう微笑みかけられた。

 王太子に怒られた形の献籍のほうが冷静って、なんか突っ走っちゃったみたいで恥ずかしい。

 何処か嬉しそうに微笑む献籍から視線を外すと、視界の端で王太子が秀麗な容貌を顰めたように見えた。


 …………見間違い?

 見直した時にはすでに、王太子然とした微笑を浮かべている。

 代わりに、姜妃が驚いたように目を瞠っていた。


「姜妃さま? どうかしましたか?」

「…………! な、なんでもございません」


 眉間に皺寄せたまま言われても説得力ないんだけどなぁ。

 王太子も姜妃を訝しげに見る。

 そうして視線が逸れると、献籍は内緒話をするように顔を寄せた。


「士たる者、三日会わなければ括目して見るべしと言いますが、施娘もこの半年でずいぶんと変わられた」

「さっき変わってないって言ってなかった」

「そうですね。では変わったところもあると言うのが正しいのでしょう」


 士たる者、という言葉は魔槍を使う少年兵が言っていた言葉だ。

 才能はあっても未熟で、途中脱落したんだけど、妖婦との最終戦には駆けつけて来てくれた。

 短期間で成長して戻った彼には驚かされたのを思い出す。

 なんて思い出に浸ってたら、献籍に片手を嗅がれてた。

 何ごと!?


「普段女性の香にあまり思うこともないのですが、施娘がつけていると、なんと言うか…………」


 言葉を濁す献籍に、私は身構える。

 つ、つけすぎた? 臭いくらいだったりする?

 宮女さんはこれくらい平気だって言ってたんだけどな?


「自分が花に誘われた蝶にでもなった気分だ。頭の奥が溶けそうなほど香しく感じる…………」


 独り言のように囁かれ、返答に困ってしまった。

 別に臭くないのかな? の割にはいつまでも手を放してくれないのはなんで?


「施娘、私の座に来てくれないか?」

悧癸りきさま!?」


 突然、献籍が掴むのとは逆の手を取られ、王太子にそう申し入れられた。

 んだけど、姜妃の反応を見るに、これ受けちゃいけない感じかな?

 まぁ、最初から断るつもりだけどね。


「お誘いありがとうございます。ですが、私はまだこのような晴れがましい場に慣れない生まれでございまして。座にお招きいただいても、太子さまを満足させられる話題はございません」


 こういう言い訳は、宮女さんたちと考えた。

 なんせ私、宴での立ち振る舞いを練習するのにつき合ってくれた宮女さんたちが、これは駄目だと悔しがったほど、宮廷的な会話が下手なんだ。

 王太子もしくは、高位貴族の心象を悪くして回るより、初々しく恥じらいを持ってお断りするよう言われてる。

 んだけどー?


「気負うことはない。そう、私とは練習だと思えばいい。恥ずかしがる必要もない。誰も初めてはある。慣れればきっと施娘も楽しめるようになるだろう」


 王太子が引いてくれない。煌びやかな笑顔で掴んだ手を引き寄せようとして来る。

 と思ったら、反対の手が固定されてて私は動けない。

 そう、香を気にしていた献籍もまた、私の手を離してなかった。


「慣れないことをして、翌日まで引き摺っては大変ですよ」


 そう囁く献籍の声に、なんだか覇気が宿ってる?

 一緒に戦いの旅をしたからわかる。献籍が何故だか戦闘前の緊張を孕んでた。


 もうどうしようもなくて、私はこの思いを詰め込んだ視線を姜妃に向けた。

 助けてー。


 まるで私の声が聞こえたかのように、姜妃は一瞬呆れた顔をする。

 けど次には、有無を言わせぬ堂々とした微笑みを浮かべて一歩前に出た。

 その姿勢の良さと、衣の鋭い衣擦れ、意識に叩き込まれるような靴底の音。姜妃はたった一歩で武官である献籍の不意を突いた。


「殿方が二人、淑女に恥をかかせて何をなさろうと言うのでしょうか?」


 責める色の強い姜妃の言葉に、王太子と献籍は私を見る。

 男性二人に両手を封じられた私の恰好は、どう見ても婦女子への暴行一歩手前。

 瞬間、王太子と献籍は同時に私の手を放す。

 真っ白でつややかな繊手が差し出され、私は思わず姜妃の手を取った。


「伯蓮、参りましょう。あなたの座で約束していた貴族の息女方をご紹介いたします」

「は、はい…………春嵐、さま」


 伯蓮って! 伯蓮って呼んでくれた!

 勢い私も春嵐って呼んでみたけど、怒られない!

 うわーい!


 貴族の息女を紹介してもらう予定とかなかったけど。

 私を連れ出すための方便だよね?

 あ、でも春嵐のお友達紹介してもらえるならそれはそれで嬉しいな。

 私もお友達の一人ってことでしょ?

 お姫さまにお友達扱いされるって、恐れ多いけど特別感あっていいな。巫女に選ばれた時みたいに浮かれそう。


「悧癸さま、話し相手をお捜しでしたら、あちらの方々がおられましてよ」


 春嵐が示した先には、ちらちらと王太子を窺う宮女や招待客の息女がいた。

 列で。


 明らかにあれ、王太子とのお話し待ちの列だね。

 いつの間にあんなのできてたんだろ、気づかなかった。


 王太子と献籍の視線を受けて、ご息女たちは好機と見たのかすぐさま距離を詰める。

 献籍も貴族のご息女に囲まれたけど、まぁいいか。


「ありがとう、春嵐さま」

「れ、礼など結構です。それに、さまもいりませんわ」


 珍しく春嵐が詰まった?

 良く見ると耳が赤い。


 指摘しようかと思ったけど、私の耳も熱いことに気づいて、何も言わないことにした。

 師匠に逃げられたけど、献籍と話もできて春嵐と仲良くなれて。初めての宴は楽しく終わった。


 そう、この日は思っていた。


毎日更新、全四十話予定

次回:仮面の方士

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