三十二話:王太子の反乱
「昂覇王さま、宣戦布告がなされました」
「そうか」
私の金丹作りを見に来てた昂覇王に、龍太子が報せた。
人間の王太子がついに龍へと宣戦布告をしたのだ。
すでに王太子は反乱を起こして、仮の王位を得ている。
「即位の儀式を後に回しても宣戦布告を行うとは、短き命を生き急ぐものよ」
そう言う昂覇王は、目に見えるように龍の動きを活発化させ、王太子を刺激して反乱を誘発した。
春嵐と王妃の生存は確認されている。国王とも事前に連絡を取って、譲位を勧めたため、大した抵抗もせず幽閉されていた。
王太子は操られていても、基本的な行動目的は本来の性格から大きく外れないそうだ。
だから身内を殺すほど非情な暴挙には出ていない。
「何か目新しい報告は?」
「宣戦布告の内容でも聞かれますか? 当初のとおり、龍に殺された民の仇と王妃の負傷への報復を喧伝しています」
「目新しくはないな。どうせその後に、巫女を取り戻すのだと続くのだろう?」
妖婦に操られた龍への復讐。それが王太子の兵を起こす大義名分だ。龍によって殺された人間も少なくないため、民に大きな反発はないそうだ。
聖なる巫女の奪還を掲げたことで、私が龍の元にいることが公にされた。
誘拐された上に、婚姻の儀式を強要されたと被害者扱いらしい。
「それで、王太子は出てくるか?」
「はい。軍と共に王都を発したのを確認しております」
頷く昂覇王。作戦は順調みたい。
昂覇王は戦争を早めることで、勢いに乗った王太子を戦場に引き摺り出すことに成功している。
「王都を発した軍に女は?」
「従軍する中に、食事係が三十名ほど」
蘇三娘の狙いは、戦争を起こして人間側の被害を餌に、私を龍の元から引き摺り出すこと。
こうして戦争が起きて操る王太子が戦場に出るなら、蘇三娘も従軍しているはずだ。
「普通戦争の飯炊きは現地調達だ。わざわざ連れて行くのは不自然だな」
ひょっこり現れた師匠が、そう言いながら入室して来た。
「やっぱり、その三十人の中に蘇三娘が?」
聞いた途端、師匠から黙るよう指を立てられる。
どうやら部屋の外には河鼓がいるみたいだ。
『狂愛の呪い』にかかっている河鼓は、どうも私の声にも反応していることが最近わかった。
「そんな者を連れてくるな」
「お前が一緒に居ろって言ったんだろ」
昂覇王の文句に、師匠は苛立ちを隠しもせずに言い返す。
「ではお前が来るな」
「俺の弟子だろうが」
昂覇王は明らかに面倒そうな顔で言うのに対し、師匠は睨み返して文句を拒否した。
「だいたいこっちも用があって来てるんだよ。王都張ってた仲間から連絡があった」
仲間とは、妖婦討伐の旅を共にした弓使いと女戦士。
敵に操られた武官の献籍を軍の中に確認したという。そのまま二人は、軍を追って戦場までやって来るそうだ。
そんな場合じゃないってわかってるけど、久しぶりに会いたくなる。
「予想どおり、国王、王妃、王太子妃は城だろう」
「人質が多すぎても邪魔であろうからな」
師匠と昂覇王が意見を一致させたことに、私は胸を撫で下ろす。
戦争を速めた理由の一つに、王太子の意識がまだ残ってる内に解決するというものがあった。
師匠の予想では、時間が経つほど蘇三娘の術に侵されて、本来の性格さえ歪められる可能性があったから。
まだ身内を殺すなんて考えない内に、春嵐たちから引き離すのも目的だった。
「では、私は予定どおりに王都へ参りましょう」
「龍太子」
声を大きくできないので、小さく呼んで手招きをする。
近づいてくれた龍太子の耳に、私は精一杯背伸びした。
「どうか、よろしくお願いします」
「わかっております。巫女さまのご友人も含む救出というこの大役。見事果たしてみせましょう」
「…………近い」
龍太子と笑い合って頷いたら、昂覇王が龍太子の襟を引っ張る。
苦しそうな顔をした龍太子は、窘めるように昂覇王を振り返った。
「昂覇王さま、さすがにこの程度のことで悋気を見せるのはどうかと思いますが?」
「ほう? 生意気を言うようになったではないか」
昂覇王に見下ろされても、龍太子は気にせず会話を続ける。
仲の良い姿を見ると、昂覇王の言葉つきがきついのは性格なんだとわかる。
最初は怒ってるのかとどぎまぎしたのは、秘密だ。
「おい、施娘」
「はい? 師匠まで引っ張らないでくださいよ」
「お前さんももう少し慎みを持て。人外とは言え男だからな?」
「はぁ…………?」
「あ、駄目だ。こいつわかってねぇ」
「わかるように言ってくださいよ。見れば性別くらい私だってわかりますし」
私を放して師匠は甄夫人のほうに行ってしまう。
「あいつ、俺より枯れてるんじゃないか?」
「初恋もまだなんだと思いますよ」
「え!? なんでわかったの?」
思わず声を上げると、甄夫人はわかっていたと言うように頷く。
親元にいた時には、女の子と遊んでばかりで、それ以外は計算を教わるばかり。
その後は妖婦討伐の旅で恋なんて二の次、三の次。さらには宮城で会う男性は限定的で、『狂愛の呪い』がわかってからは恋なんて言葉すら忘れてた。
そんな私より甄夫人のほうがわかってるってどういうこと?
「ふむ、面白いことを聞いた」
呟く昂覇王に、何故か抱き寄せられる。
「は、放して、ください」
図書庫で嫁がどうとか言われてから、昂覇王に触られるのが恥ずかしくなった。
空くん相手みたいな気軽さだったんだけど、どうも違ったみたいだし。
腕から逃れようと慌てる私に、昂覇王は満足げなのはなんでだろう。ともかく恥ずかしいから離してほしい。
「お前さん、チョロすぎないか?」
「はい?」
なんか今、師匠に馬鹿にされた気がする。
「ともかく、施娘は気を付けろ。蘇三娘が近くに来るんだ」
「わかってます」
私に忠告だけして、師匠は部屋の素材を物色し始めた。
「念のために守りは幾つか張って行く」
「不要だ」
「うるせぇ。弟子守るくらいは自由にさせろ」
どうやら素材に興味を示したのは、私の守りのために何か仕かけるつもりだかららしい。ただ、私の守りとか関係なく、師匠は昂覇王のお城で好きにしてると思う。
ちなみに、師匠と河鼓は自らの手で侵入経路にした屋根の修理をさせられていた。
壊したものを直すのは、仙術を修めた不老不死でも大変なことだと愚痴られたから知ってる。
「それで、巫女。我に言うことは?」
「えーと…………?」
すごい期待の目を向けられた。もしかして、龍太子に言ったみたいな言葉が欲しいのかな?
私は昂覇王の腕の中で向き直る。
「一番被害の少ない方法を、なんて我儘聞いてくれてありがとうございます」
「それはまだ、戦に勝ってから聞くべき言葉だな」
「…………けど、私がお願いしなかったら、昂覇王は戦に出なかったんでしょう?」
「中継ぎとは言え、これでも王であるのだ。人間と違い龍では強さも王たる資質。戦で役に立たぬ龍王など物笑いだ」
「つまり私の父ですね」
龍太子が作り笑いを浮かべて口を挟んだ。
途端に昂覇王が嫌そうな顔をする。
「兄は相応の力を持っている。そなたもだ。我と引き比べて妙な卑下をするな」
「いえいえ。私は父と同じで平時を長く治めることならできるとは思うのです。ですが、今は妖婦という脅威から逃れたばかりの復興期。私では力強く皆を率いるなど、とてもとても…………」
「それが妙な卑下だというのだ。全く」
どうやら昂覇王は、中継ぎと言う割に望まれて龍王になっているようだ。
そんな龍に必要な存在を戦場に送り込むことになるのは、罪悪感がある。
私は昂覇王の袖を引いて、龍太子から意識を戻してもらった。
「あの…………ご無事で、お戻りください」
伝えたら、何故かじっと見られる。
やっぱり、人間が龍王の心配なんて、余計なことだったかな?
気後れして袖から手を放すと、代わりのように昂覇王から頬を撫でられた。
「良かろう。必ずや、そなたの元へと帰ろう」
「調子に乗るな」
野邪に術をかけていた師匠が、突然鉱石を投げてきた。
当たるかどうかの軌道を描く鉱石から、私は昂覇王に抱いて庇われる。
その上で鉱石を空中で掴んだ昂覇王は、金属光沢を持つ石を見つめて眉を顰めた。
「なんだこの石は? 自然物ではないな」
「西の錬金術で作った金一歩手前の合金だよ」
金一歩手前? え、別の金属を金にするってこと?
「それってどういう技術なんですか? え、できるんですか、そんなこと?」
「西の錬金術は別の物に組み替える。東の錬丹術は効果を引き出す。術の過程が全く違う。施娘の混乱は当たり前だ」
師匠の指摘で疑問だらけの私に、昂覇王は鉱石を渡してくれた。
「俺が教えた術と龍の写本の解説が矛盾してるように感じたら、基本的な成り立ちの違いで考え直せ」
「は、はい」
どうやらこの鉱石、師匠不在の間の課題らしい。
師匠と河鼓も戦場へ行く。仲間と合流するだけで、戦争には関わらないと聞いているけれど、危険な場所に行くことに変わりはない。
「昂覇王さま、作戦会議のために将兵を集めてあります」
「わかった。では、巫女よ。行ってくる」
昂覇王に声かけられ、私はちょっと答えに迷う。
別におかしな返しじゃないよね? 行ってくるって言われたら、こう答えるよね?
「…………行ってらっしゃい」
妙な間が開いちゃったけど、自意識過剰すぎたかな?
私は師匠を引き摺って行く昂覇王を、ちょっと恥ずかしい思いで見送った。
一日二回更新、全四十話予定
次回:戦場からの侵入者




