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三十話:方士、河鼓

 僕は河鼓かこ。仮面の方士とか天才方士と呼ばれるけど、大した人間じゃないことは僕が一番よく知ってる。

 昨日だって命からがら逃げた先で巫女さまに会えてびっくりした。

 仙人さまを捜して辿り着いたのが龍の住処だったんだ。

 しかも巫女さまお嫁に行っちゃうらしい。

 少しでも近くに居続けたくて宮廷方士になったのに…………。僕は本当に大したことない。驚いてばかりで何もできてないんだ。


 妖婦討伐が終わって、側にいられなくて悲しいと斉さんに相談した。自分じゃ側にいるための方法なんて考えつかなくて、武官の斉さんに宮廷方士のことを教えてもらったんだ。

 力を認められればいい。越西と呼ばれる仙人さまが手本だと言われた。

 その仙人さまは今、僕の隣で廊下に立ってる。


「あの龍王がお前さんに施娘しじょうを見えないようにしてる。無理に術を解くことをしなけりゃ、お前もここに滞在していいってよ」


 僕は巫女さまを侵す『狂愛の呪い』抗えない。その弱さ故に、龍王は僕の視界から巫女さまを隠してしまったそうだ。

 呪いで様子がおかしくなるのは、巫女さま自身が悲しむんだって。


「それで阿鼓あこ、他の奴らはどうした? ここまで逃がしてもらったんだろ?」

「宮城の様子を窺っておくって、僕を送ってすぐに…………」


 僕をここまで送ってくれた女戦士と弓使いは、王都に引き返してる。

 斉さんが心配なのもあるけど、仙人さまの側なら安全だっていう信頼があるからだと思う。


「そうか…………。魔槍捜してもらいたかったんだがな」


 仙人さまがいう魔槍とは、妖婦討伐の旅を共にした仲間の一人。今は武者修行で諸国漫遊をしているから、何処にいるかはわからない。

 もう一人、旅の仲間の治癒師は、修行で仙界に行ったはず。仙人さまなら連絡が取れるから捜さないんだろう。


「僕、邪魔ですか?」

「ここでは俺も邪魔者扱いだよ」


 仙人さまは不満げに自嘲した。


 僕たちは今、巫女さまの部屋に入らせてもらえないから、部屋の前で龍王を待ってる。

 巫女さまに用があったらしい龍王に用があって来たんだけど、中で談笑してて出てこないんだ。


「巫女よ、時間がかかったがようやく揃った。これを」

「なんですか、このすごい量の巻物?」


 何か巫女さまへの贈り物がしたくて急いでいたみたいだ。

 久しぶりに聞く巫女さまの声が耳に心地良かった。


「ここには仙界の書物の写本がある。たまに仙術を学ぶ龍がいるため、その修業の副産物だな」

「龍でもやっぱり修業が必要なんですね」


 同じ宮城にいたのに、巫女さまの声が聞けたのは数える程度だった。

 この耳に心地いい声が僕に向けられたらどんなにいいだろう?


「おい、流されるな。気をしっかり保て」

「は、はい…………」


 仙人さまに言われて、僕は呪いに流されかけていたことを自覚する。

 自分が呪いに影響されてるってわかってるのに、どうしてこうも簡単に流されてしまうんだろう?

 それだけ僕が弱いから、なのかな…………。


 自力で呪いに打ち勝った仙人さまの教えで、僕は内丹を鍛えている。

 ここに留まる間は、仙人さまから離れるなとも言われていた。僕が呪いで暴走しないよう見張らせたいんだと思う。


「えっと、それでこれがその写本ですか? なんだか、内容が不思議な構成ですけど」

「違う。そなたを迎えるにあたって金丹作りを続けるだろうことは想像がついたからな。そのために用意させた物だ」


 龍王は巫女さまのために準備をしていたそうだ。

 巫女さまの立場を思って、巫女さまを救えるように。すごいことだと思う。


「金丹作りの写本はあるのだが、今人間が使っている言葉よりも古い文体で、そなたはすぐさまは読めぬ。故に、仙界で修行する者が使う辞書なる物を写させていたのだ」

「え、私のためだけにですか?」

「そなたのためならこのくらいのこと。そうだな、我らの労に報いたいというのなら、見事金丹を作り上げてみせよ。さすれば過去の失敗も報われよう」

「は、はい!」


 巫女さまのために。そう言って成果を提示できる龍王に、ちょっと憧れてしまう。


 だって僕は巫女さまのために方士として立派になろうとしたのに、斉さんに助けられて宮城から逃げるだけしかできなかった。

 今も呪いを自力で解くこともできずに会えないまま。

 呪いさえ自力で抑えられたら、解呪のために金丹を作る巫女さまを手伝えることもあるのに。


「こういうのを、ままならないと言うんだ…………」

「ずいぶん人間らしいことを言う」

「…………たぶん、巫女さまに会って人間になりました」


 僕は父が死んで行き場がなかった。父が完成させて、そして殺したこの身の方術を厭われて、色んな所を回された。時には珍獣のように見せものにもされたこともあったと思う。

 あの頃は何も感じずに生きていて、王太子という偉い人からの声かけで巫女さまに会った。最初は命じられたことだけをしていたと思う。


「僕、初めは妖婦討伐の旅嫌いでした」

「好き嫌い、快不快は人間の感情の基礎だな。それがあって初めて、人間は心動かされる感情が芽生える」

「なるほど…………芽生える…………」


 僕は旅の間騒がしいのが嫌いだった、喋らなければ怒られるのが嫌いだった、仮面を外して町に入れと言われるのが嫌いだった、力を使って戦えと言われるのが嫌いだった。


「僕は、色んな感情を知りました。どんどん仲間が少なくなって、巫女さまと二人でみんなとはぐれた時、静かな夜がとても寂しかった」


 そう思える頃には、喋るのも、仮面を外すのも、力を使うことも必要だと思えるようになっていた。


「あぁ、確かその時に俺がお前さんら見つけたんだよな」

「巫女さま、最初は幽霊かなって言ってました」

「あいつ…………」


 足音もなく夜中に明かりも持たずに現れたら、しょうがないと思う。


 部屋の中では巫女さまの笑い声がした。


「文字としては認識できるのに、さっぱり読めません。あははは」

「何故そこで笑う?」

「いっそ笑うしかないというか、これだけお膳立てされてやる気失くしてる場合じゃないので、ちょっとした自棄です」

「横から失礼いたします。これは施娘なりに己に発破をかけているだけですので、お気を悪くなさらないよう、お願い申し上げます」


 甄真しんしんという人の取り成しに龍王は鷹揚に答える。


「良い。巫女を思うての言であるなら、忌憚なく申せ」

「あの、昂覇王。せっかく用意してもらっておいてなんですけど、いるんですし師匠に聞くんじゃ駄目なんですか?」

「あれの術は西の技術が混じっている。そなたの錬丹術を見ていたが、どうも写本で見たやり方とは異なるようでな」

「そうなんですか?」

「あれは通常の仙人とは来歴からして違う。こちらで生まれ育ったそなたには、こちらで培われたやり方に沿ったほうが身に馴染むかもしれぬとは思っていた」

「え、えー? 野邪、本当?」

『わしに聞くのは間違いなのじゃ。あの変な錬丹術しか使えない仙人の知識しか持ち合わせておらぬのじゃ』


 僕の隣で「うるせー」と仙人さまが呟く。どうやら反論しない程度には、変な錬丹術の自覚はあるようだ。


「一度自身の目で確かめるが良い。図書庫へ案内しよう」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫です! 昂覇王、お忙しいんでしょう?」

「ふん、何処かの甥が、我が仕事をするゆえ暇だと巫女に言っていたようなのでな。本来我を挟まず龍王を継ぐべきであった自覚が足りぬようなので、仕事の半分を回しておいた」

「あ…………だから今日、龍太子見てないんだ」

「巫女よ、我が甥が気になるか?」

「それはもちろん。今日まで良くしてもらってますし」

「では、今日からは我が世話をしてやろう」

「え!? そんないいですよ!」

「我がすると言っているのだ。まずは図書庫へ行くぞ」

「あ、ちょっと!?」


 賑やかだ。弾んだ巫女さまの声を聞いたのは久しぶりな気がする。宮城で会った一度きりだし、あの時は宮女に注意されてすぐに声を潜めてしまっていた。

 巫女さまは元気がいいと思う。

 困難を前にしても挫けない姿にこうありたいと思った。父の死で塞いだまま、前を向いてなかった僕に、悲しんでいいと言ってくれたのが巫女さまだ。

 悲しむということも良くわかってなかった僕にその感情を教えてくれた。

 妖婦に命を狙われる旅の中なのに。そう言えば、困難の時にこそ人間性が現われると言ったのは、弓使いだったかな?

 巫女さまは困難が立ちはだかっても諦めなかった。その姿勢に、他の仲間も守る意義を感じていたと思う。個性的で最初は喧嘩も絶えなかった仲間を纏めていたのは巫女さまだ。

 本人はそんな自覚なかったようだけれど。


「やべ…………!」

「あれ、師匠…………阿鼓?」


 仙人さまの焦った声の後には、巫女さまの声だけが聞こえる。

 呪いの影響を考えて接触しない。そのはずだったのに、僕は隠れるのを忘れた。

 姿は見えない。でも声は確かに聞こえた。だから僕は、思わず手が伸ばす。


「無礼者」


 冷たい声と共に、僕の手は叩き落とされる。

 僕の手を阻んだ龍王の目は、猛獣のように心胆を寒からしめた。

 恐怖が、飛んでいた僕の思考に冷や水をかけるようだ。


「おい、子供相手に殺気立つな!」


 僕は乱暴な勢いで、仙人さまに庇われる。

 すごい人だとは知っているけれど、あんな恐ろしい龍の前に立つ胆力に驚いた。


「図書庫に行くんだろ。さっさと行け。お前は後で話あるからいつまでも施娘を引きずり回すなよ」

「黙れ三流」

「二流くらいはあるわ!」


 龍王と言い合う姿に、僕は取り残された廊下で思わず呟く。


「すごい…………」

「こら、また気が乱れてる」


 仙人さまに額を突かれた。瞬間、気の流れを正される。


「で、何がすごいって? あの殺気はまだ威嚇だ。本気にさせるようなことするなよ」

「はい。…………巫女さま、あの龍王といれば、安全ですよね」

「そんなしょげるな。年の功ってやつだ。お前だって妖婦退治じゃしっかり施娘を守ってただろう」

「今は、守ることもできてません」

「できるようになればいいんだよ。人間のすごいところはな、後退もするがいつでも進歩できるってところだ。今は後れを取ってても、挽回の機会は必ずある。焦るな」

「はい…………」


 今は焦らず呪いに勝つ。そうしたら、また巫女さまとお話ができるようになるかな?

 ううん、お話しできるようになるんだ。

 そして助けてくれた斉さんを今度は巫女さまと一緒に助けるんだ。


 僕は密かにそう誓った。


毎日更新、全四十話予定

次回:図書庫で希う

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