二十八話:方士の急報
翌日、改めて師匠から話を聞く席が設けられた。
「さっさと巫女を放置した成果とやらを話せ」
「処刑のことは確かに俺にも手抜かりがあった。だがな、お前さんに偉そうに放置したとか言われる覚えはないぞ、この覗き魔!」
空くんの正体を知っていた師匠は、昂覇王に対してそう指を突きつけた。
「我は不可抗力だ。貴様はその泥人形を使って故意に覗きをしていたではないか」
「そうなんですか、師匠?」
「定期的にお前さんの様子を伝えるよう指示しといただけだ」
『だというのに、肝心な時にはすぐに戻れる距離におらず、処刑の際にはこの龍に先を越されたのじゃ』
「余計なことを言うな」
敵しかいない、なんて呟いた師匠は、気を取り直して腰の袋を開いた。
前にも見た、なんでも入る仙人の道具だ。
出てきたのは幾つもの布に描かれた巻物だった。
「妖婦討伐で壊滅した拠点と、まだ龍だけを相手にしていた頃に使ってた拠点なんかを回って集めた、蘇姉妹の研究記録だ。結論から言えば、精神干渉に特化した才能を持っていたのが蘇二娘だったらしい」
研究内容には、蘇三娘では龍を堕す邪法は使えないとの結果が書かれていたそうだ。
「ただし、蘇三娘のほうは幻術に大きな才能を持っていた。龍の目をくらまして逃げ隠れできたのは、これだろう」
「そんなもの、今日までの状況からこちらでもとうに見当はついている」
目新しい情報を求める昂覇王に、師匠は拳を握った。
「それが人にものを聞く態度か。なんで俺は罪人扱いなんだよ!」
実は師匠、左右に槍を突きつけられた状態で、私や昂覇王から離れた場所に座らされている。
昨日、結界と一緒に屋根を破ったから、念のためと説明はされたんだけど。師匠は納得しなかったみたい。
「『狂愛の呪い』にかかった脆弱者が何を言う」
「もう解いたわ! でなけりゃ、自分で来るわけないだろ!」
「解けたんですか!?」
身を乗り出す私に、師匠は視線を下げた。
「俺は、な。詳しくないお前さんにもわかるように言うと、ちゃんと昇仙した奴なら呪いにかかっても自力で解ける。蘇姉妹の術は仙術が基本だから、気を扱う内丹術を鍛えてたら対処できるんだ。が、世俗にいる人間にはまず無理だろう」
「そう、ですか…………」
やっぱり私が金丹を作って呪い自体を無効化しないと駄目なんだ。
私がやっている錬丹術は、外丹と呼ばれるもの。
正しく仙人としての能力を持っている人なら、内丹も外丹も修めている。
「阿鼓の奴には内丹鍛えるよう、報せてはおいた」
方士の河鼓なら内丹も鍛えている。呪いに侵された一人が解放されるかもしれないとわかって、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「クキュ」
「確かに呪いにかかった男たちへの対処も甘かったな」
空くんが呆れたような声を出すと、昂覇王が頷きながらそんなことを言う。
「あ…………! そう言えば、離宮で助けてくれてありがとうございます」
「どういうことだ、施娘?」
昂覇王に遅くなった感謝を告げると、師匠に詳細を求められた。
離宮で献籍が呪いでおかしくなった時、たぶん空くんを介して昂覇王は私に助言をくれている。
野邪はその時室内にいたから、師匠はそのことを知らないんだろう。
「ふむ、もっと早く助けろと言われると思ったぞ」
昂覇王としては空くんが側を離れてて対応が遅くなったと思ってたみたい。
「あの状況で助けてくれるひとがいるなんて思わなかったので。それに処刑の時も、宮城に報せてくれたじゃないですか」
「お前さんがそんな気回ししたのか?」
「黙れ、粗忽者」
師匠も酷いけど、昂覇王の返しにも棘を感じる。
昂覇王は師匠の渋面なんて全く気にせず、私に話しかけた。
「そなたを迎え入れる準備にかまけて、処刑までの動きを知っていながら後手に回った。その点は我が落ち度よ」
「迎え入れる準備って、そう言えば最初から金丹作りの道具揃ってましたよね。え、いつからですか?」
「武官の狼藉があってからだな」
献籍が離宮で私に迫った姿に、昂覇王は離れていても一度呪いにかかると時とともに悪化することに気づいたそうだ。
離宮で私に接する唯一の男性である長官も、いずれは呪いの影響で私の害になる行動に出る。そう予測して、ここに迎え入れる準備を始めたんだとか。
「そこの甄氏が盾になっているのは見ていた。であれば、幾分かの猶予はあると甘く見てしまったようだ」
私の侍女のように控えていた甄夫人は、困ったように微笑む。
「何か申したきことあらば、聞こう」
「施娘が言わないのでしたら、私がもっと早く助けていただきたかったと申し上げます。金丹作りが上手くいかず、思い悩む施娘の姿を知っていらしたのでしょう?」
甄夫人のそんな苦言に、昂覇王は私の毛先を指に絡めて答えた。
「巫女の口から助けを求める言葉が出れば、すぐにでも攫いに行ったのだがな」
「でしたら致し方ありません」
えーと?
何か昂覇王と甄夫人の間で通じ合ったみたいな空気があるのはなんで?
「その、言ってくれれば、自分で離宮出るとか、考えました、よ?」
「…………助けを求めたか?」
改めて聞かれて、しないだろうなぁっていうのが私の感想。
昂覇王もわかってたから、準備はしても処刑される寸前まで接触してこなかったんだ。
私が助けてなんて言わないけど、危険な状況には陥る。だから、待ってた。
人間の元から攫っても、私が受け入れる状況になるのを。
そう考えると、私って相当な頑固者なのかもしれない。
金丹も失敗ばかりなのに、やめようとか思わないし。逆に失敗した分、成功しなきゃって思いが強くなる。
「これが離されてそなたの状況がわからなかった」
空くんから情報を得ていた昂覇王は、私の状況がわからないながらに、処刑のことを漏れ聞いて宮城に報せた。
そしてそれだけでは不安で私の処刑がちゃんと阻止されるかを見に行ったらしい。
「国を救った巫女とも知らず眺めるだけの人間の多さに呆れた。そんな中でそなたが命を諦めたように見えたから攫ったのだ」
「いえ…………、うん、まぁ…………」
あの時、確かにちょっと諦めてはいた、気がする。
「そなた自身がそなたを投げ出すなら、連れてきても良かっただろう?」
「そう、ですね。龍に呪いは効かないみたいですし、人の中にいるよりは」
「人間のほうから返せと言ってきているがな」
「え!?」
驚く私に師匠と甄夫人が呆れた視線を向けて来た。
「救国の巫女を放り出したままでは外聞も悪かろう。が、処刑への流れを洗い直せと突っぱねている状況だ」
「あ、蘇三娘ってまだ見つかってないんですか?」
「聞かぬ。まずそこの越西が目前にして逃げられたのだから、人間では捕らえられまい。だがあの処刑という茶番は、蘇三娘と思しき女官の関与があってこそ。巫女を処刑しようとした男の様子は明らかにおかしかった」
空くんを通して離宮での生活を見ていた昂覇王からすると、長官が呪いで凶行に走ったと言うには、状況がおかしいそうだ。
私に頻回に会うわけでもないし、触ったのも献籍の時の一度きり。
「あれは呪いの力だけによるものではないだろう。何者かによって精神的に追い詰められ、処刑を独断で強行するように仕向けられたと考えられる」
「私にそんなことをする理由があるのは蘇三娘しかいない。そう、わかってて…………」
利用されただけの長官を殺したことを責めようとして、私は言葉を飲み込んだ。
これは、あの時何も手を打てずに助けられた私が言うべき言葉じゃない。
「巫女に手を出したんだ。あの離宮の長官はどちらにしても処刑されていた」
仲の悪い師匠でも、昂覇王の行動は責めるほどのことじゃないみたいだ。
「少なくとも、我が手を下したことで人間の国による裁定ではないと周知された。故に娘に累は及ばない」
昂覇王は私の心を読んだようにそう言った。
親が死罪に問われると、子供も連座することがある。けれど、長官が盗みを働いてまで助けようとした娘さんは、無事であるらしい。
「施娘、私も逃げている間に気になって安否を確認したわ。長官のご息女は、親戚に引き取られて別の町に移ってる」
「そう、そっか…………。私、色々足りないな」
甄夫人の安否確認も遅れたし、こうして長官の話をされなかったら娘さんのことまで気が回らなかった。
もっと、もっとちゃんと考えないと。
そう考えて胸の前で拳を握ると、突然昂覇王が私の顎を指で持ち上げた。
「その腕二本でできることに限りがある。無理をしたところで腕が折れて全てを取り零すだけだ」
「…………はい」
「わかっているなら我が腕を頼れ」
「え…………?」
「折れても構わぬと腕を伸ばすなら、己の身を顧みずやってみよ。そなたは我が守ろう」
前夜の親愛表現を繰り返すように、昂覇王は私の頬を撫でた。
応えるために、空くんを真似てすり寄ってみる。途端に、昂覇王が珍しく肩を揺らして動揺した。
「あれ、違いました?」
「ふ…………、違わぬ」
笑みを浮かべた昂覇王は、遠慮なく頬や髪を撫でまくる。
「ちょっと待て…………! 俺は何を見せられているんだ!?」
師匠がそう叫んだ途端、私たちの間に何処からか風に乗って花びらが現われた。
瞬間、昂覇王の目が剣呑に細められる。
「越西、貴様。何を引き入れた?」
どうやら師匠のせいらしい。師匠も顔を顰めて消えていく花びらを睨む。
「報告します! 侵入者です!」
「昨日の穴から、方士風の人間が!」
「越西師はどちらに…………!」
騒ぐ龍たちの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。
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