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二十四話:野邪との逃亡

 甄夫人しんふじんの話す人質としての過酷な生活に、私は眩暈を覚える。


「あら、喉が渇いた? はい、お水」

「う、うん、ありがとう…………」


 蒸し風呂のため飲料用の水が用意してあり、甄夫人が渡してくれる。

 そしてそのまま話を続けた。


施娘しじょうが処刑されそうになった日、私の元に助けが現われたの」

「太子さまたちね」

「違うわ」

「え?」


 思わぬ返答に私が固まると、甄夫人は思い違いを指摘する。


「私が助け出されたのは、施娘が処刑されそうになってたその時なの。離宮から人手がいなくなって、敵の目も確実に逸れている時を狙ったそうよ」

「え、え…………? いったい誰が甄夫人を助けてくれたの?」

「あら、本当にわからない? 私と一緒にいたじゃない」


 悪戯を仕かけるように笑う甄夫人の言葉に、思い浮かぶのは一つしかない。


「まさか、野邪?」

「そう。自己修復が遅れたって詫びながら来てくれたわ」


 野邪の存在は長官にも報告していなかったそうだ。そのため、野邪は玉鈴館で一人放置されていたらしい。


「仙人さまの置いて行った泥人形が動くなんて、明らかに不審物だもの。長官に没収されると思って」

「あぁ、あの真面目さなら一度危険性を検証するとか言いそう」


 思わず答えて、私は俯いてしまった。

 長官の末路は見ていない。けれど、どうなったかは聞かずともわかる。

 気づかわしげな目を向けてくる甄夫人に、私は首を横に振って話の先をお願いした。


「野邪に外から声をかけられて、返事代わりに戸を叩いたら『少々手荒な手段に出るぞ。離れているのじゃ』って言って、扉を破壊してしまったのよ」

「甄夫人が何かの術にかけられてたってことは、戸も術で封じられてたんじゃないの?」

「外から閉められてたら誰か不審に思うでしょうし、たぶんそうなんじゃないかしら? でも、なんと言ったかしら…………触媒? っていうものを壊したと言っていたわ」


 戸を閉める術を、戸ごと破壊した。つまり触媒ごと無効にした、と。

 乱暴だけど、そういうやり方もあるみたい。

 触媒が何か推測できる頭があれば、私も爆薬で同じことができるかもしれない。


「あれ? けど甄夫人自身にかかってた術は?」


 こうして話しているなら解呪できたんだろうけど。

 まさか甄夫人自身を破壊するわけにもいかないだろうし。


「動きを制限する術は寝台にかかっていたそうだから、寝台を爆破したわ」

「やっぱり爆破なんだ?」

「あなたたちが作ってた爆薬と同じ臭いがしたわよ」

「やっぱり、私にもできるかも…………?」

「施娘?」


 本音を漏らしてしまったせいで、爆破の怖さと火の出る危なさを語られてしまった。


「そ、それで、結局声が出ないっていうのはどうなったの?」

「ふぅ。まだ言い足りないけどいいわ。そっちは野邪が逃亡の間に作ってくれた薬で徐々に良くなったの。案外長く喋ってないと声の出し方って忘れるものね」


 軽く言うけれど、つい昨日まで甄夫人は声が出せない状態だったらしい。


「野邪が文字の読み書きができて良かったわ。そうじゃなきゃ、私何もわからないまま逃げることになっていたもの」

「その逃げるって、いったい誰から? 太子さまもいたし、あの時は師匠もいたのに?」

「そうね、施娘があの場から攫われた後の話をしましょうか」


 私が処刑される時に助けられた甄夫人は、野邪と一緒に離宮を逃げ出したそうだ。

 そしてそのまま、私に救出を報せるため市中に向かった。

 けれど体力の落ちていた甄夫人の足は遅く、辿り着いた時にはちょうど昂覇王が私を掴んで飛び去る瞬間だったらしい。


「もう、本当に驚いたんだから! 連れて行かれてそのまま食べられるんじゃないかって」

「ちょっと怖いところもあるけど、昂覇王いいひとだよ。…………たぶん」

「なんだか頼りないわね。話を戻すけれど、私はその後の市中の騒ぎを隠れて見ていたの」


 甄夫人が隠れたのは体力的な問題と共に、見晴らしのいい処刑台の上に、殺害予告をした女官がいたからだそうだ。


「太子さまと太子妃さまは龍の行方を追うよう周囲に命じられていて、あの一度いらした斉武官はすぐさま龍を追ったわ。けれど仙人さまは、処刑台に向けて走ったの」


 その際、方士である河鼓かこにも声をかけて二人して甄夫人に殺害予告した女官を捕まえようとしたらしい。


「覚えてるかしら? 玉鈴館に肝試しで忍び込んだけれど、何も盗んではいない女官。あの子よ。長官に報告して叱られたことを逆恨みしていると思っていたのだけれど、仙人さまに追われるなんて、よほどだと思うの」


 さらに甄夫人は、長官の娘と盗んだ生薬のことを教えてくれた。


「ごめんなさい。黙っていた上に、一人で長官を諌めようとしたら、あんなことになってしまって」

「ううん、甄夫人が謝ることじゃないよ。私のほうこそ」

「助けられなかったとか言うなら、この話はおしまい。あの結末も、長官が選ばれた行動の結果よ。…………それで例の女官なんだけれど、私が知っている名前とは、違う名前で仙人さまに呼ばれていたのよ」


 どうも師匠は知り合いのように声をかけて追い駆けたという。

 曰く、見つけたぞ、と。

 けれど、結局逃げられたらしく師匠は隠れた甄夫人の元へと来たそうだ。

 そして女官に脅されたことを告げる甄夫人に、逃げられたからには命を狙われる可能性があると、野邪との逃亡を指示したという。


「師匠、保護してくれれば良かったのに」

「色々動き回らなきゃいけないから、連れてはいけないと言われたわ」

「師匠だったら片手間に甄夫人を守るくらいできそうだけどなぁ。逃げた女官ってたぶん笑ってたあの人でしょ? そんなにすごそうには見えなかったのに」

「そうね、私も普通の人間だと思っていたわ。でも仙人さまが知っているなら常人ではないのでしょう。確か名前は…………須、じゃなくて…………沙? でもないわね。あら、ど忘れしてしまったわ」


 師匠が警戒するほどの人物。甄夫人が上げた名に近いものを、私は一つだけ知っていた。


「…………甄夫人、もしかしてそれって、?」

「あぁ! きっとそれよ、そんな気がする」

「蘇…………三娘…………?」

「そう呼んでいたわ。…………施娘? もしかしてあなたも知り合い?」


 思わぬ邂逅をしていたと知って、私は思わず自分を抱いた。

 私の反応に眉を顰めた甄夫人は、優しく背中を摩ってくれる。


「私が倒した妖婦の、妹で、行方不明だって聞いてた」

「妖婦の妹!?」


 甄夫人は声を裏返らせて驚いた。次いで、私と同じように自身の腕を抱いて摩る。


「なんでそんな相手が離宮に…………? でも、なんで漆黒の炎のこと…………?」

「何? 何か言われたの?」


 蘇三娘と思しき女官は、漆黒の炎の来歴に詳しかったそうだ。


『消す方法を知りたかったんだけど、神の遺物なんて呪いも同然。消すより他人に押しつけるほうが確実だわ』


 そう言ったらしい。


「私、妖婦を漆黒の炎で倒したの」

「!? そう言えば、『妖婦は漆黒の炎で燃やし尽くす。あの娘がやったようにね』って言っていたわ」


 妖婦退治に関わった者しか知らないはずのこと。

 けれど相手が蘇三娘なら、姉の蘇二娘がどうやって倒されたかを知っていてもおかしくない。漆黒の炎に詳しかったのも、自分がことを起こす前に対処方法を探るためだとしたら。


「やっぱり蘇三娘は諦めてないんだ…………」


 しかも蘇二娘よりも厄介なのは、兄の仇として龍を敵視すると同時に、人間をも敵と認識してしまっていること。


「す、すぐに上がって昂覇王に報せないと」

「待って、施娘…………」


 立ち上がる私を、甄夫人が浴衣よくいの袖を引いて止めた。

 瞬きも忘れて一点を見つめる甄夫人は、緩く首を振る。


「駄目、思い出せない…………。確かに私、その蘇三娘だと思う女官と正面から会話をしたのよ。同じ離宮で働く者同士、会えば挨拶もしていた。…………なのに、顔が思い出せない」

「え!?」

「目…………そう、目は覚えて…………いえ、何か特徴的だったということしか思い出せない。どうしてかしら? 斜めに髷を結っていたり、赤みの強い紅を好んで挿していたりしたことは覚えているのに」


 私はすぐさま甄夫人に聖なる力をかけた。

 けれど、記憶は戻らない。


「えーと、確かこういうのは…………会った時から術者自身が自分に幻覚を被せて誰かわからないくしてるから、浄化の力で幻覚を見た人を治しても意味がないって言われたような…………」

「その蘇三娘の存在は龍から聞いたのよね? だったら施娘の言うとおり、あの深紅の龍の方にご相談したほうがいいわ」


 私と甄夫人は蒸し風呂から出ると、外で待機していた宮女に昂覇王との面会を申し入れた。

 宮女と言っても全員昂覇王と血の繋がった王族のような龍だ。蘇三娘が離宮にいたかもしれないということも伝える。

 するとすぐさま話は通って私と甄夫人は、昂覇王の部屋に呼ばれた。


「蘇三娘と思しき女官の存在はこちらも聞いた」


 そう言って、昂覇王は野邪を転がす。


『おのれ! 知恵を得ても所詮は蛇か! 無礼なのじゃ!』

「泥に帰すぞ。お前はもはや怪異の類ではないか」


 師匠が手を加えて作った泥人形を、昂覇王はそう評した。

 龍から見ても、野邪は奇妙で変わった存在らしい。


「巫女、こちらへ」

「はい?」


 何故か私だけ呼ばれたので行ってみると、いつもの如く片腕に抱かれて座ることになる。

 しかも座った途端、膝に空くんが飛び込んで来た。


「…………あら?」


 なんだか甄夫人が目を鋭くする。

 そんな目で見られても、私もなんと言えばいいか。最初から距離近くて撫でてくるから慣れ始めてたけど、改めてやられるとちょっと恥ずかしい。


「それで? 濡れた髪を乾かす暇も惜しんでどうした?」

「えっと、甄夫人がその女官の顔を」


 言いかけた途端、何かが宮殿にぶつかるような轟音と揺れが襲った。

 昂覇王はすぐさま床に転がったままの野邪を睨む。


「小癪な真似を」

『わしではないのじゃ。あやつに言うべきなのじゃ』


 そう言って体勢を立て直した野邪が上を指すと、いきなり天井に穴が開いた。

 木の幹で作ったような太い杭が落ちてくると、床石を割って突き立つ。

 壊れた建材の塵が舞う中、杭の上に降り立つ人物の姿があった。


毎日更新、全四十話予定

次回:師匠の強襲

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