二十二話:龍の恩返し
昂覇王に攫われるように連れて来られて三日。
私は素材の山に埋もれていた。
「巫女さま、また新たに貢物が…………巫女さま!?」
「助けてー、誰かー」
崩れた素材の山に埋もれていた私は、偶然やって来た龍太子とそのお付きの人たちになんとか引き上げてもらった。
「まさかこのようなことになるとは。すぐにひとを増やして素材管理をさせましょう」
「大丈夫。私が無茶して上に積まれた素材取ろうとしただけだから。…………それにしても、また素材くれたの?」
「はい。巫女さまが解呪のために金丹を作られると知り、皆少しでもお力になれればと」
たった三日で、私に宛がわれた人間からすれば広すぎる部屋が、半分龍たちの持ち寄った錬丹術の素材で埋まってる。
昂覇王が自信満々に言うだけあって、離宮では手に入りづらかった素材が、金属や植物に関係なく手に入った。
その上、妖婦討伐の恩返しなのか、龍たちは競って私に貢物として錬丹術の素材をくれる。
「そんな希少素材を使っても、金丹作りが成功しない上に、炭ばっかり生成する私って…………」
「お、落ち込まないでください、巫女さま。成功している物もあるのでしょう?」
「でも金丹作りには関係ないやつなんだよぉ。離宮じゃ手に入らなかった素材があったからつい作っちゃったけどぉ。…………爆弾とかなんで作っちゃったんだろう?」
作り方は野邪に教わった。
呪いで正気を失った献籍に抑え込まれてどうしようもなかったから、護身用に何かないかと聞いたら、爆薬と爆弾の作り方を教えられて。
思わず作っちゃったけど、あの時は材料が足りなくて少ししかできなかったんだよね。
けど作って説明したら危険すぎると甄夫人に没収されてしまった。
龍太子に念のため爆発実験につき合ってもらったんだけど、こっちは笑顔で大丈夫だと言われた。
この程度の爆発なら、龍の息吹のほうが強力だからと。
うーん、人間の私には大丈夫って言える安心要素がない。
「とは言え、貰ってばっかりは申し訳ないな」
「そのようなことはお気になさらず。心からの感謝を伝える手段を得て、皆張り切っているのですから」
「妖婦の術から解放した龍もいるけど、基本的に妖婦討伐は私の力じゃないんだって」
妖婦と直接対決した時の仲間もそうだけど、途中で怪我や被害者の救済のために旅を離脱した仲間もいたからこそできたことだ。
私一人がこうしてお礼されるなんて違うと思う。
「行き過ぎた謙遜は卑下と変わらぬぞ」
そう言ってやってきたのは、私を処刑から助けてここまで攫って来た昂覇王。
無遠慮に私の手を取るとその場でくるりと回す。
「目立つ怪我はないようだな」
「クー!」
どうやら素材に埋まった私を助けるため、空くんが呼んできたようだ。
労いを籠めて、私は抱き上げた空くんを目いっぱい撫でた。
そんなことをしていると、昂覇王は後ろから私を抱え上げて、当たり前のように敷物の上に座る。
なんだか、昂覇王は私を空くんのように抱えて撫でるのが気に入っているようだ。
空くんに同じことをしている手前、なんとも抗いがたい。
元が巨大な龍からすると、私も小動物のような可愛さを覚えるんだろうか?
「あぁ、そうです。巫女さま、礼を受けるばかりが心苦しいとおっしゃられるなら、昂覇王さまの機嫌を取っていただきたい」
「何を言い出すかと思えば」
龍太子の提案に、昂覇王が呆れたように言う。
「この方は気難し屋なので、いつここを去られるか、私たちも気が気ではないのです」
私に話している風を装って、龍太子は昂覇王にあてこする。
「安心しろ。巫女がいる限りは大人しくしておいてやる」
「安心できる要素は何処でしょう?」
鼻で笑う昂覇王に、龍太子は困ったように息を吐き出した。
「蘇二娘の術にかかったのも、元はと言えばお一人で下界を放浪なさっていたからじゃないですか。嫌ですよ、私。またあなたが敵に回るなんて」
龍太子は渋い顔で昂覇王を見つめる。
言われた昂覇王も眉間を険しくした。
「あのような屈辱、我とて二度とごめんだ」
「でしたら巫女さまの有無ではなく、彼の邪法を継承している可能性のある蘇三娘を捕捉するまでは、ここで私たちを支配していてください」
「お前がさっさと龍王を名乗れば問題ないだろう。我を含むほとんどが蘇二娘の手に落ちたにも拘らず、お前は逃げ延びたのだから」
「それこそ昂覇王を含む皆の犠牲があったからではないですか。時間を作ってもらって逃げるしかできなかった、そんな私に龍王など」
なんか、龍のお家事情が窺える話しし始めちゃったけど、いいのかなぁ?
昂覇王は放浪癖があって、龍太子に王座を譲りたい。けど龍太子は自分の力不足を思ってまだ譲られたくないってことみたい。
「というわけですので、巫女さま。昂覇王さまが気晴らしに放浪しないよう、何か気を引く物をお作りになりませんか?」
「そう言えば、爆薬に興味持ったんでしたっけ?」
「非力な人間がよくも思いつくものだと思ってな」
「人間の作るものに興味があるんですか? 錬丹術にはまだ自信ありませんけど、それなら錬丹術以外のものでもいいでしょうか?」
私が聞くと、昂覇王は龍太子をちょっと睨むように見た。
龍太子は満面の笑みを浮かべている。元の顔がいいせいかすごくお上品なんだけど、無言で圧をかけられてる気になるなぁ。
「したり顔をするな。手に乗るようで面白くはないが、であれば巫女よ、人間の食物を作れ」
「食べ物、料理ってことですか? …………龍って食べちゃいけない物あります?」
確認しようとしたら、何故か昂覇王が腹に一物あるような笑みを浮かべた。
思わず身を引いてしまう。
「な、何を企んでいるんでしょうか?」
「企みというほどのことではない。少々条件をつけて、そなたを悩ませてみようと思ったまで」
それを企みって言うんじゃないの?
けどやってって言われたことを拒否するのも気が引ける。
私が聞く体勢になると、昂覇王は楽しそうに指を立ててみせた。
「まず、そなたにとって毒ではない物を作れ」
「それはもちろん」
「次に、我に饗する料理であるならば、時間と手をかけた物にせよ」
「はぁ…………、それくらいなら」
「まだあるぞ。そなたが好んで食べるような物を所望する」
「えぇ? 好んで、私が…………」
指を三つ挙げてみせた昂覇王は、悩む私を見下ろして楽しそうに笑ってる。
実は性格悪いんじゃないだろうか? 普段そんなに表情動かないのに。
うん、今はそれより何を作るか考えなきゃ。
龍王に食べてもらうなら珍しいものがいいよね。けど私が好んで食べるってことは、一度は食べたことあるもので、美味しいもの。
「…………あ、だったら」
「待て。そなたが何を作るか、考えるのもまた一興。できあがるまでは伏せておけ」
つまり、秘密で作ってできあがりを見せろということらしい。
その日、私は龍太子と相談して必要な材料を手に入れるところから始めた。
「手伝ってもらってすみません」
「いいえ。昂覇王さまは有能なので、私、実は暇なんです」
そんな冗談を言いながら、龍太子は硬い木の実の種子を片手で握り潰している。
私は木の実を潰すこと自体石を使わなければ無理なので、中身の取り出しに専念していた。
この取り出した仁と呼ばれる物にさらに手を加えることになる。
他にも動物の皮を煮出して、丁寧に不純物を取り除いてから抽出した成分を乾燥させたりと、やることが多い。
その上、この行程とさらに料理を仕上げるためにも錬丹術を使う。
「すごい冷気を発する液体、ですか?」
「師匠の知識を持つ泥人形は、熱を奪って放出する作用があるから、結果的に冷えるって言ってました」
受け売りをそのまま言っても、龍太子は理解できない。ただ私も製法を知ってるだけできちんとどういうものかは理解してない。
野邪には、こういう私には早い技術を教える時、他では使うなという師匠の警告の言葉を発する設定になっていた。
ただ野邪はそんなの気にせずこうして料理に使えるということを教えてくれている。師匠の知人を疑似人格にしたらしいけど、規則や安全性は二の次の人だったようだ。
「それにしても、三日かけてこれだけ作りましたが、最終的に何になるのか私には予想もつかないのですが?」
龍太子の疑問はわからなくもない。
だって目の前にあるのはほぼ白っぽい粉末と白っぽい液体。
食べ物になるとは思えないよね。私も最初に野邪に教えてもらった時、甄夫人と二人で不安がりながら作った。
「それじゃ、作ります。まず、こっちの扁桃から絞った液体に、杏仁霜と砂糖、丁寧に作った膠を入れて火にかけます」
「白い液体に白い粉末が入りましたね」
「丁寧に溶かして一旦粗熱を取ります。その間に、杏子を砂糖煮にします」
「そちらも粗熱を取るなら、また時間がかかりますね。なるほど、昂覇王さまがおっしゃったとおり、時間と手のかかる料理ですね」
そんなことを話しながら、粗熱を取った白い液体を錬丹術製の冷却薬につけて冷やして固めた。
一口大に切って、一緒に冷やした杏子の蜜煮をかければできあがりだ。
「というわけで、杏仁豆腐です」
私は皿に盛った杏仁豆腐を昂覇王に差し出した。
残念ながら、昂覇王は驚きもしないで一口匙で食べる。腹に一物ありそうな笑みを浮かべてるのはなんでだろう。
お皿、自分で持ってほしいなぁ。
「気泡があって舌触りが悪い。杏仁霜の苦みが消しきれていない。杏子は煮崩れていて見た目も悪い。決して美味いとは言えないな」
「…………そう、ですか」
「言いたいことがあるなら、自ら食してから言ってみろ」
手間かけたのになぁと思ってたら、昂覇王が杏仁豆腐を乗せた匙を私に突きつける。
思わず口を開くと、昂覇王はためらいもなく手ずから私に食べさせた。
「あ…………!」
「ふん、気づくのが遅い」
「どうしたんですか、龍太子?」
何かに気づいて声を上げた龍太子は、杏仁豆腐を飲み込む私を見つめると、力なく首を横に振った。
思いつめた表情は、絶対何かあったはずだけど、私が口挟んじゃいけない龍の間の問題かな?
杏仁豆腐は、うん…………。昂覇王が言ったとおり舌触りが悪い。
「巫女、次はもっと精進せよ」
「え…………、次も食べてくれるんですか?」
「そなたが自ら作り、我が食べさせてもそうして素直に口に入れるのならな」
持って回った言い方をされたけど、つまり、私が毒見すればいいの?
何故か昂覇王の言動に龍太子が引いてる。龍的には何か意味のある言葉だったみたいだ。
わからないことは横に置いて、私は次どうすれば美味しいと言ってもらえるかを考え始めていた。
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