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二十一話:妖婦の名前

 昂覇王の宮殿は、全てが大きな造りだった。

 きっと龍の姿でも動けるようにだと思う。

 広すぎる室内で身の置き所のない気持ちにはなるものの、何故私は今、龍王だろう昂覇王に抱き寄せられたまま座っているんでしょう?


 抱えて連れてこられたのは、誰かの私室と思われる場所。

 当たり前に入って控えていた宮女に出迎えられてたし、たぶん昂覇王のお部屋?


「助けていただいた巫女さまにお礼を申し上げることもお招きした理由なのですが、もう一つ、我々で掴んでいる事実関係を忠告するためお会いしたかったのです」


 龍太子は私に香り高い花茶を勧めてくれた。

 昂覇王は唇を湿らすように花茶に口をつけて話し出す。


「そなた、妖婦が何者であるか、何故戦いを始めたか、何も知らず妖婦討伐に放り込まれたであろう」

「はい…………」


 本当にこのひとは私の事情をなんでも知っているようだ。

 龍の顔の見分けがつかないなんて言い訳で思い出せないのが申し訳なくなる。


「クゥ?」

「空くん、何処にいたの?」


 突然私の膝に飛び乗った空くんに声をかけると、龍太子が唖然とした。そしてその表情のまま昂覇王を見る。


「空、くん…………?」

「好きにさせておけ」

「は、はぁ…………」

「クフゥ!」


 どうやら昂覇王は空くんが宮殿にいるのを許容してくれるようだ。

 龍太子がそんなに驚くって、空くんやっぱり妖なのかな?


「話しを戻すぞ。我ら龍を堕し操った妖婦は、仙女だ」

「え!? 仙女って、あの仙女ですか?」

「仙界にて修業する不老長寿だ。他に何がある? …………越西はそうとう特殊事例だ。参考にはならんぞ」


 ちょっと考えた昂覇王につけ加えられた。師匠、龍に特殊事例って言われるような存在なんだぁ。


 花茶を啜る私に、龍太子が端的過ぎる昂覇王の話を引き取る。


「人間に妖婦と呼ばれた者の名は、蘇粧司そしょうし。我々は蘇二娘そじじょうと呼んでおります」


 二娘ってことは、他に兄弟がいるようだ。


「仙女との因縁は百五十年前、蘇玄皃そげんぼうという蘇二娘の兄が我々龍との争いで命を落としたことに遡ります」


 蘇玄皃は龍太子の叔父にあたる龍と賭けをした。

 山中に住まう疫病の神、瘟神おんしんがちょうど近くの村に降りて流行病を広げようとしていたため、子供に紛れた瘟神をどちらが早く見つけて捕まえるかを競ったらしい。


「心眼で見極めて、気づかれないように捕らえに動いた蘇玄皃に対して、叔父は手っ取り早く龍の姿で全ての子供を威圧し、水鳥に変じて逃げようとした瘟神を先に捕まえたのです」

「…………それは、まぁ、勝負の仕方が悪かったですね」


 邪魔されて負けた蘇玄皃は無効試合を訴え、賭けの賞品にした白虎の受け渡しを拒否。

 そのことで二者は争いに発展し、結果、蘇玄皃のほうが深手を負って死ぬことになったそうだ。


「もしかして、蘇二娘って…………お兄さんの敵討ちに?」


 私の問いに龍太子は重々しく頷く。

 対して昂覇王は呆れたように息を吐いた。


「蘇玄皃には三人の妹がいた。兄の死に妹たちは元となった賭けの不正を天に訴えたそうだ。それが聞き入れられないとなると、自ら復讐するために仙界を出た。ただ、長女だけは訴えが退けられた時点で蘇玄皃の死を受け入れたものの、妹たちを見捨てられずに仙界を出たようだ」


 百五十年前の復讐を今になって行ったのは、仙女たちも正面から龍に勝負を仕掛けたところで敵わないことはわかっていたため、腕を磨いていたらしい。

 そうして完成したのが、龍を隷属させる恐ろしい邪法。


「我らと争ったのは蘇二娘だった。蘇一娘は先も言ったとおり復讐の意図はなく、蘇三娘は表立つ姉を裏から支える役割を担った」

「蘇二娘は数で囲めばどうにかなりそうだったんですが、この蘇三娘が厄介でして。派手に動く蘇二娘の裏で、ずっと私たちの動きを監視して姉に情報を回し続けていました」


 蘇三娘を捕らえられず、その働きで後手に回ってしまった龍たちは、蘇二娘にも後れを取って邪法に屈して行ったそうだ。


「ただ奴らは調子に乗りすぎた。復讐に関係のない人間まで襲い始めたのだからな」


 昂覇王は言いながら、手慰みに私の短い髪を指先で遊び始める。

 私は私で膝の上の空くんを撫でてるんだけど、空くんも私に撫でられるのってこんなにくすぐったい気持ちになるんだろうか?


「確か人間は、瘟神を捕らえて流行病を防止しようとした賭けを持ちかけた蘇玄皃に感謝がない。龍との争いで蘇玄皃に加勢をしない。負けて地に落ちた後弔いもしないと、ずいぶん身勝手な言いざまで怒っていたのが蘇三娘であった」

「そんな…………。それって逆恨みじゃないですか」


 仙人と龍の賭けなど人間が知るはずもない。さらにその二者が争って人間が介入できるはずもない。何より龍に負けて死んだ仙人を弔うなんて、龍の怒りを買うのが恐ろしくてできるはずもなかった。


「そうです、逆恨みです。さすがに蘇一娘も止めようと蘇二娘を説得しましたが、どうやら我らを降したことに酔って、姉の諫言を受け入れなかったようです」


 蘇二娘に操られた龍たちの中には、そうした姉妹の諍いを見覚えていた者がいたそうだ。

 私が妖婦討伐を果たした後、龍たちは天や仙界に問い合わせて事実関係の確認を行っていたらしい。


 龍太子は私が花茶を飲んでしまったのを確かめて、次は香ばしい豆茶を淹れてくれた。

 昂覇王は熱さに強いのか、豆茶を一息に飲んで先を話す。


「自らでは妹を止められないため、蘇一娘は天へとことを奏上した。そして、天は龍と仙女の争いに巻き込まれた人間に天祐を授ける。それが、そなただ」

「…………はい?」


 一生懸命豆茶に息を吹きかけていた私は、突然昂覇王に覗き込まれて声を裏返らせてしまう。


「聖なる力、悪しき束縛を浄化する能力を持つ人間は稀にいる。が、短命の人間はそうと知らないままに命を終えることがほとんどだ。そのため、天は最も仙道が近くにいる浄化能力を持つ者を巫女として周知させよと命じた」


 天の声を聞くことのできる仙道が、近くにいる適性者を天に教えられて巫女だと言ったそうだ。


「…………あれ? それって師匠が私を預言したっていうのと、同じ状況?」

「同じも何も、まさにそのことですよ。世俗をうろつく仙人など多くありませんから。越西師は、天に命じられてあなたを聖なる巫女であると宣言しました」


 自分で預言しておいて、後から合流するなんてと思ってたら。

 私を聖なる巫女と言ったこと自体、天から命じられただけの他人ごとだったらしい。


「越西師からお聞きしてませんか?」

「お聞きしてませんね。師匠、そういう細かいこと聞かなきゃ教えてくれません」

「あの小器用な男を雑と評したそなたの目は、なかなかに鋭いものがあると思ったものだ」


 それ、昂覇王に直接言ったことないですよね?

 本当にいつから私を見守るなんてしてたんですか? というか、龍の姿は気づく以前の問題として、その美男子面でなんで見守られてることに気づかなかったんだろう、私?


 なんて余計なことを考える頭の端で気づいた。

 私が倒したのは妖婦一人。蘇二娘だ。

 では、蘇三娘は今どこに?


「蘇一娘は仙界に帰っている。だが、蘇三娘は蘇二娘が討伐されて以降、行方知れずだ」


 私の疑問を読んだように、昂覇王が告げた。


「先に言ったとおり、私たちはあなたにまだ蘇三娘が潜んでいることを伝えたかったのです。しかし人間の王は我らを信用せず、巫女さまとの謁見を取り次いではくれなかった」


 龍太子は少しの苛立ちを漂わせて言う。

 隠れ潜む蘇三娘がいる状況で、人伝に忠告するのでは不安が大きい。

 そのため龍側は私と直接言葉を交わすことを強く望んだけれど、国王たちは龍に攻撃されることを警戒して受け入れなかったそうだ。


「小心と笑うか、慎重だと褒めるか、悩むところだな」

「操られていたとはいえ、人間の宮城を襲撃してしまいましたからね」


 どうやら龍側は、頑なな人間の態度に理解を示してくれているようだ。


「…………私、戻ったほうがいいですよね」


 状況を頭の中で整理したら、きっとそれが一番平和だ。


「人間の元へ戻ってそなた、どうするつもりだ?」

「今度こそ、異性のいない場所に、住まいを移せば、たぶん…………」


 昂覇王に答えながら、私はからの茶碗を両手に握って俯いた。

 『狂愛の呪い』が効く人間の中に戻るのは、正直怖い。けれど、ここにいてはきっと人間と龍の軋轢の原因になってしまう。

 誰も教えてくれなかった妖婦討伐の始まりと、まだ蘇三娘という敵が存在するという忠告をしてもらえただけ、感謝しなければ。


「そうして俯いて生きるつもりか?」

「…………!?」

「クー。ククー」


 昂覇王の容赦ない言葉に唇を噛むと、咎めるように空くんが私の口に前足を押しつけた。


「そうですね。一人で抱え込む必要はないのですよ、巫女さま」


 空くんに頷いて龍太子が優しく声をかけて来た。


「少なくとも今すぐ戻ったところで人間側が受け入れの体勢を整えられないでしょう。それまでは、我らの住まいで歓待させていただきたい」

「そなたは天の下した使命を見事果たした。望みがあれば聞き入れよう」


 言いながら、昂覇王は私の顎に指をかけて上向かせる。


「ま、まだ…………蘇三娘が、いますよね? しかも、人間に対して逆恨みをしてる。私、全然使命を果たしてなんか、ないです」

「自己犠牲が過ぎるな、そなた」


 昂覇王は不機嫌そうに顎を離した。

 そして自分の顎に指をかけて考える様子をみせる。


「人の中に戻るというのであれば、そのための準備をここですれば良い」

「準備、ですか?」

「金丹を作り、呪いを解くのであろう?」


 確かに長官が亡くなったり、聖なる巫女を妖婦と宣言されたり、国のほうでは問題の処理に忙しいと思う。

 だったら、呪いの効かないこの状況で少しでも腕を磨いておくのは悪い考えではない気がした。


「そなた自身の望みを聞き出すには、まだ時が必要か…………。巫女よ、金丹に必要な道具と材料は揃えてやろう。ここは天にも仙界にも通じる我らの住処。地上では得られぬ技もある。心して学べ」

「はい!」


 やる気になって返事をすると、昂覇王は私の頭に手を置いてちょっと乱暴に撫でる。乱れる髪の間から見えた昂覇王の口元は、笑ってるようだった。


毎日更新、全四十話予定

次回:龍の恩返し

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